第15話 二手にわかれて sideユリナーズ
家一つを容易く粉塵とする爆発。だが、吹き飛んだ残骸の中にびくともせずに佇む影がある。
「損傷。0.8パーセント。支障無シ。」
「グガ、グガガ! ざずがは我がむずご! まだいぐぞ!」
再び、爆発。煙が引くとやはりそれは変わらずに立っている。
服すらも焦げていない、ように見えるがそもそもそれは服ではなく体の一部であった。
「ねえ、何あれ。魔法使ってる骨みたいのはとりあえず置いといて、受けてる方は人間じゃないよね?」
事の起きている場所から少し離れた民家。その二階の窓より様子を覗き見ながら、柚希は問う。
爆破の魔法を使うそれは、ローブを纏った骸骨。皮膚も筋組織も無いはずのそれは、しかし平然と歩き回っている。
そしてもう一人。
実験台のようにされている者は、見ためだけなら完全に人間だった。
「あれ多分ゴーレムだよ。よくできてるね」
「は? ユリアナ先生、今ゴーレムとおっしゃいました?」
ゴーレムってもっとこう、うもぉーっ!とか、ニンゲン、ワルイ。コロスみたいな。
「そんな感じの雪だるまみたいのじゃないの!? なんだよあの中性的なイケメンは! ふざけんな!」
「ちょっうるさいバカ! 聞こえたらどうすんの!」
「あれ倒せるのかな……ゆ、ゆ……ゆず、君、どうするの?」
大声を出す柚希の後頭部をユリアナは軽く叩き、相手にはバレてない事を確認して安堵する。
「あの、優奈ちゃん、無理しなくていいよ……」
『壮ちゃん』と『ゆず君』。優奈が言いだして壮と柚希の決めた呼び方だが、優奈も必死にそれに合わせている。
引っ込み思案な彼女としては、あまり慣れ親しんでいない人間とは会話すらままならないというのに。
「い、いえ、えっと……大丈夫、です。それより、本当にどうしますか?」
ユリアナは「戦場」や「戦闘」という環境にある程度慣れている。が、慣れてはいても戦闘員としてではなく、バックアップとして、だ。
そして優奈に関してはこの世界での戦闘は初。勿論元の世界でも命のやり取りなどした事はない。
つまり、ここは柚希が引っ張るしかない。
聞こえよく言えば優奈の初陣。それは綺麗な初勝利で飾らねばならない。
よし、ここは正々堂々──
「不意討ちで」
「グガ! グガガガ! もういぢどだ!」
素晴らしい。
素晴らしい素晴らしい素晴らしい!
加減はしているが、どれだけ叩いても殆ど傷がない。最高傑作だ!
生涯を賭し、更には命尽き、果ては肉が腐り落ち骨だけの体になっても尚魔法の研究に勤しんだ男、アンダラン=ゼル。
そして彼の生涯はたまた死涯を費やした研究成果を惜しげもなく放り込んで創り出した最高傑作のゴーレム、サランカル。彼にとっては息子だ。
息子の様な、ではない。息子そのものなのだ。
彼はまだ人間だった頃、己の力不足で妻子を失った。それからは呪われたように、否、自らを呪うように魔法の研究に没頭。それは天の迎えを振り払ってさえ続き、遂に亡き息子の顔をした、しかし心の無いゴーレムが完成した。
息子の顔で、息子の名前を被った人形。彼はそれで満足だった。満足しようとした。
彼は、サランカルの強さを誰よりも理解している。が、サランカルを心配し、失うことを誰よりも恐れたのもまた彼だった。
だから、傷つける。
傷つけて、傷つけて傷つけて。
簡単には壊れないことを確認したいのだ。
確認して、安心したいのだ。
爆発によって巻き上がった煙がひいていく。そこに立つ影はやはり健在で──
「グガガ……が?」
見慣れない棒きれを持っていた。
アンダランはそのシルエットが息子ではないことに気付くと同時、棒を持った影のとなりにもうひとつ横たわるものがあることに気付く。
「損……傷……キュウ……ジ…………ゥ」
「ぎ、ぎざま! なにも──!」
魔気。
魔法を行使する時、その空間に漂う気配。
アンダランはそれを感じとり咄嗟に魔法を相殺しようと試みる。魔法が発動する前、魔気の漂うだけの段階では、同じだけの力を使うことで魔法を相殺出来る。
が──
「っ!?」
それは自身が打ち消す事の出来る程度の魔法だった場合、だ。
彼を覆うその魔気の量は生半可なものではなく、咄嗟に相殺できるレベルでは無かった。
彼は跳び退いて魔法を避ける。
少し、遅かった。
彼のいた場所には体を覆うには十分すぎる氷。その中には逃げ遅れてもぎ取られた彼の左腕が氷漬けにされていた。
しかし、驚くべき事はその魔法だけではない。
「ご、ごめんなさい! 外しちゃいました!」
「なっ……にんげんだどっ!?」
術者が、人間だったのだ。それは今までのアンダランの人生及び骨生ではあり得ないこと。魔法適正が著しく低い人間では成し得る事の出来ない規模の魔法だった。
動揺するのは当たり前だが、その動揺が命取りとなる。
「大丈、夫っ!」
次にアンダランの瞳に飛び込んだのは、眼前に迫った棒きれ。
それは、装飾の美しい棍だった。棍という武器の形をしながら、他者を殴るには勿体無い芸術品。
それが振り下ろされた後に残るは、爆破魔法にも負けない轟音と粉々になった骨だけ。
「ヒュー! 二人ともかっくいー!」
戦闘の終了を確認して陰に隠れていたユリアナが拍手をしながら出てくる。と、
「ユリアナちゃん! 待って!」
「……父……サン……!」
最後の足掻き、瓦礫に埋まっていたゴーレムがユリアナに飛びかかるが──
「う、らぁっ!」
「………損……シ……ォ………」
それを見逃す柚希ではなかった。ゴーレムは吹き飛ばされて元の瓦礫へユーターン。そのまま今度こそ完全に停止した。
「やぁー、損傷何パーしか言わねぇのか、アイツは」
特に汗をかいたわけではないが、柚希はつい汗を拭う動作をする。
そしてへたり込んだまま放心状態のユリアナに強めのデコピンをして。
「ユリアナ! 危ねーだろ! 完全に終わるまで隠れてろって……どした?」
柚希は少し屈んで視線を合わせ、俯く顔を覗き込もうとする。と、ユリアナは飛び付いて。
「うわあああん! 怖かったよおぉぉぉ! ユズキありがとぉ! ありがとぉねぇぇ!」
マジ泣きだった。
「やっぱ先手とれば大したこと無いな。我ら……えー、我らぁ……ユーズ最強!」
柚希達は精神までも以前の人間であった頃とは段違いに頑強な為、殺すという行為にそこまで抵抗はない。
が、やはり骨やゴーレムといった、命を感じさせない無機物的な敵だと気が楽だった。
骨は有機物混じってるけど。
「それは頼もしいけど……ユーズって何。」
文句を垂れるのはすっかり泣き止んだユリアナ。先の号泣はまるで無かったかのような澄ましっぷりだ。しかし赤く腫れ上がった目尻が全てを物語っているが。
「何って、ユナユリアナユズキ。皆ユだからユーズだよ。」
「なんだよーそれ! ユーズじゃ結局ユズキだけみたいじゃん! ズルいズルい! 生意気だ!」
ユリアナは地団駄を踏んで駄々をこねる。
別にそういうつもりじゃねぇよ!
「だいたいさっきまでピーピー泣いてた奴がうるせえんだよ!」
「ゆず君、それを引き合いに出すのはちょっと。」
「!?」
ないわぁ、という目で優奈は柚希を見る。
珍しくハキハキした声で喋ったと思ったらこれである。
ったくコイツは……めちゃくちゃ怖いんですけど。
だが柚希は少し優奈が豹変したくらいではへこたれない。甘く見すぎだ。
「ごめんなさい」
「あ、えと。わかってもらえれば、いいです。それより、あまり騒がない方がいいかと……思って。」
柚希はほっと胸を撫で下ろす。君はそれでいい。いつもの優奈だ。そして、あまり騒がない方がいいというのもごもっとも。
「で、ユズキ。ユーズはズルいからユリナーズな。わかったか!」
「ああ、うん。別にそれでいいよ」
柚希は野球に全く興味がないのに野球チームみたくなってしまったのは少々遺憾に思うが、正直もうどうでもよかった。どうせ三人行動の今だけの話だ。
ここ、タルシュの警備は外の見回り二人という無いに等しいようなもの。そして内側での見回りなんてものは、いなかった。人類は完全に嘗められているのだ。彼らだけで人類をここまで追い込んだのだから当たり前の話だが。
そこで柚希、優奈、ユリアナと壮、ギラ、ルタの二チームに別れての別行動、街の中をほっつき歩く敵を見つけ次第各個撃破、という形をとった。
相手集団になるべく気づかれ無いように数を減らすというのはなかなか難儀なものになりそうだ、と柚希は思ったのだが。
「こんなドッカンドッカンやってても放置されてるんだから結構好き放題やってもバレなさそうだな。」
幸先は良い。さてはて、むさ苦しい男衆はどうだろうか? 絶対に、死んでくれるなよ。
ところで。
「このゴーレム、父さんとか言ってたよな。ゴーレムってのは産みの親をそう呼ぶの?」
「いやー、そんなことは無いと思うけど……この、何? この骨がそう呼ばせてたんじゃない? キモいね。きんもっ」
「はーん」
まあ、どうでもいいか話か、とそこで興味を失う。
柚希はそれよりも、女子の本気顔で言う「キモい」の想定外の破壊力に恐れ慄いていた。対象が自分でなくてもこれだから、もし自分が言われたら……。
柚希はそこまで想像し、今後の身の振り方を少し改めようと密かに誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます