第14話 精鋭の襲撃


「隊長! では見回りに行って参ります!」

「待て」


 真面目をヒト型に固めたような男。彼の真面目っぷりはヒト型におさまりきらなかったのか、額からは鋭い角が突き出ている。

 そのやる気に満ち溢れた声を遮ったのは、他でもない隊長だ。隊長はソファに横になったまま窮屈そうに寝返りをうつ。


「ここんとこずっとやってっだろぉ。今日はあいつらだ。呼んでこい」

「はっ!」


 それから、一分も経たずに『あいつら』は部屋へ入る。

 適当なのか律儀なのか分からない奴らだ。


「たいちょー、お言葉なんですけどー、見回りなんていらねぇよー。だーれもこねーし、来るわけねーじゃん?」

「んだ。おいらまだ飯の途中──」

「行け」


 空気が叫び声をあげそうな程の緊張感が走る。それは、横になってだらけたままの男が醸し出すものとは信じられない程の。


「……わーったわーりましたー。行きますってばー」

「メシ……」


 そう言い残すと二つの影は肩を落として部屋を出る。あからさまなため息をついて。

 ぶつぶつと文句を言ってはいるが、『隊長』には関係ないことだ。彼は横になったまま体を大きく伸ばす。


「っあーかったりぃ。ここでいつまでも待機なんてのがつまんねぇのは俺も一緒だっつぅのに」





 一時間半ほど移動して、休憩中。一同は草原に輪になってゴブリンお手製の焼き菓子を堪能している。


「そいえばルタ、丘ってどのくらいの高さなの?」


 『タルシュ』の街は円形でそこそこに広い。が、その街の周りには何も無い草原。多少起伏があるだけだ。つまり、身を隠すための陰がないのだ。

 そこで、少し離れてはいるが最寄りの丘に馬車を置く、と言う話になった。


「そうじゃの。だいたい……1000メートルくらいじゃろうか」

「へぇー……え? ちょっと今」

「えっ!?」


 何気ないルタの言葉に、柚希と優奈が同時に反応する。

 笹原さんもそこに気付いたか! と、柚希は興奮するが。


「1000メートルってそれもう山じゃないですか!」

「ちょっと笹原さん黙っててくれる!? そこはどうでもいいよねぇ!」

「えっ、ごめんなさい……」


 珍しく大きい声を出した優奈を柚希は一喝する。

 いや、確かに1000メートルっつったら山って思うかもしれないけどさ!

 しかし今反応すべきはそこではない。

 『メートル』の方だ。

 メートル法。それは簡単に言えば地球の大きさを基準にしたものだ。

 なぜルタがそれを使うのか。


「メートルってお前……」


 すると柚希の言葉を聞いたルタはパッと顔を明るくして、それは愉快に嬉しそうに笑う。

 何だよ。何が面白いんだよ。


「いや、失敬。『メートル』の単位は300年前の勇者様の残された知恵のひとつじゃ。やはりあなた方は彼の勇者様と同じ場所からきたんじゃな!」

「なるほど……メートルを使わない国は確かアメリカとミャンマーと、あとはリベリア……でしたか。メートル法まで残すとは、柚希君のご友人はには頭が上がりませんね」


 さり気なく壮の豆知識が披露される。

 幾人のやつ、人類を救う以上に大したことをしてくれていたらしい。






「だりー。まじだりー。今こーんなとこに来る人間なんているわけねーしー」


 鋭い目を更に鋭くして空を睨む。すると、隣からも同意の声があがる。


「んだ。おいら腹減ったんだ。ここはなんにも無いし、つまんないんだ。」


 見回りとは、街の外周。平地で少しの起伏しかないこの辺りの散歩なんてなにも面白くない。


「なーミーギュアー、のーせーてっ」

「ダメに決まってるんだ。おいらだって腹へってイライラしてるんだ。」

「わーったわーった、怒んなって。あそこの丘までいったらちょっと休憩……」


 そこまで言いかけた所で、鋭く細かった目が見開かれる。


「おい……! あれ見ろ!」


 ミーギュアは言われるままに相方、ミーゴの指す方を見る。と、遠くから丘に向かう馬車があった。

 しかも御者は、人間。


「おいおいミーギュア! お手柄だぜ! あの程度の回り道でやり過ごそうなんてアホだなー!」

「んだ。ひさびさに人間の肉が食えるんだ。」

「だな! よし、丘で待ち伏せるぞー!」




 走る馬車の前、現れた大きな影が進路を塞ぐ。


「──っ!?」


 青年は咄嗟に馬車を止めようとするが、その必要は無かった。

 と言うより、意味がなかった。

 馬車を引く二頭の馬は既に首から上を失い、その場に倒れていたのだ。その死体に進路を阻まれて馬車は半ば強引に停止する。


「止まるんだ」

「ヒ、ヒイッ!」


 動きようのない青年に向けて前方の巨体、額から大きく太い角をひとつ生やした八本足のカバがそう言い放つ。


「まーまーそー怖がらないでー。大人しくしてれば命まではとらないよー」


 続いて現れたのは鋭い目に鋭い嘴、全身を灰の鱗で包み、悪魔を連想させるような羽で空中に留まる男。

 例えるならばガーゴイルといったところか。馬の首を撥ねたのは彼なのだろう。彼の手にもつ血に濡れた剣がそれを物語っている。

 青年に説得力の無い言葉を投げかけるその悪魔は地に降り立つと馬車の裏手にまわる。


「さーて、何が入ってるのかなーっ! ──あ?」


 彼が中を覗いたその瞬間。


 悪魔の首が、飛んだ。


 それは宛ら、先の馬のように。

 が、馬車の陰になって前方のカバからはそれを捉えることは出来ない。

 相方の声が途絶えたことを不信に思ったカバは確認に行こうとする──


「おいミーゴ、どうしたん……がっ!?」


 が。

 それの体から大量の氷の刃が、内側から皮膚を突き破って生える。そしてその場にへたれこんだ。

 即死だ。


「……すっげー、さっすが二人。戦いなれてるなぁ……。」


 ゴブリンとは比べ物にならないほど、見るからにヤバい二人。人じゃないけれど、ここは便宜的に二人と言っておこう。

 ゴブリン村の更に奥ならばそれなりに恐ろしい風貌の獣もいたが所詮獣。人語を解す者はいなかった。

 ……てか、敵は幹部以下約十人とか言ってたよな。


「もしかしてこれ、その十人だかの内の二人だったり?」

「たぶんそうっすね。」

「そっすねじゃねえ! こんな簡単でいいのかよ!? お前らだけで十分じゃん!」

「今は油断しとったから、というだけじゃ。」


 にしても。にしてもさ! いくら油断してたからといって、少数精鋭で人類すらも凌ぐ集団のメンバーを一瞬で蹴散らすなんて。しかもお前ら元々この世界の住人だろうが。本当は俺らいらねえんじゃねえの?

 ルタとギラの想像以上の力に柚希は疑念を持つが、それをユリアナは否定する。


「ユズキ、勘違いしないでね。その二人は人類のなかでずば抜けてる化け物なの。敵と対等に渡り合えるのなんて、せいぜいこいつらくらいなんだから。」


 本当の本当にこの二人だけがずば抜けてると言うのなら、まだ納得の余地はある。だがそれならばこの二人は人類の命綱。勇者よりも人類の希望になりうるのではないか。


「ところでギラ。ルタが首を撥ねたのは見てたから分かるんだけど、やっぱそれエグいな。てかズルい」

「ズルくないっす。『イーサイ』で体内に氷作って、それが飛び出てきただけっす。これが魔法っす。」


 『体内に氷作って』。

 チートである。どうしようもない。

 柚希はゴブリン村に滞在した数日間、そこで行われたギラ先生による魔法の講習を思い出す。




 この世界の人類、亜人類では、魔法を行使できる者は少ない。しかし圧倒的な数をも少数で破る敵軍にはかなりの手練が確実にいる。

 そこで、ゴブリンの村に滞在する間に柚希と壮はギラから魔法が何たるかを学ぶ事にした。

 物珍しさで集まった子供のゴブリン、そして純粋に勉強として大人のゴブリンも集まり、草原の上に皆地べたに座って前に立つギラへ注目している。


「取り敢えず、試しにひとつやりますね。」


 そういうとギラは左手を真っ直ぐ前に伸ばす。手のひらの上が数瞬青白く光を発すると、その光は凝縮されるように一点に集まり、次の瞬間には拳大の正八面体の氷がその手の上で浮遊していた。


「「おぉ〜」」


 元々この世界の住民であるユリアナとルタからすれば当然の光景だし、優奈も既に目慣れたものだが、柚希と壮は初めて目にした魔法に感嘆し、拍手を送る。

 ゴブリンからしても魔法を目にする事はあまり無いらしく、特に子供ははしゃいでいた。


「はい、これが魔法。氷の『イーサイ』っす。わかります?」

「え、ああ、はい。てか呪文とかさ、そゆのも無いの? なんかしれーっと発動してたけど。」


 凶器的でもない、普通の氷だ。しかしそれはギラが手を前に伸ばしただけで、直ぐに発生した。


「んなもんあるわけ無いじゃないっすか。出したい場所に、出すだけっす。」


 柚希はげんなりとする。

 ええ……なんだよそれ。本当にチートやん。直接敵の頭にぶっ刺したりすりゃ終わりじゃん。俺、いる?

 しかし、「だけど」とギラは続ける。


「魔法は基本的に自身の回りにしか展開出来ないっす。離れるほど、体力持ってかれるんです。」

「体力? 魔法ってそのためのエネルギー的な、MP的なもの使うんじゃないの? 

命削るの?」


 柚希の質問に、ギラは「エムピー?」と首を傾げる。


「魔法で使うのは体力、スタミナっす。全力で走れば疲れるのと一緒で魔法使いまくると疲れる。でもちょっと休めばある程度回復する。そんな感じっす」


 魔法に消耗するのはスタミナ。剣を振れば疲れるのと同じように、魔法を使えば疲れる。

 ふと、柚希は思いつく。

 魔法を行使する際に消耗するのが特別な力ではないのなら。


「もしかして俺でも使えるの?」


 王都では魔法適性が無いと判断された柚希。その判断を下したのは他でもないギラだ。


「ええ。たぶん使えるっす。」


 ギラはあっさりと肯定する。


「でも魔法適正が無いってのは使うスタミナの量が半端無いってことなんす。極端に言えば僕なら10秒ジョギングする程度の体力で済む魔法が、ユズキさんだと5時間ダッシュする位の体力を使うかもしれない。割にあわないってことっす」


 魔法適性のない者は非常に燃費が悪いのだ。

 そもそも適性のある人間は圧倒的に少ない。適性が無いと、燃費が悪すぎる為最低限のガソリンも桁違いの量となる。結果として魔法を使えない、というのが人類と亜人類の実情だ。


「でも、お二人ならどれだけ効率が悪くても元のスタミナが桁違いなので、きっと使えるっすよ、魔法。」

「まじ!」

「ほう。」


 ギラの言葉に、柚希の瞳が輝く。

 思った場所に、水や炎を発生させる。適正が無いと突っぱねられてしまった夢のような力を、行使できるのだ。興奮して当然だろう。


「じゃぁ、まずはやっぱ炎──」

「治癒魔法、とは僕達でも使えるのでしょうか。」


 しかし、その興奮は壮によって軽く流されてしまう。

 絶望に満ちた瞳で壮に振り向く柚希。しかし壮は当然でしょう、と言う。


「僕達の場合はきっと走って殴った方が早いんです。効率の悪い魔法を使うなら、治癒魔法が適切でしょう。殴る力では傷は癒せませんから。」


 全くの正論である。

 硬すぎて物理攻撃が通らない、などという敵個体が現れる可能性もあるが、そんな存在に付け焼き刃の魔法が通じるかと言われれば殴った方がマシだ。


「で、でも、ロマン……」

「命が、掛かっているんですよ。」

「俺はロマンの為になら死ねる!」

「僕たちまで巻き込まないで下さい。」


 柚希はがっくしと肩を落として諦める。ロマン溢れる魔法を使うのは暫く先になりそうだ。

 一旦その話は端に寄せ、ところで、と柚希は話題を変える。


「自分から離れた場所に展開するには体力使う、て言ってたけど、じゃあ笹原さんなら結構離れた相手でも体内に直接攻撃、とか出来んの?」


 魔法の展開は離れれば離れるほど力、つまりスタミナを使う。しかし、柚希と同じく召喚され、柚希程では無くとも無尽蔵の力を持つ優奈ならばどうだろう。

 彼女ならばガソリンを多量に使う事も力業でやってのけるのではないか。

 柚希の質問をギラは肯定する。


「でもっすね、魔法を展開する時、その座標には前兆として気配が発生しちゃうんすよ。『魔気』っつーんすけど。」

「気配?」


 首を傾げる柚希に、ギラは「そーっすねぇ……」と少し思案する。

 と、その時だった。

 柚希は自身の右の耳、その耳朶の辺りに、何か違和感を感じた。

 特に何かが付着しているわけでも、怪我をしているわけでもない。

 ただ、空気にその部分を撫でられる様な、声にし難い不快感。

 それを不愉快に思い、柚希が少し身を捩ったと同時。


「うわっ!」


 先程まで柚希の耳があった座標に、それをすっぽりと覆う程度の小さい氷が浮遊していた。


「ね、わかるっすよね。」

「いきなりやんなよ! なんか気持ち悪かった!」


 すいません、と笑いながらギラは謝る。

 一応経験しておいた方が、とその後壮にも行っているが、その扱いの差に柚希は怏怏とする。


「こうやってバレるから本当に油断してる時くらいしか効かないんすよ。更にいうと相手が魔法を使える場合、同等の力を使うことで相殺されちゃうっす。」


 不服を申し立てる柚希を余所にギラはまとめ上げる。

 知能の無い獣相手でも無い限り、魔法を直接当てることは困難。避けきれない場所まで追い詰めてぶつけるのが定石だ。


「ほうほう、まぁ講義はこの辺にして……」

「よし! 早速ウチが治癒魔法を──」

「かっこいい魔法披露会だな! ギラ、まずは火だせ火!」


 治癒魔法を教えてくれ、と柚希が言うと思ったのだろう、ユリアナは胸を張って立ち上がるが、しかし柚希の興味はそちらには無かった。


「え、ちょ、そんな……」

「えー! 見たい!」

「かっこいいのやって!」

「やってやって!」

「火ィ! 火ィ! 火ぃ火ぃ火ぃ!」


 柚希側に回った子供のゴブリンにも流され、結局この後ギラは一時間ほどパフォーマンスをする事となったが、それはまた別の話。




 そしてその後数日。

 柚希と壮はユリアナ講師の指導により治癒魔法を体得した。


「つっても、応急処置程度だよなぁ。」

「なに、文句言わない! 数日でできる方がおかしいんだから。」


 指を差され、柚希は大人しく返事をして少し口を尖らせる。

 勿論、自分でもわかっている。

 本来ならばその応急処置でさえ、何年も時間をかけてようやく身につけるものだ。

 しかし柚希は、改めてユリアナに感心した。

 超人的どころか人の枠を外れた様な成長速度を持ってしても、簡単には体得出来ない技。このユリアナは、柚希と同年代にして相当な技量を誇っているのだ。

 彼女もまた、普通の人間ではないのだ、と。




「皆さん、あまりもたもたしていられませんよ。」


 若干緩んでいた空気が、壮の声に背を叩かれた様に張り直す。


「彼らの帰りが遅いと不信に思われるかもしれませんから。」


 折角の奇襲だというのに、見張りの帰りが遅いなんていう理由で台無しにする事は出来ない。

 一行は気を引き締め直し、馬車と死体を隠すことに専念した。



 『タルシュ』


 広い平地の中心にある街。

 城は無いが、厚い石造りの防御壁で周囲を囲んだ城郭都市。

 その町並み、建物の雰囲気はロンドン辺りと言ったところか、街をぶらつくだけでも軽く数日は潰れてしまいそうだ、と思わせる程に美しい。

 が、今となっては人一人いない、魔王軍最前部隊の滞在場所である。

 周りは広い平地だが、中に入りさえすれば建物が入り組んでいるため比較的動きやすそうだ。


「で、どうやって入るか、提案があるのだ」


 馬車を隠し、丘より少し街の近く。

 ちょっとした窪地で作戦会議を開く。


「柚希君、どうぞ」

「ギラ、お前音消しの魔法とかある?」

「え、あはい。あるけど自分の周りしか展開できないっすよ? 精々自分と近くの人の音を消すくらいっす。」


 十分。と柚希は頷く。

 柚希の考えた作戦は、こうだ。

 まず柚希がギラを背負う。ギラは音消しの魔法を展開、そして柚希は猛ダッシュ。そのまま一番近くの建物にドアを蹴破って突入、建物内と周囲をクリアリングして安全が確認できれば後続に合図だ。


「完璧すぎるだろ……」

「却下」

「くそがっ!」


 しかしその迷案はユリアナに一蹴される。

 他のメンバーも、最早説明など不要だろう、とでも言いたげに目を瞑る。


「まぁ、そりゃそうだよな。じゃどうする?」


 勿論、柚希だってこの案が通るとは全く思っていない。考えが足りなさすぎる。

 おそらく、現在敵はこの状況で攻めてくる人間などいまい、という油断が少なからずある。ならば何処かから飛び込んでも気付かれないだろう。

 しかし、事実見回りの者は確かにいた。街の出入りを見張っている者がいる可能性は十分にある。

 だが柚希は他に案が浮かばないのも事実であった。


「確かに音を消してユズキさんが外の防御壁ぶち破れば出入り口から行く必要はないっすけど、途中で見つかったら元も子もないっすよ。」

「や、わーってるよ。でもどうする?」

「なるべく窪地を選んで少しずつ近づく、しか無いですかね……。」


 案が浮かばず皆が黙りこくった時、ギラが手を挙げて宣言した。


「では、ここは僕と優奈さんに任せて欲しいっす」

「えっ」




「うわぁ、もうこんな進んだのかー……」


 進んできた道を振り返り、ユリアナは舌を巻く。

 先程の窪地からは大きく前進し、既にタルシュまでの道のりの半分以上を進んでいた。


「僕一人じゃ流石にこれはきついっすよ。さっすがユナさんっす。」

「い、いえ、そんな……」


 流石にキツイ。そうは言いつつもギラは涼しい顔で前方の土をひたすら掘り続ける。

 そしてギラが掘り進んだ道を、優奈が補強してトンネルにする。

 土を掘る魔法、だなんて限定的な物ではない。手を触れずに物を押したり動かしたり、といった念動力のような魔法で二人は地下十メートルをタルシュに向けて掘り続け、トンネルを作っているのだ。


「バケモンだなぁ」

「お前も大概だろ姫様」

「アァ? ユズキがウチの何を知ってんだぁ?」

「おぉこわ」

「やる事無いからっていちゃつくのやめて欲しいっすね!」


 ギラは少しだけ振り返り、肘で互いを突きながらイチャつく二人に文句を垂れる。


「ユリアナ、ナニアイツ」

「童貞の僻み。あんましおちょくると刺されるんで注意っす!」

「こわ〜」

「うるさいなぁ! もう! ユナさん! 俺達は俺達でいちゃつきましょ!」


 「えっ、ええと……」と口籠る優奈の反応に、ギラは少し傷付く。そしてその反応に柚希とユリアナは指を差してゲラゲラと笑う。

 が、柚希はその笑い顔をすぐにまことしやかな表情へ変えて。


「おい、ユナさんってなんだ。ファーストネーム呼びとはクソ生意気な。」


 俺は『笹原さん』『刈山さん』なのにてめえは名前呼びなんてずるいずるい! と柚希は駄々をこねる。それでいて「私は名前じゃん」とアピールするユリアナはガン無視である。

 優奈は若干引いているように見えたが、柚希はその程度で怯むほど軟弱な精神を持ち合わせてはいない。


「ああ、それならば」


 これはどうでしょう、と唐突に壮が提案するは。


「僕は『柚君』と呼びますから、僕の事は『壮ちゃん』と。」

「おお、おっけです!」

「!」


 それは、酔った優奈の二人の呼び方。これに優奈は急所を突かれた様に呼吸を乱す。


「あれ、もしかして覚えてる系女子? あんなべろべろに酔ってて?」

「記憶は、飛ばないんです……。で、でも、お酒は好きで……恥ずかしぃ……。」


 恥ずかしがり屋の癖して、自分の暴走を承知の上で酒を飲む。呑まれる事を、恥ずかしい思いを積み上げる事を承知で、飲む。

 精神が弱いのか強いのか、はっきりしない人間だ。


「じゃ、俺のことは柚君でいいよぉ〜。えと、笹原さんの事は、名前で読んで、いいのですか?」

「え、えと、はい、大丈夫、です。」


 改めて呼び方を決めるとなるとなんだかこっ恥ずかしくなり、つい畏まる。大抵の事ならば優奈は断れない性格、というのはわかりきっているが。


「お、壁っすよ」


 ギラに促されて一同が前を見やると、そこには今までと違って土ではなく硬い壁があった。地下十メートルまで刺さっているとは、かなり気合が入った設計だ。

 ……いや、気合入りすぎじゃなかろうか!?

 その気合が入った設計の街も、今では敵軍の滞在場所となってしまっているのだが。


「この辺でいいっすかね」


 地中とはいえ、その壁の素材が柔らかいわけではない。が、街を護るはずのその壁をギラは難なく破壊し、呑気に上へ掘り進める場所を決めている。


「うーん、おかしいなぁ」

「何がすか?」

「るせぇさっさとしろ」

「ええっ!? 何スカそれ!」


 ギラは壁から更に数メートル掘り進み、そこから横に曲がって壁に平行に、そして少しずつ上に掘り進める。生じた坂道は優奈が階段に加工する。

 そして──


「………」


 地上に帰ってきた時。出てきた場所は、民家の中だ。

 ギラの魔法によって、床の木材を突き破っても音はならない。


「マイクラやってる気分だな……」


 ユリアナと一応の護衛の壮以外の全員はすぐさま室内に上がり、建物の中をクリアリングする。


「うし、おっけー。」


 安全を確認した所で非戦闘員のユリアナも室内に上がる。


「取り敢えずこの家は大丈夫じゃの。近くから音も聞こえんから周囲もある程度は安全じゃろう。」

「やっと喋ったな、ルタめ」


 事前に打ち合わせをしてはいたが、やはりルタは柚希よりも的確に素早く動いた。経験の差である。


「まぁ、安全っつってもここでまったりしてても仕方ないし、さっさと行動開始しやすか!」

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