15 うんりょーの先輩達②

 た……鷹能先輩の甘さが殺人的すぎるっ!(言語系統崩壊中)


「さ、遠慮せずに食べるといい」

「はははぃ……」


 先輩の笑顔と言葉に酔わされてしまった私には、その後の先輩達のトークの楽しさもお皿に山盛りに載せられたお肉や野菜の美味しさもすべてが夢うつつで、それらの余韻がボーン部屋を満たす中、気づけばお開きの時間となっていた。


「ああ、食った食った」

「煙、全部外に出せたかな?」

「窓開けっ放してたから、部室で焼き肉したのバレバレだろうな。これまた職員会議に上げられるパターンじゃね?」

「トミー、事後処理よろしくー」

「任せとけ! 職員室で直角で頭下げてくるぜっ」


 お尻を突き出してビシッとキメたトミー先輩の直角お辞儀に大笑いし、後片付けの時まで賑やかな先輩達。各々の荷物を肩に担いで帰り支度を整えたけれど、やっぱり鷹能先輩だけが手ぶらのまま佇んでいる。

 このままうんりょーに残って一人ここで夜を明かすんだろうか。


「タカちゃん、俺が知華ちゃんを送って行こうか。駅まで一緒だし」

「トミーに任せられるわけがなかろう。送り狼をされたらたまったものではない」

「さすがにそんなことするわけないだろ! タカちゃんに斬られたくないしねっ」


 鷹能先輩は私を送るつもりでいてくれてるけど、ここが住まいならばわざわざ駅まで出かけてもらうのも申し訳ない。

 何より、甘さの余韻を引きずりながら二人で夜道を歩いたりなんかしたら、緊張と目眩、息切れ、動悸で駅に辿り着く前に事切こときれてしまいそうだ。


 そういうわけで、私の方からも鷹能先輩の申し出は丁重に辞退し、私より一つ先の駅に家があるというトミー先輩と一緒に帰ることにした。

 他の部活はとっくに練習を終えて周りに生徒の姿はなく、時折会社帰りのサラリーマンやジョギングの人とすれ違うくらい。

 トミー先輩は私を気遣ってか、あるいは鷹能先輩に脅されてなのか、近すぎない距離で肩を並べつつ、帰り道の会話も気さくに盛り上げてくれた。


「それにしても、今日は結局帰りが遅くなっちゃったよね。 知華ちゃんのおうちの人心配してないかな?」

「連絡入れたんで大丈夫です。先輩達って、普段からあんな風に集まってご飯食べてるんですか?」

「皆で集まるのは月に一~二回かなぁ。俺は週イチでタカちゃんとあそこで晩メシ食べてるけどね!」

「……あの。鷹能先輩って、本当にうんりょーに住んでるんですか?」


 多分そうなんだろうなと思いつつ、何となく本人に直接聞くのは躊躇われて、この機会にトミー先輩に確認しようと考えた。

 先輩はいつもの軽い調子で「うん、そうだよ」って答えた後に、ほんの少しだけ語調を落ち着かせた。


「タカちゃんは家の事情であそこに住んでるんだよ。一人でいることに慣れてるみたいだから本人は何も言わないけど、あいつも本当は寂しい時があるんじゃないかって俺は思ってる。だから、多少ウザがられても押し掛けてるんだ」

「そうなんですか……」

「まあ、押し掛ければタカちゃんの作る美味いメシが食えるから、それ目当てでもあるんだけどねっ」


 空気を重くしないようにトミー先輩は冗談を付け加えたんだろうけれど、やっぱり鷹能先輩の境遇が気になってしまう。


 家の事情で一人であそこに住まなければならないって、どういうことなんだろう。

 家族はどこでどうしているんだろう。親戚である理事長一家は、そんな鷹能先輩に何の援助もしないんだろうか。生活費はどうしているんだろう? 奨学金とかもらってるのかな?


 何者にも頼らない強さと、何者にも頼れない孤独。

 考えれば考えるほど、先輩の無機質で高潔な佇まいはそんな境遇から滲み出たものであるように思えて、胸がぐうっと塞がれていく。


「いくらうんりょーが家としての機能を備えてると言っても、部室に高校生が一人で住んでるってやっぱり普通じゃないですよね。鷹能先輩のために、何かしてあげられることってないんでしょうか……?」


 鷹能先輩が心を許す数少ない友人であるトミー先輩は、私の言葉にへらっとした口の端を一瞬引き結んだ。


「あいつが背負っているものは、他の誰かが肩代わりしてやれるようなものじゃないんだ。だから俺は、タカちゃんが少しでもその荷の重さを忘れて楽しめるようにって、この部を盛り上げてきたんだけど──」


 親友に思いを馳せた眼差しを、ゆっくりと私に向けるトミー先輩。


「ただ、知華ちゃんなら、あいつの背負い込んでるものを軽くしてやることができるかも」


「私……ですか?」

「うん。タカちゃんはうんりょーに連れて来たい女の子がいるって、結構前から俺や咲綾に話してたんだ。それが知華ちゃんだったんだけど、あいつが他人に執着するなんて珍しいって思ってたんだよ」


“俺は君のあの凛とした眼差しを取り戻したい”


 鷹能先輩は、去年の夏の地区大会で私を見かけた時から、ずっとそんな風に思っていたと言ってくれた。


“これでまたあの横顔が見られるのだな。今度は、もっと君の傍で──”


 私が入部を決めたことを、甘やかな笑顔で喜んでくれた。


 無念と後悔を燻らせたままの私に、努力の先にあるものを見つけようと誘ってくれた。


「私がどれだけ鷹能先輩の重荷を軽くできるのかはわかりません。……でも、私は見つけていきたいと思ってるんです。鷹能先輩の無機質な表情に、もっともっと色をのせていくチャンスを」


 穏やかな表情で私の言葉を待っていたトミー先輩が普段のチャラいモードに切り替わる。


「タカちゃんのあの能面みたいな無表情を崩すってか! それは楽しみだなぁ♪ こないだの頭ポンポンも俺的にはかなり衝撃的だったしねっ」


 その言葉が頭の中の脳内再生ボタンをポチッと押した。

 綿あめのように甘くふんわりしたシーンが瞬時に呼び起こされ、ぼわっと音が出るくらいに顔が熱くなる。


「あっ、あれは入部を躊躇っていた私を励ましてくれてただけで……っ」

「うんうん。タカちゃん意外と面倒見いいし、知華ちゃんを励ましてただけだよねー。デレっとした顔に見えたのも俺の気のせいだよねー」

「それはほんとにトミー先輩の気のせいだと思いますっ!」

「はいはい。夜空の星が綺麗なのも、もうすぐ電車が来ちゃいそうなのも、ぜーんぶ俺の気のせいですー」

「んもう、何言ってるんですか。もうすぐ電車が来ちゃうなら走りましょうよ!」


 トミー先輩のからかいでさらにせわしく打ち始めた鼓動をごまかそうと、私は視界の先で煌々と光る駅の改札を目指して走り出した。

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