第39話 奇襲


 ギラは戸惑うリリエールに気付くと頭を下げる。


「大変失礼致しました。……どうなったんすか?」


 その質問に、柚希が首を横に振って答える。


「……そすか。でも今は一刻を争う事態っす。皆さん、早く。」

「軽く説明してよ。何があったの」


 皆の気持ちを代弁した柚希にギラが返答する前に、その答えが魔法陣から現れた。

 御召茶の肌に、血のような赤黒い瞳。頭部からは気高く威光を示すような立派な巻き型の山羊角。

 正に、『悪魔』が如くの姿だった。

 その悪魔は魔法陣から顔だけを覗かせ、周囲を睨みつける。

 人間、人間、人間、人間、妖精、猫人、妖精。

 悪魔は真顔のまま、魔法陣にズブズブと沈──


「待てコラ」


 もうとした所を、柚希のアイアンクローによって阻止される。引き摺り出された悪魔は羽を必死に羽ばたかせ、手に持った剣を振り回して抵抗する。が、剣を振り回す腕は柚希の手刀によってへし折られる。


「ガァァ!」

「おーおー、風圧が……あれだな、羽ばたいてるカブト虫持ってるみたいな感覚だぁ。なぁギラ、コイツって言葉通じるの?」

「さっぱりわかんねぇっす。初めて見ました。でも、多分無理っす。」

「そか」


 ギラの言葉を聞くと、あっさりその頭を握りつぶして魔法陣の中にリリース。


「まずいっす。あれが大量発生してるんすけど、近くの民家に入れて貰って陣描いたんすよ。でもそれがこっから出て来たってことは」

「だな。じゃあ、リリエールさん。お騒がせしました。また遊びに来ても良いですかね?」

「え、ええ、構いません」


 今目の前で起きた事を考慮して、リリエールは拒否という選択肢を失っていた。柚希は、リリエールの想像以上に、想像以上だった。


「あざす! じゃ、……これどう行くの?」

「向こうにも床に描いたんで、水に飛び込むみたいな感じでお願いします。そしたら向こうで逆立ちにならないすから。」

「おけ。そんじゃあ……」


 柚希は地面に転がる石を拾い上げる。


「向こうが安全だったら、これ投げるから。」

「僕が行きましょうか?」

「んなぁーいやいや、俺が行きますって。ほんじゃ。」


 柚希は壮の提案を軽く断り、なんの躊躇いもなく陣の中へ飛び込む。


「おねぇちゃん、もう帰っちゃうの?」


 別れを察したカエラが優奈の袖を引く。


「うん。大事な用事ができちゃった。」

「用事って?」

「わるーいやつをやっつけなきゃいけないの。」

「じゃああたしもいく!」

「だーめ。危ないから、ここにいて。」

「えー……」


 向こうから石が飛んでくるのに、二十秒もかからなかった。

 それを皮切りに、壮、ユリアナ、ミヤと魔法陣に飛び込む。


「ユナさん、どうぞ。」

「うん。……それじゃあね。また、来るから。」


 少女の手を離し、陣に飛び込む。続いてギラも、妖精達に礼をして飛び込む。

 その瞬間、先まで輝いていた魔法陣は電源を落とされたように消え──


「やだぁぁ!」

「カエ──」


 る直前。

 小さな妖精は、その体躯を消え入る魔法陣に滑り込ませた。





「おっと」


 床に向かって飛び込んだ筈なのに、床から射出されるように飛び出る。文字通り天地のひっくり返る感覚に、壮は目を回しそうになる。


「あーくそくそ、ほんまくそ」

「柚君……」


 そこは、いたって普通の民家の中。だが室内は空き巣が入ったように、というより化物が暴れたようにめちゃくちゃに荒れていた。実際、化物が暴れたのだろう。

 しかし、この場合の化物はあの悪魔ではない。柚希を指すべきだろう。


「最悪ですよ、ほんとにもうあー」


 割れた鏡や抉れた床、粉々になった家具の中に、恐らく全部で六の悪魔の死体が転がっている。原型を留めていないから、もしかしたら数が間違っているかもしれない。

 そしてそれとは別に、二つの人間の死体があった。


「うわっ、うわ! ……うわ……」


 続いて来たユリアナも言葉を失う。失っているのは言葉というより語彙力だろうか。


「やれる事を、やりましょう。」

「はい。」


 更にミヤとユリアナ、ギラが陣を潜り、魔法を解除しようとした、その時だった。


「ぁぁあああっ」


 某宇宙戦争映画における戦闘機でのアクションシーン宛らに、小さな妖精がギリギリで陣を潜り抜けてきた。


「……え」

「バイバイなんてやなの! あたしもおねぇちゃんと一緒に戦うの!」




「どうするんすかぁ!? 向こうに陣って描き置きしました!?」

「し、してない……」


 カエラは他人事のように首を傾げながら優奈に抱きつく。また、数日かけて連れていけばいい。場所はわかっている。しかし、今の騒動に巻き込まれてもしもの事でもあったら。


「最悪妖精まで敵に回るっすよ……」

「呑気に喋ってる暇ないだろ。今は状況確認。それの世話は優奈ちゃんお願いね」

「え、えと……」

「ギラ、これどうなってんの?」


 そんな妖精の事はすっかり無視して、柚希はギラに問う。ここでわちゃわちゃしている暇はないのだ。

 外を覗けば、無数の悪魔が飛び回っている。それ一体一体の能力は低く、応戦する一般人でも対抗できるくらいだ。しかし、多勢に無勢ともなると話は変わる。


「恐らく、都市の何処かから転移魔法で沸かせてるっす。きっと一箇所じゃあないっすね。流石に都市全域は覆ってないと思いたいっすけどどうにも……」

「なるほど。壮ちゃん、ちょっと手伝って下さい」


 柚希は室内の瓦礫を持てるだけ持って外に出ると、ついでとばかりに近くを飛び回る悪魔に投げつけて撃ち落とす。

 壮は柚希の正面で手を組み、中腰の姿勢で。


「いつでも大丈夫ですよ」

「了解です」


 軽く助走をつけ、壮の手を踏み台に垂直に思い切り跳躍する。


「着地点に気をつけてええぇぇぇ」

「わかりましたーっ!」


 この城下町は、円や四角と具体的に言えない歪な形をしている。強いて言うなら、五角形。その都市の中心から半径一キロメートル弱の範囲で、六ケ所に転移魔法の陣が見えた。それ以外にはなさそうだ。王城は中心より北側。範囲に入っている。

 そして何より、目に付いたのは。

 空高く舞う柚希を睨みつけるように見上げる、貴族服の男。その男は全く動じていない。

 明らかに一般人ではなく、更に言えばこちら側ではない。ひと目見ただけで、只者出ないことは見て取れた。

 そしてその隣にもう一人、質素な服の女がいた。

 貴族服とは対象的な、農民服。革のブラウスを着た、幸の薄そうな女。

 彼女は柚希に気付くと、慌てて建物の物陰に隠れる。


「……んだアイツ」


 地に降り立つと、壮が駆け寄る。


「どうでしたか」

「陣が六個と、ヤバそうなのが一人……いや一応、二人? 陣の近くにはそれなりの奴が守りに付いてます。手分けした方が良さそうです。」

「はい皆しゅーごー!」


 現在のメンツは柚希、壮、優奈、ギラ、ユリアナ、ミヤ、そして問題児のカエラ。手分けをするにもカエラが戦えるのかもわからないし、それどころかミヤの戦力さえわからない。


「俺は一人で大丈夫です。壮ちゃん、ユリアナをお願いします。」

「実際に確認した柚君が言うのなら大丈夫なんでしょう。わかりました。ですがすぐ援護に向かいますよ。」

「あざっす」

「あの、俺陛下の安全を確認したいんすけど」

「いや、それ無理」

「えっ……何でっすか!?」


 現在地は六つの魔法陣で囲まれた歪な六角形内の、中心より少し北側。更に北に向かえば王城だ。その近くには魔法陣も二つある。

 しかし、例の二人が居たのも王城付近だった。


「だからそっちは俺が行く。足止めする。ギラは優奈ちゃんと一緒に子守兼陣潰しをよろすく。」

「そんな! 危険っすよ! 一人でなんて──」

「子守ってみゃんだ!」

「そーだ! あたしらは戦えるの!」


 心配するギラの言葉を遮って、子供二人が反発する。面倒な事について来おったカエラを死なせてはならないからの編成だったのだが、それが不服なようだ。

 子供とはいえこの世界のバランスは狂っているから侮れない。かといって二人の戦力を知らないから、いくら考えても仕方ない。

 仕方ないから、見せてもらうしかない。


「ちょっっと、待ってて」


 柚希は猛ダッシュで何処かに消えたと思えば、その両手にそれぞれ悪魔の首根っこを掴んで帰ってくる。

 ちゃんと生きてる、ピチピチの悪魔。


「ほら、だったらやってみ」

「ゆ、ゆず君!?」

「この程度も出来ないなら──」


 柚希は悪魔を中空に放り投げる。


「大人しくしててもらうよ」


 それを合図に、二人の子供は動く。その目から、先までの年相応の無邪気さは消え失せていた。

 カエラは柚希の撃ち落とした悪魔の手から剣を取り、地を離れる。突進すると見せかけて手前で急停止し、悪魔の横薙ぎの攻撃を避けて生じた隙に剣を悪魔の胸に突き立てる。

 一方でミヤは標的に向かって一筋の弓矢のように一直線に跳躍、相手の初撃を受ける前に爪で首を撫でる。


「子守ってのは撤回だな。でもカエラちゃんに怪我されると俺らが困るから、その人達と一緒にいてくれ。」

「おねぇちゃんと一緒ならなんでもいいの。」

「ねぇ、みゃーは? 何か無いみょ?」


 北側の二人を柚希が止め、壮とユリアナが南西の二つ、他が南東の二つの陣を押さえる。少しでも北側に近い場所を壮が早急に殲滅、しだい援護。


「じゃあ、行きますか」




「あははは! おねぇちゃんはやーい!」

「自分で走ってくれないかな……」


 背中に乗るカエラが楽しそうに笑う。時折離れて数匹の悪魔を始末するが、それが終わればまた背中に舞い戻る。

 優奈も魔法で悪魔を撃墜しながらギラに合わせて走る。


「ギラさん、大丈夫ですか?」

「問題ないっす。こん中で一番足遅くて体力ないのが自分って、情けないっすね……!」

「わははは! 女子供み負けてるぞ!」

「んな子供の面倒も見なきゃだし……」

「喧嘩売ってんみょ?」


 本来ならユリアナの近くに人員を割くべきだった。しかし、想定外に要請の子供が紛れ込んだ。ただの子供ではないが、それでも死なせるわけにはいかない。

 そして同時に、魔法が主な攻撃である二人ではバランスが悪い。そこでミヤもここにつけられた。

 いくら子守といえど、人数が一番多いのだ。早々に問題を始末して、単身危険に突っ込んだ彼を援護しなくてはならない。


「子供と喧嘩してる暇なんかないんすよ」

「はぁ〜〜? だぁからみゃーはみょう十二だしぃ?」

「二人とも、仲良しなのはいいけど敵を減らす事に集中して下さい!」

「すいません」

「みゃ〜か〜よ〜し〜じゃ〜みゃ〜い〜し〜?」


 ギラは走りながらも矢継ぎ早に氷柱を精製し、手当たり次第に悪魔へと射出する。逆サイドでは優奈の生み出した雷が飢えた大蛇の如く悪魔を蹂躙、取り溢しを子供二人が始末する。

 そうこうしているうちに、1つ目の魔法陣に辿り着く。


「俺を倒してから、って奴みたいっすね」


 その前に立ちはだかる二つの影。影、というのは隠喩だが片方はまさしく『影』であった。

 影。靄のように揺蕩うそれは人型を保ってはいるが、はっきりと形を留めてはいない。

 その隣の男。白の長髪をひとつに纏め、背中からはコウモリの羽。ヴァンパイアだ。

 睨み合っている間にも、穴からは次々と悪魔がやってくる。


「猫と妖精さんには周りの露払いをお願いできるっすかね」

「だから何でみゃーだけその扱いみゃみょ!」

「カエラちゃん、お願い。」

「うん。おねぇちゃんが言うならわかったの。」


 ギラは転がる悪魔の中からマシな剣を拾い、優奈は前回の戦利品、敵の一人から頂戴した槍を構える。今度は折れない事を祈って。


「俺が前衛やるんで。」

「剣使えるんですか?」

「うーん……少しだけっすね」


 ミヤとカエラが離れると同時、先に影が動く。影は二人に向かって、それはもう真っすぐに突っ走る。戦略も業もない、只のダッシュ。


「はぁ? ……なめてんすかねぇ」


 その走る勢いのままに首を飛ばしてやろうとギラは剣を構える。

 あとはただそれを少し押してやるだけで──


「──は?」


 影はその剣に首を切断──された筈が、ものともせずにそのまま走り続ける。

 まるで、すり抜けてしまったようだった。


「ちょっ……ギラさん!?」

「えええええええちょ、うわっ」


 続いてギラに下がる隙を与えず、ヴァンパイアが剣で突く。武器というよりも飾り物のような、輝く細い刀身。レイピアだ。

 その突きの連撃を、不格好に仰け反りながら剣で滑らせてなんとか凌ぐ。

 やがてギラは壁際にまでおい詰められ。


「終わりだ、みたいな顔──」


 を、したヴァンパイアは大きく飛び退く。

 ヴァンパイアの足が地と再開し、再びギラを睨みつけたころ、先まで彼の居た座標には無数の氷粒が浮遊していた。


「やめてほしいっすね。」



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