23 藤歌祭①
「うっわ……! うっちー、予想以上に似合ってる……!!」
「わわっ! 知華ちゃん!? ちょ、あんま見ないでぇっ」
こちらへ近づいてきた集団の中に混じるうっちーに声をかけると、チークの上からでもわかるくらいに頬を赤らめた彼がネイルの煌めく指先で顔を覆った。
「さすが、“チーム女神” がメイク担当しただけあるよね。その恰好でこれからビラ配り?」
「マオ先輩までニヤニヤしないでくださいよぉ。ヤケクソで呼び込みしてきます!」
そう。男子部員達は今日の寸劇のために皆女装をしているのだ。
ウィッグをかぶり、制服風のコスプレ衣装を着て、ファンデーションはもちろん、つけまやグロスまでばっちり施されている。
素地も関係するからさすがに全員が美少女というわけにはいかないけれど、色ものが混じってこそお客さんの受けもいいというもの。その中でもうっちーはクラスでは未だ爽やかイケメンで通してるだけあって、かなりイケている方だ。
しかし、やはり圧巻の美しさを放っていたのは――
「トラちゃんさすがぁー! 今日もトラちゃん目当ての老若男女が大勢見に来るだろうね!」
感嘆の声を上げたマオ先輩の視線の先にいる、花と見まごうほどに可憐な超絶美少女と化した葉山先輩その人だ。
純日本人のはずなのに金髪ツインテールがここまで似合うのは、アンニュイに被せられていたまつ毛がつけまとセットでぐるんと上を向き、お星さまの散りばめられた大きな瞳がさらに強調されたからだ。加えて控えめながら高さのある鼻梁、ぽってりと艷めく小ぶりの唇が少女漫画さながらの愛くるしさで、額縁に入れて鑑賞したいレベルを余裕で超えている。
しかも、ミニスカから覗く絶対領域の程よい肉感とお肌の美しさは嫉妬すらもおこがましい程の神々しさ。
葉山先輩。あなたは
……なんて、余りの美しさにうっかりあゆむちゃんと同じ思考回路に陥ってしまった!
ふと彼女を見ると、チューバのケースを地面に置き、首から下げた一眼レフで葉山先輩を撮りまくっている。
ゆでダコのような顔から出る熱でメガネが曇っているけれど、それを拭う
そう言えば、以前あゆむちゃんは葉山先輩のことを「去年の文化祭を見学に来た時にファンになった」と話していたっけ。
そのカメラは先輩の奇跡の女装を写真に収めるために必要だったのね。
玉石混交の女装集団を見送りつつグラウンドを縦断すると、藤華学園高の制服に他校の制服や私服が入り混じる、文化祭ならではの喧騒が見えてきた。
模擬店への呼び込みの声があちこちから聞こえる中、沢山の見学者がパンフレットを片手に往来していて、いつもの学校がとても華やかに彩られている。
中学時代は剣道一筋で高校の文化祭を見学したことがなかった私は、初めて目にする学園ドラマさながらの光景に感動を覚えた。
バスドラムを抱えつつキョロキョロと見渡すと、女装した男子達が早速見学者にビラを配っている。うっちーは女の子に写真撮影をせがまれていて、まんざらではなさそうだ。
葉山先輩は……と探すと、校門の傍で黄色い歓声の上がる人だかりができているから、あの中心にいるに違いない。彼が集合時間までに解放されることを祈りつつ、講堂の中へと入った。
🎶🎺🎶
運び込んだ楽器のセッティングも終わり、観客の入場も終わっていよいよ開演時間が迫ってきた。
先ほどは私も客席の誘導をしたのだけれど、開場時間にはすでに講堂の入口に長蛇の列が出来ていて、吹部ステージの人気がどれほどのものなのかを改めて知った。
女装集団の呼び込み効果かと思ったけれど、入場したお客さん達の様子を見ているとそれだけではないらしく、ところどころに「虎之助LOVE」「美神・咲綾」「富浦啓太郎様♡」などの応援幕が広げられている。
さすがにペンライトを振ってオタ芸の練習を始めた咲綾ファンの一団には着席するよう注意したけれど、会場に広がる異様な熱気に押し出されるようにステージ裏へと避難してきたのだった。
裏手でははち切れそうなくらいの緊張感の中、楽器と楽譜を抱えた先輩達が真っ暗なステージへと出ようとしていた。
一曲目の出番がない私は、ビラ配りから戻ってきた女装集団と共にこの場所から演奏を見守ることになる。
「みんな、行くわよ!」
咲綾部長の号令でパートごとに並んだ先輩達が舞台袖から入場を始めると、さざ波のようだった会場のざわつきが一気に静まった。
扇型に広がる木管パートの後方、ひな壇に上る金管パートが入場する時に、銀色のトランペットを持った鷹能先輩が私の前を通り過ぎる。
端正で無機質な表情に緊張の色は見られない。心の中でエールを送ると、そのテレパシーを感じたのか、先輩は私を見て桜色の微笑みを向けてくれた。
「っしゃあ! いっちょ
タクトを持ったトミー先輩が武者震いをさせながら指揮台へと向かっていった。
照明が舞台を照らし、拍手が起きる。
チューニングの後、サックスのソロ奏者が立ち上がる。
アイコンタクトを交わしたトミー先輩がタクトを振ると、しっとりとした旋律が始まった。
情熱的なフレーズに様々な音色が重ねられ、客席を
マラカスとブラシスティックの乾いた音をタムドラムの高低差のある音がリズミカルに追いかける。
管楽器の音色がのせられ彩りを増していく前奏から、粒の揃ったフィルインを挟み、お馴染みのあのフレーズが奏でられる。
『熱血大陸』はその名を冠したドキュメンタリー番組のオープニング曲として余りに有名だ。中学校の音楽会でこの曲を演奏したクラスもあったし、吹奏楽バージョンの楽譜も出回っている、近年の音楽会ではド定番と言える人気曲である。
金管パートの硬質で直情的な旋律が奏でるAパート、木管パートのやわらかなハーモニーが耳に心地よいBパート、どちらもラテン系の
会場全体に熱気が行き渡ったところで、鷹能先輩が銀色のトランペットを口に当てて立ち上がり、ソロパートの演奏に入った。
愛の言葉を囁くかのような色気のある音色。低い音は吐息混じりに、高い音は透明感いっぱいに艶っぽく。
細く長い指がしなやかにピストンの上を踊り、マウスピースから覗く唇は強い思いを秘めるかのごとく引き結ばれ、スポットライトに透ける髪は柔らかく遊びながら煌めいている。
その音色と立ち姿に朝の言葉どおりに酔わされて、アルコールが検出されてしまいそうなくらいに色濃いため息が漏れ出てしまう。
これが本当に私のために吹いてくれているのならば、もう何の言葉も要らないくらい甘い熱に侵されてしまいそうだ。
夢覚めやらぬうちにメインメロディに戻った曲は、会場の興奮を引き連れて真っ赤なドレスを翻すかのごとく颯爽と駆け抜けて終わった。
演奏前の緊張まじりの拍手とは段違いの、心揺さぶられる大きな拍手。
それが鳴り止むと司会進行役であるマナミーズのナオ先輩が登場し、続いてお待ちかねの寸劇が始まった。
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