第二楽章 変奏曲 ~魔窟の住人たち~
11 うんりょーの新入部員達①
週明けの月曜日。いろいろと言われることを覚悟して教室に足を踏み入れると、案の定あの二人が私をめがけて闘牛さながらに突進してきた。
「知華ちゃんっ! 金曜日はどうしてまたヤバい先輩についていったのようっ」
「星山さんっ! あのヤバい先輩にあの後何かされなかった!?」
しまった。背中から下ろして抱えたばかりの私のリュックは赤色だ。
彼らをこれ以上刺激しないようにそろそろとそれを机の下に隠しつつ、マタドールの私はできる限りの穏やかな笑みを意識して口角を上げる。
「鷹能先輩は私のこと前から知ってたみたい。それで私を吹奏楽に誘ってくれたんだけど、楽しそうだから入部しようかなーって……」
「知華ちゃんが魔窟の住人になるってこと!?」
「あんな奴に誘われたからって入部するの!?」
どうどうっ! やっぱり二人とも血圧上がりすぎ。
「あのね、二人とも落ち着いて。実際に青雲寮に見学に行って決めたことなんだ。青雲寮も鷹能先輩も、そんなにヤバくないから心配しなくて大丈夫!」
半ば呆れながらの私の説明に、茉希ちゃんは「知華ちゃんがそう決めたんなら……」と渋々ながらも納得してくれた。
けれども内山田君は。
「そうは言ってもやっぱり心配だよ。……じゃあ俺も吹奏楽部に入部する!」
その突然の入部宣言に、私と茉希ちゃんは揃って仰け反った!!
「ちょ、内山田君! 昨日一緒に軽音の見学行ったよね!?」
「うん。斐川さんごめんね。軽音も悪くなかったんだけど、星山さんをあのヤバい先輩のいる部活に一人で入部させるのは心配だし、俺が付き添うことにするよ。だから斐川さんは心置きなく軽音に入部していいからさ?」
「うーん。そういうことなら、内山田君に知華ちゃんをお願いしようかな」
ちょっと待って。二人は私の保護者か!?
「内山田君! 私のことなら心配いらないから、自分の興味のある部活に入った方がいいよ!」
「あ、それなら大丈夫。実は昨日軽音の先輩から、吹部のパーカッションにドラムのめちゃくちゃ上手な人がいるって聞いたんだ。その人にも興味あるし、一度見学には行ってみたいって思ってたから」
ベース志望の茉希ちゃんは軽音でかっこいい先輩を見つけたらしく、もう入部を決めてきたんだとか。
「うっちー! 知華ちゃんの保護者として何か問題があったら必ず守るのよ!」
と、内山田君を勝手にニックネームで呼び始め、肩を叩いて激励していた。
🎶🎺🎶
六時間目のチャイムが鳴ると同時に藤華学園高校は放課後に突入した。
「星山さん! 一緒に吹部に行こうよ」
吹部に対して(というか鷹能先輩に対して?)あれほど警告を発していた割に、いざとなったら妙に乗り気のうっちーが声をかけてくる。
「じゃ、青雲寮に私が案内するね」
そう言った私がリュックを背負い、うっちーと二人で教室を出たとき、廊下を歩いてくる鷹能先輩の姿が見えた。
今日もまた完璧に均整のとれた見目麗しい姿と新入生の間にも浸透してしまった噂のせいで、廊下に出てきた生徒達の視線を集めている。
また私を迎えに来てくれたのかな?
そう考えた途端、さっき先輩の姿を認めた瞬間よりもおよそ一.三倍(当社比)の速さに脈拍が上がる。
「知華。今日も君を迎えに来……って、なんだ、その隣のクラスメイト風情は」
私を見つけて表情にのせた桜色は瞬時に消え去り、隣に立つうっちーを殺人的な冷たさの視線で刺している。
どうやら彼が先日自分に物申した “クラスメイト風情” であることは認識しているらしい。
「先輩。今日は彼も吹奏楽部を見学したいんだそうです。だから私が青雲寮を案内しようと思って──」
「その必要はない」
何とか場を取り持とうと間に立った私の言葉を厳然と遮る先輩。
思わず身を竦めると、鷹能先輩は私の頭越しにうっちーをはたと見据えた。
「青雲寮はグラウンドの北西、プールの壁に沿って左に曲がった先にある。ここからであればおよそ徒歩六分、走れば三分で着く。見学希望であれば自力で辿り着くように。以上」
時代劇のお奉行が沙汰を下すように仰々しく言い放つと、先輩は今日も私の手を取り歩き出した。
「ちょっ! なんで入部希望の俺を置いていくんですかっ!?」
「俺は男の手を引いて部室へ連れていく趣味はない」
「手を握れなんて言ってねーしっ! てゆーか星山さんを勝手に連れてくなよっ……!!」
うっちーは気が動転しているのか鷹能先輩に射すくめられたのか、その場に立ち尽くしたまま叫んでいる。
そんな彼を置いて、先輩は早足でずんずん廊下を歩く。
「先輩っ! 私、入部を決めました。だから手を離しても大丈夫ですっ」
足の長い先輩の歩調に必死で合わせつつ少し息を切らせながら伝えると、ぴたりと先輩の足が止まった。
「今、なんと──」
「私、吹奏楽部に入部します。先輩の言うとおり、努力を重ねた先にあるものを感じてみたいんです」
昨日うんりょーで見学した合奏練習を思い返す。
扇形にずらりと並ぶ部員達。照明を集めて光る無数の楽器。楽器を構えた時のみなぎる緊張感。皆の心を合わせて奏でる美しいハーモニー。クライマックスの高揚感。
地道な練習で積み上げてきたものを全員でさらに積み上げて、それを一曲に思いきりぶつけていく。先輩達が見ている景色を、私もいつか見られるのなら。
私はうんりょーで、吹奏楽をやってみたい。
飛び込み台を踏み込む決意を込めて先輩を眼差した。
「絶対に後悔はさせない。俺とうんりょーが保証する」
切れ長の瞳に込めた熱が濃い琥珀色の虹彩を揺らめかせている。
そんな眼差しに射抜かれて、私の鼓動があからさまに拍を早める。
「……というわけで、ちゃんと青雲寮に行きますから、手を離してもらえませんか?」
先輩は「ああ」と声を漏らしたけれど、次の瞬間私の手をさらに強く握った。
「だが、あいつに追いつかれるのはシャクだ。このまま走るぞ!」
「へっ!?」
何のことやら分からずに顔を上げれば、そこには少年のように悪戯っぽい先輩の笑みが待っていて。
「星山さぁーんっ!」
先輩の視線を辿れば、こちらへ走り寄るうっちーの姿が見えて。
私の手を握ったまま走り出す先輩につられて駆け出せば、キラキラと煌めく水面に向かって飛び込んでいくような気持ちがして自然と笑みが零れるのだった。
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