第10話 ゴブリン村の受難
脳天を目掛けて一直線に光る剣筋。それは恐ろしいスピードで、『普通の人間』のころの柚希には反応すら出来なかっただろう。
そして『少し前』の柚希なら、目を背けて頭を手でガード、さながらドッジボールで標的にされた運動の苦手な小学生のようになっていただろう。
だが、『今』の柚希はひと味違う。その剣筋を己の剣で滑らせるように軌道を変えて回避。さらに開いたら脇腹に思いきり打ち込む。
が、どういうわけか相手の体はぐにゃりと曲がり、その太刀筋が斬ったのは空気のみ。そこに生じた隙を突かれて無数にも感じられる剣を浴びる。
「いたいいたいいたいいたい! いーたいってば!」
まあ、木刀なんだけど。
「ほっほっほ、御冗談を。あなたの体ならこの程度大した痛みではないはずじゃ」
事実、柚希は大した痛みを感じていない。だが大いに負けた気分なので、その場でバタリと倒れた。てか負けた。
「すっげー!」
「かっけー!」
「つよい!」
「ころさないで!」
称賛と拍手の雨がルタに降り注ぐ。オーディエンスは子供ゴブリンだ。
ゴブリンに囲まれてこの状況。どうしてこうなったかというと、少し遡ることになる。
「では、森に入りますぞ。」
「ウッス」
「よろしくお願いします」
空き家漁りも大方終わり、三人は修行のため森へ潜り込む。実戦形式の修行だ。
少し緊張する二人をおいて物凄いペースでずかずかと進みながら、ルタは言う。
「最初はあまり奥までは進まん。あまり奥まで進むと中々厄介な輩が出るからの。」
「厄介な、といいますと?」
壮の問いにルタは足を止めて振り返る。
「ふむ、そうさな、例えば、『フントファイエル』。」
少しビビりながらも、柚希は期待に胸を膨らませる。
なるほど、フントファイエル。かっこいいな。名前の時点でもうかっこいい。
それってもしかして、犬の仲間と言うか犬っぽくて、でも体長は6、7メートルもありそうなほどでかくて。人間の頭よりも大きく凶暴な牙が口内から突き出てて、身体中気持ち悪いほどもりもりに盛られた筋肉に力を込めて今にもこちらに食いかからんとするような。
「そんなやつだったりする?」
「ほっほっほ、流石はユズキさん、大正解ですぞ。もしかしてご存知ですかな?」
「や、向こうから走ってきてる」
前方200メートル辺り。前述の凶暴面が柚希達目掛けて全速力で走ってくるのが木の影からチラチラと見えた。
「むぅ、これはいきなり……。では、お手本といきましょうぞ。」
ルタは数歩前へ出ると、腰の剣を抜く。レイピアのような細い剣だ。それも地球の物で言えばかなり初期の、「突き」と「切り」の両方をあわせ持つタイプ。
獣のスピードは速く、もうすぐ目の前に迫っていた。
剣を構えるルタを敵と認識したのだろう、獣は走るスピードを乗せて振り上げた右前足、その鋭い爪を降り下ろす。
牙じゃないのかよ。
最小限の動きでそれを避けたルタはそのまま獣の懐に入り、首筋を一閃。
一瞬だった。
獣は首から大量の血液を吹き出してその場に倒れ、もうピクリとも動かない。
「かっけー!」
「いやはや、流石ですね」
しかし、ルタの表情は浮かないもので。
「どうかしましたか、ルタさん」
「……いや、本来これは群れで行動するものじゃ。単体で来たということはおそらく飼われているもの。つまり飼い主にけしかけられたという可能性が……」
テンションが上がっていた柚希だが、一瞬でそのテンションもだだ下がりする。
なんと。あれが群れをなすとな。しかもあれを飼っているとなると。
「それは中々強者なんじゃ……」
「おそらく、『ゴブリン』じゃな。」
「ゴブリンかよっ!?」
てっきりあれの一回りも二回りもでかくて、さぞや凶暴な面構えの怪物が出てくるのだろう、と考えた柚希は思わずツッコむ。
否、もしかして本物のゴブリンというのはそういうものなのだろうか? ちっこくて弱そうな雑魚とばかり思っていたのだが……
「ゴブリンはちっこい雑魚。その認識であっておる。ただ彼らも人間とかわらぬ程に、かなり知能が高い。言葉も通じる。覇権を握るのはやはり力より知恵じゃ。にしてもおかしい。ゴブリンは利口じゃ。不用意に喧嘩を売ってくるはずないんじゃが……」
確かに。と柚希は相槌をうつ。
かつての世界だって、ライオンや鮫やワニや熊や。猛獣は沢山いたが、数と知恵で人類が覇権を握っていた。そういうものだ。
「にしてもルタさんに柚希君、本人がいるのにちっこい雑魚、だなんて失礼ですよ。聞こえているかも知れません。」
「アハハ、それもそっすね。すいません」
「……? もしかして近くにいると?」
それは、(一応)普通の人間(であるはず)のルタの知覚の外。しかし壮と柚希は確かに捉えていた。先の獣が走ってきた、それよりも奥の木の影。そこに隠れる何者かの僅かな足音を。
「おーい、出てこいよー。お話しよっかー」
「っ!」
柚希が声を掛けると、間髪いれずに小さな影は森の中へと消えてしまう。
しかし、問題はない。のんびりと臭いを追って行けばじきに追いつくだろうから。
『ゴブリン』
身長は大人でも1メートル程、薄い緑の肌に少し先のとがった耳と鼻。服装は小綺麗な弥生時代といったイメージだ。
「おー、あれか。結構ちゃんとしてん……ん?」
三人は匂いを追って歩いていると、やがてゴブリンの村が見えてきた。と、よくみると。入り口らしき場所で小さな影が横に列をなしている。
「お二人とも、念の為気を引き閉めて参りますぞ」
「うぃす」
「そうですね」
すぐ近くまで寄ると列の中心、小さい体に不釣り合いなほどがたいのいい男のゴブリンが一歩前に出て。
土下座した。
「ウチの若い者が……申し訳ありませんでした! 処分はこちらで致します! どうか、命だけは見逃してやってください!」
「……は?」
「いや、本当に申し訳ありませんでした……」
話を簡単にまとめると。
このところ身内が次々と消えている、と言うことらしい。もう少し詳しく言うと、ここの『若い者』が怒りに任せフントファイエルを携えて飛び出し、勘違いで柚希達を襲った、と。勿論、柚希達に心当たりは無い。
「早とちりで、しかも不意打ちで襲った上に疑いまでかけてしまって……」
ちなみにその若い者とやらは隣で土下座の姿勢を崩していない。
勘違いで殺しにかかった上、けしかけた獣を瞬殺されたとなってはもはや怖くて顔も見られ無いだろう。
「詫びと言っては何ですが、昼食だけでも召し上がっていかれませんか?」
と。これに最初に反応したのはルタだった。
「ほう、丁度いいの。先ほど身のしまったフントファイエルを仕留めたんじゃ。あれを捌こうかの」
「鬼畜か! 相手のペット殺して調理させようって、どんな鬼畜だよ!」
「? 家畜なら食料にして当然じゃが……?」
柚希は慌てて止めようとするが、どうやらルタは嫌味など交えずにそう思ってるようで。いやいや、あの言い方には多少の嫌味は含まれていたが。
まあ、それもそうか。農家の方々もこんな気持ちだったのだろうか、と柚希も納得する。
一方でゴツいゴブリン、この村の長らしいからオサリンとしておこう、彼も抵抗はないようだ。
なら、まあ、いいか。
「では決まりですね。昼食の準備は任せるとして、それまで少し体を動かしましょう。」
と、いうわけで。壮と柚希、代わりばんこでルタ先生に相手して貰っているのだが、二人は全く歯がたたない。
柚希は確信する。
コイツは人間じゃ、無い。
とは言っても、柚希も少しずつ、着実に近づいている。成長スピードも以前、つまり『普通の人間』の頃とは比べ物にならないのだ。これも勇者の恩恵、素晴らしきかな。
失ったものは多い、というかむしろ己の体以外の全てを失ったけれども。
とにかく、運動はおしまい! と柚希は木刀を投げる。オサリンが走ってきたからきっと昼飯だ。結構、腹が減った。
「む、うまいな」
柚希は正直、ゴブリンの作る飯など焼いただけ、みたいなのが出てくると思っていたが、それは偏見だったようだ。
焼くにしても香辛料がちゃんと効いているし、骨を出汁に使ったらしい葉物のスープも中々の物だ。
友達の家で出てきたらまじで驚くうまさ、そのくらいのレベル。
「申し遅れました、私はこの村の長、オサリンと申します」
柚希は思わず吹き出しそうになった。
うっそ!? オサリン本名かよ! かわいいな!
そんな安直な名前なら隣のは……
「こっちは妻のメーアです。」
隣の女ゴブリンはコクりとうなずく。そっちは違うのかよ!
今この場、オサリンハウスの庭にいるのは柚希、壮、ルタにオサリンとメーアの五人だ。外から覗いてる野次馬はこの際数えないことにする。
何故庭かというと答えは単純、人間が三人入るにはゴブリンの家は狭すぎたからだ。しかし庭はそこそこ広く、三人はそこに布を引いて地べたに座っている。ゴブリンが椅子に座って使う高さのテーブルが人間には地べたレベルの高さだから仕方ない。彼らなりの精一杯のもてなしだ。
「よろしければ、食事の間だけでも例の行方知れずの話、聞かせていただけませんか?」
壮が尋ねるとオサリンはそれはもう大慌てで。
「そっそんな! 滅相もない! 命令とあらば何でも致します!」
え。何コイツ。へりくだりすぎだろ。気持ち悪いんだけど。
柚希は思わず引いたが、それは壮も同じだったようだ。
刈山さんを困らせるやつはマジで許さねえぞ! と柚希が冗談混じりにオサリンを睨むと、オサリンは本気で怯えたようにビクリと肩を震わせる。
柚希と壮が困惑しているのを見て口を開いたのは、ルタだった。
「ゴブリンは、差別されているのですよ。人間に。厳密に言えばされていた、ですがね。」
更にゴブリンと言わず、亜人類全般が、と補足する。奴隷にもされていたらしい。
理由は、少ないからといったことだろうか。実に下らない理由だが、下らないことは下らない理由で起きるものだ。このオサリンの振る舞いも、被差別者としてうまく生きるためのものなのだろうか。
差別というのはどこにでもある。違った種類が二つか三つ集まれば発生する現象のようなものだ。
柚希だってそんなことは知っていた。が、それでも自分の種族が、今目の前で話している存在を虐げ、彼らはこちらの怒りを買うまいと謙る。それはなんだかとても、
気持ちが悪かった。
よし、オサリン。それじゃあ命令だ。
「その謙るのやめてくんね? なんかキモイ」
「えっ……」
柚希はわざとらしく両手を大きく広げ、そしてやはりわざとらしい口調で。
「俺らとお前らは対等。タメで話すがいい。いやまぁそこは……好きにすれば良いけど。だから言いたいことを言え。飼ってた犬を食うのが嫌なら、そう言え。」
命令と言っといて、対等。支離滅裂だが、柚希の言いたいことは伝わった。
そして先から二人は一口も食事を食べていない。もしかしたら抵抗があるのかと柚希は思ったが。
「いえ、別に嫌では……。許しが無かったので、手をつけなかっただけです。」
オサリンに続いてメーアも隣で音が出そうなほど首をたてに振る。
いや、喋れよ。
その後、三人は食事を続けながら例の行方不明の件の話を聞いた。
実は犯人の目星はついているらしく、それは非常に胸くそ悪い話だった。
犯人はこの森の更に奥深くに住む、言うなれば山賊のような輩。仮にも王から貰った見るからに高級な服を着ている柚希達をを山賊と勘違いする若い者は、さぞ早とちりだったろう。もしくはその山賊が相当ゴージャスな格好をしているか。
話を戻す。その山賊は度々ここに食料やらを巻き上げに来ていたらしく、ゴブリン達は大人しく渡していた。
だがある日、女を数人寄越せ、と言い出したのだ。一応言っておくと、人間の目から見てもゴブリンの見てくれは醜悪と言うことはない。ブスもいれば美形もいる、人間と同じだ。だがいかんせん小さいため、犯罪臭が半端ではない。
とにかく、それだけは勘弁してくれとオサリンは粘った。その日は山賊が根負けして帰ったらしい。オサリンも度胸があるんだか無いんだか、山賊も横暴なんだが控えめなんだか。
それ以降山賊は来なくなった。しかし度々村の女が消えるようになったという。
もはや犯人、そして犯人の目的は明白と言っていいだろう。わざわざ言う必要もないが、あえて声を大にして言うなら柚希は性犯罪者を許さない質だ。
「じゃ、行きますか。これ、めっちゃ美味しかった。ありがとう」
「お、お待ちください! 危険です! 奴らはこの森の最深部に住んでいます。かなり危険な場所です。悔しいですがそこで生きていると言うことは、かなり強いかと……。」
「何言ってんの? そこに行くなんて一言も言ってねえけど」
へへへと笑いながら期待を裏切るような柚希の言葉。オサリンはその言葉に安心したように、しかしそれよりも落胆して。
「で、ですよね……。よ、良かった」
柚希は今度は冗談ではなく、本気でオサリンを睨みつける。
何が良いものか。何故止める。俺よりも、お前の方が怒っているはずなのに。大人しく頼めば良いのに。隣でわたわたしてるメーアの方がマシだ。
いや、お前は喋れよ!
「というわけで刈山さん、ルタ。腹ごなしに修行の続きといこうと思います。ちょっと森の奥の方で。来てくれるかな?」
「いいともー」
「私もご一緒しますぞ。」
「……っ! ですから!」
オサリン。と、ルタが彼を制止する。
「ワシらが負けるとでも? ワシならいざ知らず、こちらのお二人に対してその評価はもはや不敬じゃ。このお二人をどなたと心得る!」
そんなどこぞの旅行好き正義爺さんみたいな紹介はやめてくれ。そんなん言われてもオサリン困るでしょうが。どなたとも心得るわけないだろ。
余談だがあの爺さん、本当は人生で一回くらいしか旅行したことないらしい。
「あなた方は、一体……」
ああ、こちらが名乗って無かったな。これは失敬。
しかし迂闊に『勇者』なんて言うわけにもいかない。柚希は少し唸ったあと。
「俺は斎藤柚希。世間知らずの、うーん、世間知らず。」
「僕は刈山壮。同じく世間知らずのバーテンダーです。」
あれ、ちょっと違う!
振り返る柚希に壮はニヤリと笑う。
「ワシはマグザルタ・ベルム。彼らのお供じゃ。」
結局、まともな自己紹介になっていなかった。
しかしそんなもので何を納得したのか、はたまた色々と諦めたのか、それとも彼らの自信を信じることにしたのか。
オサリンはもう見慣れた土下座を見せて。
「……お願いします」
一言、そう言った。
「俺は別に恩を売りたい訳じゃないから。自分がしたいことを、するだけ。」
したいこと。
胸くそ悪い山賊どもをどうにかする。殺し合いの練習にもなるなら一石二鳥だ。
ついでに魔王を倒したら人類の意識に根をはる差別意識も消してやろう、と柚希は決意する。
ただ唯一柚希の後悔していることと言えば、最後の台詞が某動画サイトの割とウザい広告みたいになってしまったことである。
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