24 藤歌祭②

 トミー先輩が脚本・監督を手がけた寸劇 “夕焼けゆりっぷる” は、一、二年生の男子部員が全員女装してJK女子高生を演じ、女の子同士の恋愛模様をBGMにのせて表現するというものだ。

 メインヒロインはもちろん美の化身・葉山先輩。葉山先輩演じるトラ子を巡り幼馴染みやクラスメイト、転校生が様々な思いを打ち明けながらカップルの形を模索するという、かなり際どいストーリーになっている。


 リハーサルの時にはまだまだ照れが見えていたけれど、チーム女神による完璧な女装でいつの間にか心まで女の子になりきった男の娘達。今日の本番では迫真の演技で観客の爆笑を誘っている。

 寸劇パートのメイン曲となる『夕焼けバンジー』では、連日猛特訓していたダンスを披露。汗を煌めかせて真剣に踊るその姿は、笑いを超越して感動の涙すら呼び起こす青春ドラマを見せてくれた。


 パーカッションはBGMだけでなく、“ガーン!” や “キラキラッ” などの効果音も担当するため、男の娘達の動きや台詞に合わせて皆で忙しく楽器を持ち替え寸劇を盛り上げた。


 ストーリーの最後にヒロイン・トラ子が選ぶのは、男の娘の中でも一番むさくるしいゴリ子だ。うっちー演じる幼馴染みのウチ子はなかなか良い線までいっていたのに、最後の最後でトラ子にこっぴどくフラれていた。

 舞台上でハンカチをくわえて悔しがるウチ子の姿は、演技とは思えないほどの迫真ぶり。

 うっちー、実は葉山先輩に本当に恋しちゃったりしてないだろうか。


 鷹能先輩の言うとおり、寸劇のあまりの盛り上がりに客席の視線は終始彼らに釘付けで、演奏者はステージ上で寸劇を楽しみつつ伸び伸びと演奏することができた。

 本番のステージは初体験の私もタンバリンやマラカスを思いきり振り、煌びやかな照明の下でいつも以上に緊張感と一体感のある演奏を体感した。


 寸劇が拍手喝采の中で終わり、「トラ子ぉー!!」「ゴリ子ぉー!!」など黄色かったり野太かったりな声援が会場を飛び交う。

 カーテンコールに出た女装集団が舞台袖に戻ってくると、いよいよ文化祭も最後の一曲となる。


 私が初めて合奏練習を見学した時に圧倒されたサン・サーンスの『バッカナール』。

 あれから何度も合奏を聞いているけれど、エキゾチックで狂気すら感じる程の迫力があるこの曲が私は大好きだ。

 文化祭ステージの集大成とも言える一曲をこれから聞けると思うと、ワクワクした気持ちと共に大きな寂しさが押し寄せてくる。


 新入生は約二ヶ月、先輩達は昨年度のうちから三ヶ月以上かけてこの文化祭ステージを成功させるために毎日練習を続けてきた。

 霧生先輩の鬼ダメ出しに震え上がることもあれば、曲の完成度が日々高まっていくことに喜びを感じることも多々あった。私自身はまだ簡単な楽器しかできないけれど、演奏する一員として合奏に参加している時の充実感を味わうこともできた。


 舞台袖からひな壇でトランペットを構える鷹能先輩の横顔を見つめる。


 先輩──

 先輩が吹奏楽で見つけてみないかと誘ってくれた “努力しなければ得られないもの” 。

 この文化祭のステージを通して、その片鱗を私も掴めたような気がします。


 このステージで奏でる一音一音のために日々の練習があり、努力がある。

 形としては残らないものだけれど、皆が心を合わせて重ねる音色は美しいハーモニーとなって聞く人の心に響き、その感動を刻みつける。

 湧き上がる感慨が曲の盛り上がりと共にビッグウエーブとなって胸の内に押し寄せてきて、会場からの割れんばかりの拍手に我に返ったときには、私の頬には幾筋もの熱い涙がつたっていたのだった。


 🎶🎺🎶


 梅雨入り間近のこの時期にぴったりのアンコール曲『雨に歌えば』の演奏が穏やかに終わる。

 ステージの照明が落ちると、部員達はお客さんをお見送りするために講堂の外へ出た。


 一足先に出ていた女装集団の周りにはすでに人だかりが出来ていた。

 とりわけ葉山先輩の前には老若男女が長蛇の列を成し、花束やプレゼントを渡したり、握手したり、写真撮影するために順番を待っている。

 その人気に圧倒されつつ列の後方にまで視線を伸ばすと、なんと最後尾付近で望遠レンズのついたカメラを構えるあゆむちゃんを発見。

 お客さんの見送りそっちのけで列に並んで大丈夫なのかな!?


 咲綾部長に叱られないかとハラハラしながら見守っていると、私の横の空気がふわりと揺らいだ。

 穏やかなその気配に顔を上げると、淡い桜色の微笑みをのせた鷹能先輩が立っている。


「知華。本番のステージは楽しめたか?」

「はい! とっても楽しかったし、感動しました」

私を見下ろして細められた切れ長の瞳に答えると、先輩は体を折り曲げ、私の耳元で低く甘く囁いた。


「俺のソロも堪能してくれただろうか。朝の約束どおり、君のために心を込めて演奏したのだが」

「ふぇっ!? ぁああの、すっごく素敵でした……」


 愛の言葉さながらのあのソロ演奏を思い出し、視界が涙で滲むくらい顔が熱くなる。

 狼狽える私をその瞳に閉じ込めた先輩の微笑みに、私の胸は耳に響く程に強く速い鼓動を打ち始めた。


 文化祭のステージが終わった今、先輩の事情がいよいよ明かされる。

 決断の瞬間が刻一刻と近づいている。


 鷹能先輩の口からどんな話が飛び出すのか、今の私にそれは全く想像がつかないのだけれど、どんな事情を前にしたって私はもう先輩に飛び込むことしかできないんじゃないだろうか。


 そんな予測をした時だった。


「タカちゃん」


 鈴の転がるような声。

 ふと前を見ると、花束を抱えた一人の少女が私達……ううん、鷹能先輩に向かって歩み寄ってくる。


 ふんわりとウエーブした明るく艶やかな髪。

 陶器のごとく白く滑らかな肌は頬が薄桃色にほんのりと染まり、黒く大きな瞳は夜空に浮かぶ半月のように美しい弧を描いて細められている。

 彼女に降り注ぐ陽光は周囲のそれより一層明るく煌めいて、彼女の存在を華やかに照らし出している。


 なんて可憐で美しいひと────



 思わず見蕩れていると、薄く小さく形の良い唇を上品に綻ばせた彼女が胸に抱えた花束を鷹能先輩に差し出した。


「タカちゃん、とっても素敵な演奏でした。演奏会の成功おめでとうございます」


 その微笑みが、その眼差しが、とろけるほどの熱を帯びて目の前の彼に真っ直ぐに向けられている。


志桜里しおり……」


 鷹能先輩が呻くように彼女の名を零す。


 胸騒ぎを覚え始めた私の耳に、無機質を極めた先輩の声が突き刺さった。


「君が来たことは喜ぶだろう。その花束も彼女に渡すといい」


 甘やかな熱を一瞬にして冷ます氷の刃のような鋭さに、目の前の少女の微笑みが強ばる。


「タカちゃん。私は……」

「知華、楽器の片付けに戻ろう」


 呆然と立つ私の手を荒々しく握ると、鷹能先輩は少女の眼前で突然踵を返し、足早に講堂の裏手へと私を引き連れていく。


「ちょっ……。先輩っ、急にどうしたんですか?」


 湧き上がる不安と戸惑いを抱えて見上げると、そこには冷徹な眼差しを前方に固定させた鷹能先輩の厳しい横顔があった。

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