第二十話「希望を目指して」


 将一達は外に出る。

 心堂 昴から始まった早朝の戦いでかなりの数のゾンビを撃破している為、外は安全である。

 そこかしこに焼け焦げてバラバラになった肉片が酷い異臭を放っているがもうこれは仕方ない。

 ともかく東校舎に入る。


「取り合えず保健室、会議室、体育館の順に向かいましょう」


「そうだな」


 瞬が言った順番で足を運ぶ。

 現在人がいそうな場所でマトモに機能している施設はそれぐらいだからだ。

 そして保健室に辿り着く。

 そこに真田先生がいた。運が良い。

 PCを開いて何やら調べ物をしていたようだ。


「君達、無事だったのか」


 とても驚いた様子だった。


「もう今更って感じがするけどな」


「話はある程度アンナさんから聞いてる。相当危ない状況だったらしいね」


「四、五回ぐらい死に掛けた気がするけどまあ何とか大丈夫だ」


「本当に将一さんついこの間まで一般人だったんですよね?」


「その割には随分頼ってくれたじゃないか瞬くん。まあその話は置いといて、真田さん・・・・・・」


「?」


 周囲をキョロキョロと見渡す。 

 そして将一は深呼吸した。

 あえて避けて来た話題をここで切り出す。


「先生はミーミルの職員ですよね?」


「ッ!? ・・・・・・・・・・・・まあ今更隠すつもりもないが」


「その言葉の先に何を言うつもりかは分かりませんが、ともかく今はそんな事を抜きにして今迄通り協力してください」


「何か事情がありそうだね?」


「地下のモノレールについてご存じですか?」


「地下にモノレール? その話は誰から?」


 どうやら知らなかったようだ。


「初めて保健室に来る前、体育館外側の体育倉庫で銃撃戦してました」


「そうだ。細かい経緯は知らないがかなり派手な銃撃戦を繰り広げていたようだね? その後、本野さんと一緒にこの保健室に来たんだよね?」


「ええ、ですがその武器庫を開けた人間――ミーミルの、恐らく軍事に関わる部門に所属している人間と接触しました」


「そんな事が・・・・・・で? 彼からモノレールの事を? どうしてそれを今迄・・・・・・」


 確かに真田先生の疑問も最もだ。

 将一は苦い表情になりながらその事を話す。


「ただ単純にずっと忘れてたんです・・・・・・こんな状況になってゾンビをぶっ殺しまくって、目の前で生きた人間が死にまくって――いや、これは――」


「すまない。その時まだあの状況になってからそんなに時間は経ってなかったからな。そこに自爆装置の話や何度も極限化の状況に置かれたんだ。頭の隅に置いてやっていても無理もないさ」


「ありがとうございます」


 真田先生の弁護に自然に感謝の言葉が出た。


「話を戻しますよ。以前、自爆装置を確認する為に――」


「職員用のエレベーターの先にある地下のルームの話だな。案内しよう」



 一階の職員用エレベーターに三人は乗り込む。


「で、どうやって地下の施設に?」


「それは私も気になってました」


 瞬もどうやら気になっていたようだ。

 正式な所属は聞いてないがこの学園を調査する為に送り込まれたスパイだ。

 暇を見て学園の隅々を調査し、このエレベーターも何かしらの調査をしていた可能性は高い。


「簡単な方法だよ」


 そう言って階段を表示するモニター部分を指先で長押しした。

 するとモニター部分に地下のマークであるBに続く番号の階数が表示される。


「タッチパネル式!?」


「そこですか!?」


 将一も瞬も驚いた。

 確かにこれは盲点だった。


「ここ数年になって導入された方式さ。勿論指紋認証されるから無関係な人間がタッチしても反応はしない」


「な、成る程――」


「確かにそれなら関係者以外は立ち入る事は出来ませんね。指紋が付きそうな物ですが業者の清掃とかで幾らでも言い訳が立ちますしね」


 瞬も驚いた様子だった。

 盲点だったらしい。

 普通の人間は階数表示のパネルが地下へと続く操作盤だとは気付かないだろう。


 真田先生が生きていてくれて本当に良かったと思った。

 彼がいなければこの仕掛けに気付く事も監視ルームにも辿り着けなかっただろう。

 そしてエレベーターは地下へと潜っていく。


「この比良坂学園の地下は長い年月を賭けて構築されてる」


「戦後からずっと?」


「その言葉が出ると言う事はもうある程度ミーミルの事は知ったみたいだね」


「瞬の上司が全部教えてくれた」


「そうか――」


 そしてエレベーターが開かれた。

 白塗りの綺麗で清潔な。

 だけど何処か不気味な廊下が広がっている。


「ゾンビゲーだとこう言う所は最後辺りに来るんだよな」


 そう言って将一はキョロキョロする。


「他の職員は?」


「自分が来た時は誰も――恐らく逃げたんだろうさ。誰だって化け物が沢山居る監獄の中には居たくないだろう」


 確かに真田先生の言う通りだ。

 真っ先に逃げたのだろう。

 ふとここの職員が使っていたと思われる個室がある。


「真田先生はどうして?」


「ミーミル内部にも色々と派閥があるんだ。人類の大量虐殺計画も聞いてるかい?」


「ええ、全部聞いてます。もしかして賛同派?」


「ちょっ、将一さん!?」


 冗談交じりに聞いてみた。

 瞬の反応が面白いがもしここで賛成してますとか言われたらどうしようかと将一は思った。


「いいや、反対派だよ。断じて認められない。そもそも僕はミーミルに復讐する機会を窺うために入ったんだ――」


「復讐?」


「昔、奴達の実験で町一つが犠牲になった。僕はその生き残りさ。将一君、今の君の様にバイオ兵器の戦闘経験を買われてミーミルにスカウトされたんだ」


「・・・・・・そうですか」


「他に選択肢は無かったとは聞かないんだね?」


「真田先生が復讐のためにミーミルに入って今ここにいる。それが答えなんじゃないですか?」


「私もそう思います」


 真田先生は何故か笑みを浮かべた。


「君達二人は本当に理解力がいいね――さてこっちだ」


 そして案内された場所は暗いモニターが立ち並ぶ部屋だった。

 まるで軍隊の作戦指揮所みたいな部屋だ。

 モニターには学園の状況が表示されている。複数の画面に分割して立体的に表示され、赤いマークが表示されていた。


「自分も詳しいわけじゃないが、赤いマークは武器庫が開かれたりすると表示されるようになっている」


「本当ですね。体育倉庫、体育倉庫外側、保健室、職員室、西側校舎の副教科の部屋、駐車場――うん? 知らない部分にもありますね」


「ああ。そこに心堂 昴がいるんだろう。場所は食堂から更に奥の場所と、特別校舎周辺か」


「でも不思議ですね」


 瞬がある疑問を持ったようだ。


「何がだ?」


「心堂 昴は一介の高校性の筈です。この学園やミーミル関係者であるのならば特別校舎に通ってなければなりません。偶然武器庫を見つけたパターンなのでしょうか?」


「そうだな――」


 ふと将一もある事を疑問に思った。


(そう言えば城王院 紫はどうしてあの時、正門から歩いて? いやそもそもアイツ、ミーミルの重役の娘だろ? この事態を起きる事を本当に予期出来なかったのか?)


 あの日以降、顔を合わせていないし、まだ生きているかどうかも分からない女性徒の事を不思議に思った。


(城王院が通ってる特別校舎は俺達が通ってる本校舎よりも更に奥の距離で専用の駐車場もある。だが執事にここまでで良いと言って歩いて行った・・・・・・)


 いや、それよりも――と考えを続ける。


(何故この学園に来た? この日に限って? 偶然なのか? 親の役職は表では高い位けど実際のミーミルの中では低い地位の人間だったりするのか? そもそも特別校舎の人間はミーミルの重役だらけだし、この異常事態を先に知っててもおかしくはない筈だよな?)


 考える度に次々と疑問が沸いて出る。

 今にして思えばおかしい事だらけだ。 


 考え込む中、真田先生はモニターを操作する。

 どうやらモノレールの位置を探しているようだ。


「どうかしましたか?」


「いや? ちょっとな・・・・・・それで真田先生、どうですか?」


「僕もここには滅多に来ないからちょっと苦労してる」


 手短な端末を操作して真田先生は熱心に調べ物をしていた。


「そもそも――先生の過去をほじくり返すようで何ですか、どうして学園で保険医やってたんですか?」


「ある意味この町自体が自分にとって牢獄みたいな物さ。従順に従うフリをして裏で色々とやってたのさ。上の人間はどう思っているか分からないけど、たぶん不気味に見えたんだろうね。何せ復讐の相手に素直に従ってるんだから・・・・・・そしてこの学園の教師をやる事になったのさ。裏の顔は工作員の有無を確かめて排除するのが仕事だ。テキトーにやってたけどね」


「テキトーにね」


 想像通り、裏の仕事をやっていたようだ。


「まあ、どうしても殺害した事もある。色々と条件は持ち掛けられたが素直に従っていたら殺されていただろうね。それに相手の目的はウイルスのサンプルだった。ミーミル以外にも人類社会の敵を作る訳にもいかなかった。それが例えミーミルの為であってもね」


 軽い調子で言っているがハードな人生経験を送っていたようだ。

 それにさっきから聞かれてもないのに随分と口が軽く喋ってくれる。


(ずっと抱え込んで辛かったのかな・・・・・・) 


 などと真田先生の様子を見て将一は思った。


「しかし、ミーミルの裏方って奴はホウレンソウの基本も出来てないらしい。念入りに漁ってみたら確かにあったよ」


「ホウレンソウ?」


「報告、連絡、相談。社会人の基本の三本柱だよ。まあ覚えといて損はないと思うよ」


「はあ・・・・・・って、モノレール見つかったんですか?」


「僕もこの状況でどうかしてたらしい。爆発のタイマーばかりに目が行っててその辺を重点的に調べていた。このルームにはかなりの情報が集まるみたいだけど量が多過ぎるのも考え物だよ」


「で? 何処にあるんですか?」


「此処の体育館の地下だ。資材運搬用の大型のエレベーターを使って移動できるみたいだ」


「そんな所にあったのか――」


 資材運搬用の大型エレベーター。

 例えば音楽会とかを開く為の楽器やら、外部から招いた劇団相手の映像音響機材などを一階から二階の祭壇の裏側にある楽屋裏部分などに運び込む為の物だ。


「そこから地上に出て武器庫を解放したのが彼だとすれば、ある程度この学園にも詳しかったみたいだね。どうして学園かは今となっては謎みたいだけど外に通じてるみたいだ」


「ほ、本当!?」


「ここで冗談は付かないよ。比良坂町の外やミーミルの関連施設に出られるみたいだ。ミーミルの本社ビル、病院、図書館、警察署、ショッピングモール、比良坂湾、比良坂駐屯地まであるね」


「ほぼ町の全部だな・・・・・・」


 如月 純夏の話は本当らしい。

 町全体がミーミルの秘密基地の様な物だ。


「さて? どうする? モノレールに乗って逃げ出すかい? それとも起爆装置を解除しに行くかい? もっとも外に出るなら自衛隊の基地にあるジャミング施設を破壊する事をお薦めするけど」


 当然の質問を投げかけられる。


「真田先生はどうするんですか?」


「僕はここに残る――」


「・・・・・・責任を取るつもりで?」


 真田先生が話した内容から何となくだが察する事が出来ていたのかも知れない。

 将一は特に驚きはしなかった。


「ああ――この先どうなるか分からないが、もうそろそろ罪を償わせてくれないか?」


「・・・・・・」 


「私もここに残ろうかと思います」


「お前も責任取るつもりかよ・・・・・・」


 瞬も同じ答えらしい。


「ええ・・・・・・当事者の一人として責任を感じてるんです。それにもう生きていても」


 将一は瞬と真田先生の二人をぶん殴った。


「バカかテメェら! 生きたかった奴は!! 生きたかった奴はどれだけ居たと思うんだ!? 死んで楽になろうとすんな!! 今更現実から逃げてんじゃねえ!!」


「将一君」


「将一さん・・・・・・」


「おれはぁ人間もゾンビも沢山ぶっ殺した!! 何時の間にか女と三股掛けたりもしたよ!? 何度も死ぬ思いもした!! でもまだ死ぬつもりはない!! 責任ってもんがあるからだ!! まだ俺達は生きてるんだ!! 少しでも当事者だとか責任だとか、この学園で死んでいった奴の事を想う気持ちがあるんだったら逃げるために戦えよ!!」


 ハァハァと息を切らす。

 正直将一自身自分でも何を言っているのか分からない部分があった。

 だが言いたい事は言えた。


 その後、学園に戻った三人は一先ず、三手に別れて行動する事にした。

 瞬は如月 純夏などの学生寮などに伝える係。

 真田 俊也は西と東校舎を纏める為。


「正直、荒木君の言う通りだと思う。考える時間をくれないか? それまで全力を尽くすと約束する」


「少し如月さんに相談してみます。恐いですけど、真田先生の言う通り決断を下す時が来るまでベストを尽くします」


 と言った。


 そして将一は自爆装置の解除を行う事を決意した。


「本気かい?」


「お前らが頑固だからな。それに将来の事を考えるとこの施設を掌握しとくのも有利に働くと思ってな。ほら、外に出てもゾンビだらけだろ? んでここ危険地帯だけど一種の宝島だし、放棄するのは勿体ないだろ?」


「だけど危険なのでは?」


「危険は承知の上だ、瞬」


 将一は将来を見据えた自論を展開した。

 確かに危険ではあるが、それは外も同じ。サバイバルは学園の外に出たとしても続くのだ。


 それにこの学園は設備もしっかりしてるしや物資も豊富にある。 

 政府機能は麻痺してるし、ミーミルも何処まで勢力を維持しているかも分からない。


 また救助に来たのかそれとも他の目的か分からないが一日目にミサイルでヘリを撃ち落としてしまっている。


 少なくとも明日、明後日に救助ヘリが来て安全地帯に運んでくれるなんて言う都合の良すぎる展開にはならないだろう。


「その前にちょっとカタを付ける」


「カタですか?」


 瞬の疑問に将一は答えた。


「とりあえず、心堂 昴とカタをな――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る