第9話 熱い気持ちと心意気


「みっ……皆さーん! パン! けっこうありましたよー!」


 一休みし、目覚めて最初の行動が『空き家漁り』。これもまた例によってユリアナが率先した訳だが、結果的に一番成果をあげているのは意外にも今外で騒いでる優奈だった。

 皆さーんって。最初はやめた方がいいんじゃ……なんて言ってたくせに、恐ろしい子だ。

 対して柚希は、大した成果をあげてはいない。蝋燭と少しの油くらいだ。


「……ん、なんだこれ」


 それは、一冊の絵本。表紙は禍禍しいオーラを放つ何かと、かっこいい格好をして勇ましくも立ち向かう誰かの絵だ。さながら魔王と勇者のように。

 転移組の三人、最初は文字が読めなかったのだが、魔法適性を調べる時に少し本を読んだだけで、ほぼマスターしたのだ。

 彼らは学習能力までも人外の域にいる、という事だ。

 柚希はパラパラと絵本の中を見てみると、それはさながらも何もまさしく勇者の物語だった。300年前、この地に召喚されたという者の話だ。内容は、テンプレ。


 邪悪な魔王の軍隊によって危機に瀕する人類。そこに異世界より舞い降りた勇者。この時はたった一人だった。

 彼はこちらの世界の仲間と共に強敵を次々と打ち破り、ついには魔王を倒す。しかも次代の魔王と条約まで結んで仲直り。これは王も説明していた話である。締めまで完璧、この勇者は──幾人は、俺と違ってどれだけ『勇ましい者』だったのだろうか、と柚希は思う。絵本だから多少は脚色が入っているだろうが。

 そして無事に帰還した勇者は皆に祝福され姫と結婚。幸せな家庭を築、き……。

 ここで柚希は、手を止める。

 ん? 姫と結婚……? ……!

 柚希は絵本片手に家を飛び出し、ユリアナの漁る家へ飛び込む。ドアは粉々にしないようにそこだけは優しく開けたつもりだが、それでもかなり大きな音がなった。


「ふーんふんふんふふんふぶっふぁっ!? わ、わ、何だびっくりしたユズキかよ! ノックくらいしろ!」

「うるせぇ! 鼻歌聞かれたことに照れてる場合じゃねぇんだよ!」

「わざわざ言うなっ!」


 耳まで顔を赤くして照れていたユリアナだが、柚希の慌てぶりと真剣な眼差しにその赤みは自然と抜かれていく。柚希は絵本の最後、勇者と姫の挙式の絵を指差し。


「どういうことだ! すっかり忘れてたけど『魔王を打ち破り帰ってくれば娘を嫁にやろう』みたいな話してねぇぞ! どうしてくれんだ!」


 ふるとユリアナはなんだそんなことか、とため息をつく。


「いや別に、それでユズキのやる気が出るならウチは構わんよ。とーちゃんも文句言える立場じゃねーし。」

「えっ、あっ……結構カルイの、ね」

「いや別に。それで人類助かるなら安いよ。それにウチだって誰でもいいわけじゃないけど、ユズキなら別にいっかなーって。顔良いし」

「お、おう」


 何だ嬉しいこと言ってくれるじゃないか、と柚希は少し照れる。口ごもる柚希を見てユリアナも我に帰ったのか、きまずそうにする。

 しかしユリアナは徐々に浮かない顔へ、そして暗い表情へと変貌し、「それに」と続け。


「ウチなんかでいいのかよ?」


 刹那、柚希は思わずユリアナを思い切り殴りそうになり、慌てて自身を抑える。

 こいつの口から出てくるなんて思ってもみなかった事を言い出した。

 は? ウチなんか? てめーを「なんか」呼ばわりしたら世の中に何が残るんだよ。まじで。


「ブスの居場所を無くすなよ! てめえ程の上玉今まで実際に会話した人間の中で多分一番だわ!」


 顔良いくせにこゆこと言うやつ。ほんと何なんだろう。

 ここで敢えて言っておこう。俺は顔良い方だという自覚がある! 事実、つい先程ユリアナもそう言った!

 だがそれでもユリアナは浮かない顔のまま。


「いやほら、そっちじゃなくて、こっちよ。」


 彼女はレイプ目で天井を眺めながら、無い胸を寄せる。否、本当に、本当に無いから、『無い胸を寄せる動作をする』と言ったほうが正しいのかもしれない。


「ほら、ユナちゃんとか。あっちのがウチよりボカーンでドキャーンだしょ?」


 嗚呼、何だ、そういうことか、と柚希も納得して未だ抑えきれて無かった怒りを鎮める。

 こんな奴でもそんなことで悩むんだな。だが、それなら全く問題ない。


「心外だな。俺は乳のサイズで相手を選ぶほどの愚物ではない。」

「ユズキは、おっぱい好きじゃないの?」

「愚問。おっぱいは好きさ当たり前だろいい加減にしろ!」

「ええなんなの……」

「でも大小じゃないんだ。おっぱいが大きいか小さいかなんてのはそうだな、つり目かたれ目か、金髪か茶髪か。年上か年下か、醤油ラーメンか塩ラーメンかみたいなもんだ。」


 ただし味噌ラーメン、てめーはダメだ。


「要するに特徴だ。好みは人それぞれ。俺はどれも好きってことだ。」


 ここまで大真面目な顔で言って、ようやく柚希は気がつく。

 コレ、ドン引きかもしんない。

 いやでもおっぱい先にいったの向こうだから俺悪くない。

 


「……へぇ。」

「あの、引いてます?」

「割と、引き。」


 完全に誤算だった。

 かつて、本来暮らしていた日本ならば、特にネット上ならばこの程度の語りは寧ろ紳士として讃えられていた。

 しかし、大誤算だった。

 それが他文化で通用するとは限らないのだ。というか、多分しない。しない確率のほうが高い。

 柚希は、開いたままのドアからそそくさと退出を試みる。が、それを小さく呼び止める声が聞こえた。

 柚希は返事をするのが怖くて黙って続きを待っていると。


「まぁ……ありがと」


 その言葉を背に、家を出る。

 突然の熱弁に引きつつも、お礼を言えるできた姫様に心から感謝しながら。

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