第7話 新メンバーと出立



「改めて、本当に心の底から、感謝致します。」

「もし無事帰ってきたらぶん殴ってやる」

「是非、殴りに来て下さい。」


 軽口を本気で返された柚希は少し居心地悪そうに舌打ちをする。

 あれから三日、早くも出発の時となった。

 この三日間で行った事言えば、服や武器、荷物の用意。そして何よりのイベント、魔法への適性を調べた。

 と言っても、ある程度魔法の使い方を教わり、実際に使ってみるだけ。その結果魔法適性があったのは優奈だけであった。

 しかし、魔法適正もあれば良い、というものでもない。

 魔法の適性の分、身体能力は削られるからだ。勿論それでも普通の人間とは比べ物にならないが、しかし柚希や壮には遥かに劣る。

 一長一短だ。


 そうしてあまり休む間もないまま出発。

 切羽詰まっているのだ。もう少し休憩が欲しいなぁ、なんて、言えるはずも無い。魔王軍ももう少し待ってくれればいいのに。

 ちなみに柚希の新しい服。上は黒のジャケットに下はベージュのパンツ。現代日本でもさほど違和感のない服装で、なるべく動きやすそうな物を選んだ。最初はごてごての鎧や、エリマキトカゲのような貴族の服を着させられそうになったが全力で断った。

 がちがちの鎧なんて着たらまともに動けないかもしれない。後者は、単純に柚希が着たくなかっただけだ。

 壮は某喜劇王のようなスーツを着こなしている。せっかくならバーテンの服を見てみたかった、と思う柚希だったが、流石にそれは無かったのだろう。

 そして、優奈。


「フッ……に、似合ってるよ……っ」

「な、何が言いたいんですか!」


 キッパリと断りきれなかった彼女はメイド達のきせかえ人形となり、ドレスを着せられていた。主張の激しい帽子もセットだ。

 これから戦うのだ。そこまでスカートが膨らんだりはしていないが、まあ派手。


「ほっほっほ、これでようやく平穏な生活に戻れますな。」


 そして今回。

 当たり前だが、今回の遠征にあたってこの世界の人間もついてくることになった。

 呑気な戯言をほざいているのはマグザルタ・ベルム。

 見た目年齢は八十前後、大根のような立派な髭を蓄え、とんがり帽に足元まで隠れる紫紺のローブを羽織った、どこからどう見ても魔法使い。

 その正体は、剣士だ。

 厳密に言えば剣士兼鍛冶師らしい。

 この見てくれで剣士とは、一体どんな詐欺だろうか。


「では師匠、行って参ります。」

「……ぅぬぅ……む……んん………」


 新メンバーその二。

 短髪がよく似合う、筋骨隆々のタンクトップ。そして大きめのリュックを背負った青年。

 名前はギラ、とだけ名乗った。鋭い目つきそのままなので非常に覚えやすい。

 彼もまた明らかに肉体派にしか見えないのだが、その実情は魔法講師兼御者という詐欺師だ。

 師匠とやらの方は魔法を使いそうな見てくれだが、連れて行こうものなら馬車の揺れで死にそうな程によぼよぼの老人。


「ははは、大丈夫。ちゃんと帰ってきますよ。」


 どうやらこれは会話だったらしい。


「皆様何をしてらっしゃるのですか? 出発の時間は過ぎてますのよ」


 馬車から顔を覗かせて急かすのは新メンバーその三。

 治癒魔法の使い手でブロンドの貧乳美少女だ。治癒魔法を使える者は少なく、その中でもトップの実力を誇る。

 彼女の名前はユリアナ・アースラル。そう、国王ヴァイザルの実の娘、要するに姫様だ。

 ヴァイザルからすれば断腸の思いだが、これも彼なりの誠意なのだ。柚希もそこに口をはさむつもりはない。治癒魔法という人材、沢山働いてもらうことになるかもしれない。だが、


「も少し別れ惜しんでもいんじゃね?」

「いえ、それなら散々いたしましたので、十分です。それより早く出発しなくては。」


 娘の言葉にヴァイザルはがっくしと大きく肩を落とすが、誰も反応はしない。

 少々ドライすぎるが、彼女の言うとおりである。

 今はほとんどの人間が寝静まった夜中。柚希達一行はパレードもせずにこっそりと出発しようというわけだ。

 当初王は民衆に向けてのパフォーマンスという意味も込めて『勇者』を召喚したのだが、情報が回っていないのをいいことに黙って出立する事になった。

 せめて最初の部隊くらいは不意打ちで摘みたかったからだ。『勇者』などと呼ばれていても、『勇』ましい『者』などではない。

 もし討伐に成功すれば、その後はいやでも情報が回ってしまうだろうから、そこからは公表、という流れ。

 一先ずの目標は近くの街を占拠しているという、例の十程度の部隊を潰すことだ。幹部、とは言っても情報はかなり少なく、おそらく幹部くらいいるだろう、という程度なのだが。

 兎に角、そうなると必然、見送りは王城関係者だけ。

 その中にはアネットの姿もある。アネットと目が合った柚希は軽く手を振ると、彼女も小さく笑って手を振り返す。と思ったらその大きな瞳にはだんだんと涙が浮かび。


「あぁぁ……仲良くなりすぎちゃったかなぁ」


 例の事件でかなり開いた心の溝を、柚希はこの三日間に全力を注いで修復した。

 特に他意はないが、この世界で初めて目覚め、大いに混乱しているときに柚希は確かに彼女に助けられたのだ。アネットの、ドジっぷりに。

 でも泣かせる位ならもう少し控え目に仲良くなった方ががよかったかもなぁ、と少し反省する。


「柚希君、もうみんな乗りましたよ。」


 壮に声をかけられ、柚希は我に返る。

 振り返れば馬車には荷物もメンバーも乗り終わっている。第一「隠密に行こう」と言い出したのが柚希である以上、自分で出発を長引かせるわけにはいかない。

 柚希は意を決すると踵を返し、馬車に乗り込む。


「では、ご武運を。」


 一行は王城関係者のみに見送られ、夜逃げのように王都を出た。

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