第8話 第一村人、無し

 別れの時、手を振るだろう。

 例えば友人の家に遊びに行ったときの帰り。とくに小さいころなんかは別れが惜しく、親の運転する車の窓から顔を出して見えなくなるまで手を振ったり。

 今回は小さいころでも友人でも無く、ましてや遊びに来たわけでも無いのだが、とにかく柚希はそんな感じだった。しかも王都を出るも曲道や障害物がほとんど無く、『見えなくなる』までがクソ長い。


「お前が他者を見送るとき、他者もまたお前を見送っている」

「......」

「......」

「......」

「あの……」

「なんでもない」


 柚希は特に何も考えずに自分でも意味のわからない事を言い、全力で後悔する。馬車の中の空気が一気に重くなってしまった。


「ねーユズキ、もうよくない? てかいいよ!」

「いやでも、まだアネットが手ぇ振ってて……」


 窓から半身を乗り出して手を振る柚希の尻を、ユリアナが蹴り飛ばす。

 先までの麗しき姫君の雰囲気は何処へと消え去り、今は宛ら古い友人のようだ。無論、ほぼ初対面だが。

 柚希達転移組の三人とユリアナ達現地組の三人、これが初対面ではない。

 準備期間の三日間のうちに顔合わせを済ませていたのだ。これから命を預け合う身、少しでもお互いを知っておいたほうが良いからだ。

 その際、やはり現地組の三人は勇者様と三人を仰いだが、それは転移組三人によって却下された。

 そうして出来たのが今の状態である。


「姫、もう少し慎みを持たれた方が……」

「あァ? うるせーうるせー!」


 実はこれがユリアナの本性らしいのだが、柚希としては麗しの姫君よりもこの方が数段接しやすいからちょうどよかった。

 快く却下されたマグザルタ、略してルタは「むぅ……」と少し寂しそうに髭を撫でる。これも普段からのやり取りなのだろうか。


「よっ、調子どう?」


 柚希は外に顔を出し、御者のギラに声を掛ける。


「えっ……調子、っすか? や、別に」

「あっそ」

「えっ!?」


 特に面白い反応が無かったため柚希はさっさと顔を引っ込める。

 最初は目付きが鋭くてちょっと怖いな……なんて思ってもいたギラだが、しかし彼は後輩口調でそれなりに礼儀正しい男だった。

 さっそく柚希によっていじられ後輩ポジションへと置かれそうになっている。

 これからどれほど長い付き合いになるかはわからないが前途は易くない。勝手に呼び出したとか呼び出されたとか、そういう事無しになるべく友好的な関係を築くのが柚希の目標だ。




「えー、今は、この辺じゃな。」


 ルタは地図の王都から少し離れたを指差す。今日の目的地、王都の北方馬車で約5時間の村『ラフト』まであと半分といったポイントだ。


「えーまだ半分なのー? つーかーれーたー」

「だから休憩をしているのですよ、姫」


 夢の国ジパングほど舗装されたわけではない道を、馬車で2時間半。しかも人と物を無理矢理溜め込んだような空間。最初の30分は柚希も楽しんでいたが、そこからは疲れる一方だった。

 それは姫様も例外ではないのだろう。


「ですが、やはり近いですね。かなり。」


横から地図を覗きこむ壮は眉を寄せて心配そうに呟く。

 目的地ラフト。そこからさらに王都とラフト間程の距離を行けば、『タルシュ』というそれなりの大きさの街に着く。

 そここそがまさに例のザノビス軍部隊の現在の滞在場所なのだ。本当に、うかうかしている余裕など無い。


「時にルタさんや。俺らは修行的なことしなくていいの?」


 柚希はルタに問いつつ、少し離れた木陰に目をやる。ギラ先生指導のもと、分厚い本に小難しい言葉と闘っているのは優奈だ。『理論魔法』とやらの勉強中らしい。

 こんな場所に連れてこられてまでお勉強とは御愁傷様だ、と手を合わせる柚希だったが、時折見える火や光を見ているとそれはそれで羨ましくも感じていた。


「ユズキさん、ソウさん、貴殿方は実戦で修行じゃよ。」

「えっ……実戦……」


 柚希が不安そうな声を漏らすと、ルタは大きくうなずく。


「ラフトの周りには森が広がっておる。練習にはちょうど良い獣が沢山いての。夜飯の調達も兼ねてそこで修行じゃ。」


 何か動物を狩るということだろう。一行は王からそれなりの食糧は貰っているが、やはり心もとない量だ。とっておくに越したことはない。


「いやー真面目だねーみんなあ。なんで夜中なのに恋バナもせずにそんな話なのさー」


 芝生のような草が生い茂る地面に転がりながら文句を垂れるのはユリアナ。


「あのだねユリアナ。俺達ゃ相手の幹部だの親玉だのを潰しに行くっつーのに、素人な訳だよ。せめて付け焼き刃くらい携えて行かないと。」


 練習不足で負けましたーなんて、そんな部活の試合くらいのノリで死ぬつもりはない。


「えー、これから大変なんだよ? どうなるかわかんないんだよ? 楽できるうちに楽しとかなきゃ勿体無いよお」

「ん? んん……確かにそれも一理──」

「ユリアナさん、僕たちはもう『楽できるうち』に無いのです。今楽をして御陀仏では、お笑いにもならない」

「そーだそーだ! 余裕なんてねぇんだよっ!」


 柚希の音速をも越えかねない手のひら返しにユリアナは頬を膨らませるが、知ったことではない。柚希は壮の味方なのだ。

 でも、いきなり実戦て……


「時にルタさん? 実戦て大丈夫なの? 痛くない? 僕いたいのいやなんだけど?」


 痛いのは嫌だ。当然だ。転移の時の裂傷など、柚希にとってはトラウマものだ。

 するとルタはカラカラと笑い。


「この辺りの魔物やら動物やらなんて皆さんの敵では無い。余裕じゃ、余裕。」


 うーん、それならいいけど。

 柚希はそれがフラグにならない事を只々祈った。




 『ラフト』


 もともと大きな村ではない、というか小さな村だ。だが、ここまで枯れた場所では無かっただろう。

 畑には雑草が生い茂り、建物もまるで廃墟。だがその廃墟を見て不謹慎にも若干テンションが上がってしまうのがこの男、斎藤柚希である。

 しかし。

 まあ、じゃとりあえず。


「寝よっか」


 夜中に出て、馬車で5時間。もう空も明るいが、寝てないのだ。ギラは寝てて良いと言ったが、彼一人働かせて寝るというのも何だか気が引けて、結局皆眠らずにいた。ユリアナ以外は。


「うし! あそこの家結構でかいし、皆で泊まろー!」


 見た感じ一番大きい家を指差して、それはもう楽しそうにそう言ったのはユリアナだ。まるで、キャンプに来た子供のように。

 全く、初見の時の麗しさなど欠片も残っていない。男子小学生で成長が止まっている。住民が避難して空になった家に迷い無く泊まろうとする姫様など何処にいるものか。

 といってもまあ、今は良いだろう。

 返事も聞かずにドアを蹴破って家へ侵入したユリアナに一行は続く。


「おーい! 二階に寝室あったぞー!」

「テンションたけぇー……」

「ははは、お姫様と聞いて最初は気難しい方かと思いましたが、元気そうで良いではないですか」


 柚希は、そういうものだろうか? と首を傾げる。

 しかしこの状態でなれてしまうと、万が一ユリアナが元気無くしたときとかが怖い。

 二階に上がるとユリアナはベッドの上で既に落ちそうになっていた。騒いだり寝落ちたり忙しい人だ。


「うし。ウチとぉ、ユナはベッドねぇ。男衆は隣の部屋ででも。……あ、そこのソファーユズキね」


 ユリアナは男集の中で柚希のみ同室を所望する。

 何。俺だけ同じ部屋? それはまあ、嬉しい。嬉しいけども。と、思いつつ柚希がその真意を尋ねると。


「魔物に寝首掻かれるよりは柚希に襲われたほうがまし。と、冗談はさておき、護衛だよ護衛。ユズキはそんなことしないし、もし他の誰かがしようとしたら容赦なく首吹き飛ばしてくれるもんね。」

「ぐっ……」


 もうその話はいいだろ。俺だって好きでコロシをしたわけじゃないんだから! というのは、もう十回ほど柚希がユリアナに言った台詞だ。

 実際今のユリアナも、柚希をイジりたいだけだろう。眠たくて船を漕ぎながらでもそれとは、結構な心意気である。


「冗談だって。ないと思うけど、いつ敵が来るかわかんないし。ユナちゃんは勇者様とは言え魔法適正のせいでユズキほど身体能力高くないし、なによりウチはただの人間だよ。軽く蹴っ飛ばすだけで頭吹き飛ばせやしないの。」

「わかった。わかったからもう寝よ。」


 世界を渡ったときの恩恵か、実を言うと柚希達は眠くもなかった。だがまあ、寝られるうちに寝ておくべきだろう。そんなわけで、村到着ファーストイベントは睡眠となった。勿論、交代制だが。

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