33 駆け出す恋心②
期末テストが終わり、静かだったうんりょーに賑やかな音が戻ってきた。
鷹能先輩の話では、部活が休みの間でも個人的にコンクール曲の練習をしに来る部員は結構いたようで、かく言う私もせっかく掴んだリズムの感覚を忘れないようにと、三日ほどは放課後にうっちーと個人練習をした。
鷹能先輩とは毎朝一緒に電車に乗ってうんりょーで二人で朝ごはんを食べているけれど、放課後だって会えたらやっぱり嬉しい。
そういう下心もあって個人練習に行ったのに、先輩は私とうっちーを見るといつも不機嫌そうな顔をして、二人で帰ろうとすると必ず私だけを引き止める。
そこで大抵アナコンダVSジャンガリアンハムスターのいがみ合いが始まり、私が慌てて仲裁に入り、結局三日とも藤華学園前駅までは先輩が私を送る形で三人で帰るというパターンとなった。
この間のテスト勉強よりも、かえってそっちの方が気づかれが大きかったように感じなくもない。
ちなみに、三日のうち二日はあゆむちゃんも一緒に練習していたのに、穴ぐら小動物系の彼女は鷹能先輩とうっちーのいがみ合いに耐えきれず、気がついたら姿を消して先に帰ってしまっていた。
そんなこんながありつつも、ようやく再開した部活は部員の皆も待ち望んでいたようで、再開初日から合奏練習が組み込まれたのだった。
文化祭のステージ演奏の時はポップス含め六曲を並行して練習していたのだけれど、コンクールは二曲を徹底的に作り込んでいくために濃密な議論が飛び交う。
「このDパートは骸骨がコミカルに踊るシーンだから、模範演奏みたいにもっと音を歯切れよく軽快に吹いた方がいいんじゃない?」
「いや、そうは言っても骸骨だぞ? コミカルさの中におどろおどろしさを感じさせるよう、重低音パートの音はテヌート気味でいいと思う」
各楽器のパートリーダーを中心に様々な意見が出るけれど、それをまとめて曲のイメージを統一させていくのは指揮者のトミー先輩だ。
「骸骨の踊りは次のEパートから徐々に盛り上がりを見せてFで最高潮、その後で骸骨が突然バラバラッと崩れちゃうわけじゃん? その不気味で不穏な空気を匂わせるのは、俺はEパートからでいいのかなと思うわけよ。ここのバリトンとチューバの
口調はチャラさが残るのに、曲の解釈には一本筋が通っていて、イメージが明確に伝わってくる。そして、そのイメージを表現するために各楽器への的確な指示がなされる。
トミー先輩の細かな指示が入った後でその部分を再演奏すると、曲の輪郭が驚くほど鮮明に浮かび上がる。
やっぱりトミー先輩はすごい人だ。
合奏の何たるかを少しずつ感じ取れるようになってきた私にもトミー先輩のコンクールへ賭ける情熱がひしひしと伝わってきて、その思いの元にまとまっていく部員全員の熱意に圧倒される。
初心者だからって気後れなんかしてる場合じゃない。私もそこに向かっていこう。
そんな気持ちを新たにして、久しぶりの合奏練習を終えた。
🎶🎺🎶
「ちっはなちゃん! かーえろっ」
締めのミーティング終了後、楽器を片付けてパーカス部屋に戻ると、リュックを背負ったうっちーが明るい声を掛けてきた。
「どうしたの? ずいぶん上機嫌だね」
私が尋ねると、満面の笑みを浮かべて彼が答える。
「だって部活が再開したんだもん。これでやっとあの先輩に邪魔されることなく知華ちゃんと帰れ……」
「甘いな、内山田」
ガラリと引き戸を開ける音と共に、低く冷たく放たれた声がピンポン玉のように弾むうっちーの声を遮った。
「げ。紫藤先輩! 部活再開したんだし、これまでどおり一年生三人で楽しく帰るんだから邪魔をしないでくださいよ!」
「お前こそ、同じ電車通学だからと言う理由だけで、知華と角田の女子トークにむさ苦しく割って入って邪魔をするのはどうなのだ」
先輩、お言葉ですが無口なあゆむちゃんとは甘い女子トークで盛り上がることは滅多にありませんよ。葉山先輩ネタは例外として。
そんな茶々は火に油を注ぐだけなので黙っておくことにするけれど。
「女子トークの邪魔をするどころか、俺が三人での会話を盛り上げてるんですからねっ! 豊富な話題とキレのあるツッコミで、どっかんどっかんと……」
「知華。今日この後で武本が来るのだが、俺達二人に話があるらしい。少し残れるか?」
「……って、おぉいっ!! そっちから吹っかけといて俺のトークは華麗にスルーかよっ!?」
早速キレッキレのツッコミを入れたうっちーを横目に、私は先輩に向かって「はい、大丈夫です」と頷いた。
武本さんの話って何だろう。
先輩のお家の方で何か動きがあったってことだろうか。
キレたうっちーは苦笑いの霧生先輩に
夏至を過ぎてもなお薄明るい宵の空の下へ出て、うんりょー横の小さな空き地で先輩と待つ。
やがて車通りの少ない道をヘッドライトが照らしたかと思うと、門扉の手前でハザードを出し、先日と同じ黒塗りの外車が横付けされた。
「鷹能さま、知華さま、お待たせいたしました」
運転席から出てきた武本さんが、門扉をきっちりと閉めた後で綺麗なお辞儀をする。
緊張しつつ私も深く一礼する横で、鷹能先輩は「うむ」と鷹揚に頷いた。
「それで、俺達二人に話と言うのは?」
「実は……ご両親が知華さまのことをお知りになり、早急に二人にお会いしたいと」
「ええっ!?」
困りきった表情でこちらの反応を伺う武本さんの前で、思わず声を上げてしまった。
先輩のご両親は既に私のことを知ってるんだ。
どこの誰ともわからないような庶民の小娘の存在を聞いて、紫藤家のご当主夫妻はどう思ったんだろう?
「武本、知華の話は志桜里の件に目途が立つまで両親に話すのを控えてほしいと先日伝えたはずだが」
「それが……。大変申し訳ないことに、海斗がお父上にお伝えしたようで」
「海斗が?」
「はい。私の出張中に旦那様にお会いし、鷹能さまをお止めするよう直訴したようで……。愚息が勝手な真似をいたしまして、本当に申し訳ございません!」
深々とお辞儀をしてお詫びをする武本さん。
お父さんはこんなに理知的で紳士的なナイスミドルなのに、その息子の海斗はどうしてあんなに猪突猛進タイプなんだろう。
あいつのことだからきっと私のことを散々貶めて、先輩とは釣り合わないということを猛アピールしたに違いない。
「……父上の耳に入ってしまったものは仕方ないが、父上は何と?」
「はい。取り急ぎお二人をお屋敷の方へお連れするようにと。鷹能さまは志桜里さまと話し合われてからの面会をご希望だとお伝え申し上げたのではございますが、旦那様はとにかく二人を連れてこいの一点張りで……」
「ふむ……」
ため息を吐きながら腕組みをする鷹能先輩。
やっぱりこの流れは厳しい状況にあるということなのだろうか。
「まあ、知華にはいずれ両親に会ってもらわねばならなかったわけだからな。俺の考える順番とは事が前後したが、やるべきことに変わりはない」
腕組みを解き、先輩は切れ長の瞳を穏やかに細めて私を見つめた。
「知華。引かずに共に進んでくれるか?」
私に向かって真っ直ぐに腕が伸ばされる。
「……はい」
こくりと頷き、空を仰いで待ち受ける大きな手のひらにそっと手をのせると、長い指がしなやかに絡められた。
先輩と共にこの先を進んでいくための第一歩。
先輩の重荷を少しでも軽くするための第一歩。
この手を離さないように、前を向いて進んでいこう。
眼差しに決意を込めて見上げると、薄藍に染まる景色の中、引き立つような濃い桜色をのせた先輩の微笑みが私の不安を掬い上げてくれた。
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