第12話 意外な合流
「あたしも。体洗いたい……です。」
うん。
十二分気持ちはわかる。
心の底から。
柚希だってできるなら内臓まで吐き出してきれいさっぱり洗いたいくらいだ。
たかだか30分すらもあの洞窟にいなかった柚希でそれだ。長い間監禁されていた彼女は比べ物にならないほどだろう。
だけども、着替えがないのは問題ではないだろうか?
「うん……まあ、しゃあないよな。分かった。俺はここにいるから、もう少し上流行って来いよ。」
「え、怖い……一緒に来て欲しい……です。」
うーーーん。。。
柚希は眉間を押さえて宛ら考える人のようなポーズで悩む。
まあ、それも当たり前、だ。いやでもいいのか? 女の子だし、何よりあんな目にあった直後だ。男の近くで服を脱いで、大丈夫なのだろうか?
柚希が解決策を模索していると、急かすように少女は上目遣いで柚希を見つめる。
やめろ。そんな目で見るな。その上目遣いは反則だ。
上目遣いも何も、身長差的にそうなるのは当然なのだが。
「……分かったよ。もう少し上流行くか。」
彼女は黙ってうなずくと小さな歩幅で柚希に一生懸命ついいてくる。
クソッ、かわいいかよ。といっても、異性としての『かわいい』よりかは子供に対する『かわいい』だが。
現在、帰り途中の川場。なかなかきれいな川で、柚希も泳ぎ回りたくなるくらいだ。
下流の方では壮が穴倉で見つけた遺体を洗っている。勝手な行動だが、そのまま家族の元へ連れて行くにはあまりにも悲惨な状態だったからだ。
穴倉を出た後、少女が柚希の背中から離れなかった為壮が遺体を洗い、一足早く村に戻ったルタが遺体に着せる服を貰ってくる、ということになった。
勿論その役割分担だって少女に聞かせるような話では無いから、少女の聴力では聞こえず、且つ柚希の聴力ならば聞こえる程度の距離でルタと壮が話し合って決めた。
そんな嫌な仕事をさせている最中に自分だけその上流で遊んでもいられないだろう。
「この辺でいいだろ。ほら、俺向こうむいてるから、さっさと洗っちまえ。」
「うん。ありがとう……ございます。」
このゴブリンは、実際人間目に見てもそれなりにかわいい。
だが、こっそり覗く気になどならなかった。それは勿論肌が緑がかっているからなんて理由ではなく、あの惨状を目にしたからだ。
あんなものを見ては、一週間は賢者モード必至である。そう、この状況で覗きを謀るほど柚希は人格破綻者ではない。それは褒められさえすれど怒られる謂れは微塵も無いのだが。
「なんで。覗かない……ですか。」
その瞳は明らかに不機嫌の感情を孕んでいる。理由は全く、柚希には皆目見当もつかない。
「ねえちょっと。こっち見て。そんなに魅力ない……ですか。」
「やめろやめろ。揺さぶるな。魅力ないわけないだろ。お前はかわいいよ。なんで怒られるんだよ。上がったならほら、これ着ろ。」
目を合わせたら必然的に裸体まで視界に入る為、柚希は必死に目を逸らす。人間目では子供にしか見えなくとも、立派な大人かもしれないのだから。
柚希は羽織っていた上着をかぶせると、少女は黙って俯いてしまう。
しかし下流に向かって歩くと、やはりちゃんとついてくる。よくわからん。
「……ん」
少し歩くと、遠くのルタと壮の話し声を柚希の耳が捉えた。どうやら体を洗って拭いて服も着せて、準備完了らしい。
もう大丈夫ですよ、柚希君。なんて言う壮は柚希が聞いていることをわかっているようだ。
普通に呼べよ。
「む、ユズキさん、ワシが走り回ってる間のデートは楽しかったかの?」
合流早々ルタが一言。
この野郎、随分な事を言うじゃねえか。
ああ、最高だった、と柚希が答えるとルタはゴブリンサイズの服をひとつ差し出す。生き残った彼女の分も貰っていたらしい。有能である。
少し離れた木陰でそれに着替えさせている間、柚希は一つ異変に気づく。遺体が、無かった。
柚希は驚いて二人を交互に見ると。
「柚希君は先に行っててください。私たちは後から追いますから。」
壮に言われて気付く。
ここで合流したのは生き残った少女の服を渡す為だけ。そして遺体が無いのは彼女に遺体を見せないための配慮だ。
全く、世話かけっぱなしだな。せめて察しなければ。
壮に早く早くと急かされて、柚希と少女は先に村へと出発する。
「そういやお前、名前なんてーの? 俺は柚希」
少女はまたも破壊力抜群の上目遣いで。
「……セナ。ありがとう、ユズキ……さま」
「セナか。ああ、さまなんていららんらんよ。ユズキでいいって。それと……」
その上目遣いは反則だから大好きだ。
「ぅーっ……おーい! ゆーずー! 待ってたーぞーおせーえーぞー!」
「え、ちょなんでっ」
「はぶっ」
村に着くやいなや、木の死角から飛び込んできたのは優奈だった。
出来上がった、アホバージョンの。
柚希は咄嗟に手を繋いでいたセナを抱えて回避、優奈はエネルギーの行き場を失って地面と接吻する。
セナは薄い緑だったはずの肌を真っ赤に染めていたが、それは柚希は全く気が付いていない。
「ちょっと……なんでここにいんのさ? しかも出来上がってるし。こっちは割と本気でシリアスモードなんだけど? ですけど?」
「おーユズキ帰ってきたかー。待ってたよー」
「あっ、えっとすいません今ちょっと御馳走になってて……」
続いてオサリンの家(庭)からギラとユリアナも出てくる。ユリアナに関しちゃ肉を刺したフォーク片手に。
さすがにこれは、柚希もちょっとマジで怒った。
「……おい、俺のシリアスモードこうもぶち破ってくれてよぉ、どういう了見だ? なぁ?」
いまだに柚希に抱えられたままのセナの顔色が、赤から段々と青白いものへと変わっていったのもまた、彼の知るところでは無かった。
「待って! ユズキさん! 話を聞いてほしいっす!」
「……あ? 誰だお前」
「ひどい! 絡みなかったにしてもひどい! ギラっすよ! ギラ! とにかく話を聞いて!」
「じゃ、ユナさんはこれから魔法の勉強っすね!」
「は、はぁい……」
柚希、壮、ルタの三人が森の散策に入った頃、ラフトではギラ先生による魔法の勉強時間となっていた。ユリアナは、虫取をしているが。
「でも、さすがっすね。ユナさんもう理論はほぼ完璧っすよ。」
「か、体だけじゃなくて、頭も、強くなってるみたいですね。もっと早くほしかったなぁ……」
世界を渡ったことによる恩恵。それは身体能力だけに留まらない。
精神も強靭になり、頭の出来、学習能力等も大幅に向上する。その恩恵によって優奈は道中に魔法書を読み漁っただけで魔法の理論をほぼマスターしていた。
あとは実践、慣れだ。
「でも……魔法の為のエネルギーとか、詠唱とか無いんですね。ちょっとびっくり」
「? そんなのあるワケないじゃないっすか」
魔法を使うのに消費するのはただのスタミナ。そして魔法を実行するには文字列など必要なく、単にイメージをどれだけ上手く実体化させられるか、というものだ。
これからはその『イメージの実体化』の練習なのだが。
「凄い! 初めてでここまで大きな火を出せるなんて! やっぱりユナさんはセンスあるっす!」
試しにやった火の魔法『エザルブ』。ここまで絶賛されているが、『イメージの具現化』のセンスがあるってつまり妄想力高いという事だろうか。そう思うとあまり嬉しくない、と優奈は苦笑いをする。
「正直教えることはあんまないっすね。とにかく反復練習、スタミナあげるにはとにかく走るってのと一緒っす。」
氷の『イーサイ』、風の『ウィルダ』、雷の『レダナス』。あれから二時間ほど。優奈は様々な魔法を習得し、そろそろ疲れてきたから遅めの昼食をとりたい、と思っていたのだが。
「んー、遅いっすねー」
「そ、そうですね。な、何か、あったのかな……?」
「いやいや、こんなとこで何かあったら魔王討伐とか無理だから!」
三人が帰ってこない。いつの間にか戻っていたユリアナは何も虫を持っておらず、聞くと「野に返した!」らしい。
「ユナさんもそろそろ疲れてるっすよね。ちょっと森入ってみ」
「入る! 行こ! はやく!」
率先したのはもちろんユリアナだ。彼女は小学生レベルで精神の成長が止まってしまったのかもしれない。
優奈がそんなド失礼なことを考えている間にもユリアナはどんどんと森へ入っていく。
「ちょ、ちょっと! 待って!」
「広いねー」 「ぎゃー! 何これキモい!」 「ん? あれって……」
「すいませーん、ここにー」
「ああ……! それなら!」
「なるほどぉ……」
「お仲間の方ですか! ならば是非おもてなしさせて下さい!」
────
──
─
「と、こんなワケっす。だからけっして遊んでばっかだったわけでは」
「わーったわーったもう怒んないから!」
必死の説得で柚希を落ち着かせることに成功したギラはほっと胸を撫で下ろす。
と、今度は騒ぎを聞き付けてオサリンが家から出てきた。
「いったい何事……! ユズキ様! 何か忘れ物でもって……セナぁぁぁぁ!!」
「お父さんっ」
セナはよじれるように柚希の腕から離れてオサリンの元へと駆け寄り、思いきり抱きついた。
感動の再開。やはり年頃の気難しい女の子でも、あれだけの事があればお父さんも恋しいものだ。ってか。
「お前ら親子かよっ!?」
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