第五話「謎の脅威」


 カウンセリングルームを出て武器のチェックをしながら二人は東校舎に帰る段取りをしていた。


 ついでに真田先生の保健室経由から食料を運び込む事を考えたが、その前に道中の安全を確保する必要があったからだ。


「西校舎は状況が状況だったからな。三階までほぼ出入り出来ない様に封鎖されてる。俺が出た時は南側の非常階段を使ったがそこも、もう既に閉鎖されている筈だ」


 東校舎の南側の非常階段は普段ヤンキーの溜まり場になってるので余程の命知らずでも無い限りまず近付く事はない場所だ。


 煙草の吸殻は捨ててあったり、酒が転がってたりと設備の充実度合いの割に荒れている校風を象徴しているかのようだった。


 ともかく、この時にゾンビに出会わなかったのは本当に幸運だったと将一は思う。


「じゃあどうするの?」


「少々危険だが二階の連絡通路から西校舎に行こう」


「二階から?」


「三階までは封鎖されているからな。逆を言えばそこから下の階は手つかずになってるから移動自体は楽だ。ゾンビはいるだろうが外に出るよりかはマシだ」


「分かったわ……」


 そうしてカウンセリングルームがある二階から連絡路を通り、東校舎の二階へと戻った。


「いやぁああああああああ!!」


「誰か!!」


「どうしてこんなところに!!」


 その時だった。


 生存者の悲鳴が響き渡る。


 将一と真清は目を見開いて立ち止まった。


「まさか奴達が!?」


(どう言う事だ!? 確かバリケード築いてた筈じゃ……)


 二階部分は既にゾンビがいた。この学園は控えめに予測しても数千体のゾンビが徘徊してるからいても不思議ではない。制服だけでなく大人のゾンビや白衣のゾンビなど、様々なゾンビがいる。


 階段から、左右の廊下からゾンビが両手を突き出し、呻き声を挙げながら歩み寄って来た。


 目に見える範囲で十体以上は軽くいる。


「銃の撃ち方は分かるな?」


「ええ!!」


 少々頼りない返事だが渡したMP5サブマシンガンを発射させる。フルオートは厳禁で銃弾を二、三発同時に発射するモード、いわゆる三点バーストで発射する。将一も真清も銃の扱いは初心者で真清に至っては初めての実戦である。


 サブマシンガン、日本語に直すと短機関銃は映画みたいに乱射すると反動で銃が制御できずに禄に狙いが付けられず、弾を消費してしまう。それに敵はゾンビで頭を打ち抜く必要がある。将一もそうだがある程度近付いて発射しなければ当たらないだろう。それでも一々鈍器で殴り倒していく手間を考えればマシだろうが――


 一方で将一は保健室に辿り着く前と同じく拳銃を無駄弾覚悟で数発叩き込むように銃弾を撃ち込んでいた。後先考えずにただただ撃つだけを考える。一応真清の死角を補うように立ち回っているが、少しでも噛まれればアウトの今の状況だと疲労よりも心労が溜まる。これならまだ一人で戦ってた方がマシかも知れないなどと考えていた。


「まだ沸いてきやがる――」


「何体倒した?」


「十体から先は覚えてない」


「私も大体そんな感じ」


 倒しても倒しても際限なくゾンビ達が沸いてくる。一気には来ないが五体前後ぐらいの少数でグループを組んで来ている感じだ。


 位置取りも渡り廊下を後ろにし、左右に廊下と眼前に階段がある状態で背後からの襲撃がない分、マシであるがこの物量はキツイ。


(一応、弾は持てれるだけ持って来たがこのままだとヤバいな……)


 想像よりも速いペースで消費していっている。これではいいかげん弾が切れる。強引に突破する事も考えたが何体いるか分からない今の状況だと危険すぎる。


 既にもう二人合わせて五十体近くは倒しているがまだ尽きる気配はない。


 保健室に来る前も思ったが、想像以上にサプレッサーの効果が低く、銃声で引き寄せられているのだろうと思った。


 一時、撤退も視野に入れ始めていた。


「こんなところにいたんですか!!」


「瞬かっ!?」 


 右側の廊下から加々美瞬が現れた。拳銃ではなく、何処で調達したのか近未来的なフォルムの突撃銃XM-8、サプレッサー装着型をぶら下げ、登場するなり手早くゾンビの頭を打ち抜いていく。

 何だか随分と久しぶりに顔を合わせた気がした。


(すげえ……)


 瞬は見惚れる程の銃裁きで次々と銃声と共にゾンビの頭を適確に撃ち抜く

 呆けている間に二十体近くのゾンビを一人で始末してしまった。 


「ちょっと加々美君何処に行ってたの!?」


 ゾンビの攻勢が止んだので余裕が出来たのか叱るように真清が詰め寄った。

 真清は瞬を心配して校舎内を探索し、死に掛けたので色々と言いたい事があるのだろう。


「それは後回しだ。状況を教えてくれ」


 将一は真清のセリフを遮るようにして状況を聞いた。


「ええ――バリケードの一部が突破されていてこの有様です。どうにか直しましたが。今は真田先生が生存者を見て回っています」


「皆無事なの――」


「「……」」


 将一と瞬は言葉に詰まった。

 真清は地味な外見で委員長キャラに反してクラスメイトとの交流は深い。

 仲の良いクラスメイトは何人もいただろう。

 今彼女はそのクラスメイトの死を想像したに違いない。

 顔を真っ青にしている。



 本野 真清は真田先生やどうにか生き残っていた萌先生などが一時預かりの身になっている。精神的なショックを鑑みての事だ。


 将一と瞬はゾンビの残党狩り――と言ってもかなりの規模で瞬が先陣を切って手早く処理し、瞬が弾切れになったら将一が後退して前に出て時間を稼ぎ、そして次に瞬がまた戦闘に立ちを繰り返しつつ、五十を超えるゾンビを撃破してどうにかバリケードが破壊された地点まで来た。


 破られたバリケードの事を語る前に東校舎について語ろう。


 東校舎は西校舎が上空から見れば横長に伸びる形をしていたのに対して、東校舎はLの字を逆さまにした形をしている。


 一階部分から入れる場所は限られており、二階連絡通路の真下部分とその向かい側にある反対側の通路。


 北側中央に一つ、そして将一が外に出る時に使った一番南側の壁伝いに建築された非常階段がある。同様に北東の端にも同じく非常階段がある。 


 そしてゾンビが大量発生した当時、将一達は瞬の誘導に従う形で三階の連絡通路を伝ってこの校舎に侵入。


 時間も人員も限られた中でとにかく必死だった。


「あの時はともかく防火扉をフル活用しました」


「ああ。西校舎も同じ感じだな」


 真田先生も瞬も考える事は同じらしい。


「この学園の場合、階段だけでなく通路にも防火扉があるので助かりましたね。それでゾンビの侵入経路を制限していたわけです。特に通路の防火扉は助かりました」


 瞬の言う通り防火扉はバリケード代わりになる。

 ちゃんとロックすればゾンビの行動範囲を制限出来る。


「で? ここから侵入して来たのか?」


「正確にはその一つです」


 二人の眼前には将一が外へ出る時に使用した三階南側非常階段へと続く椅子や机で固めたバリケードで塞がれた扉があった。今はちゃんと再び閉められてる。


 今も無残にもゾンビの餌食になった女子生徒が倒れ伏している。臓物が食い散らかされていた。目を背けながら将一は記憶を絞り出す。


「聞いた話を纏めると、生存者が訪ねて来て――そして一旦バリケードを開けたのですが――」


「そこからゾンビが侵入して来たか、その子が既に感染していたか――」


「そして全ての防火扉は解放され、一時期この階はゾンビ地獄だったようです」


「よく生存者がいたな」


「真田先生のお陰ですよ。偶々尋ねに来ていたそうです。それと私も武器の補給が出来ましたから――」


「それよりもさっきの話、変じゃないか?」


 少しばかりスルーしていた疑問を口に出す。


「あっやっぱりそう思いました?」


「ああ。幾らパニック状態になったって言っても、全ての防火扉が解放されたってのはどう言う事だ?」


「ええ。私もそう思いました。逃げ道を確保するため、防火扉を開けると言う判断する事はあるかも知れません。ですが全ての防火扉だけでなく、バリケードを除去しようとした痕跡すらありました」


「……ゾンビ以外に何か化け物でも潜んでいるのか?」


 体育倉庫前でのミーミルの人間との最後の会話を思い出すがそれでも将一は疑問に思った。


「いえ、明らかに意思のある、それも復讐心を持った人の手で行われた犯行です」


「……ゾンビ物でよくある抗体持ちでもいるのか?」


「恐らくですが」


「んで生存者を襲撃して回っていると?」


「ええ――予測の段階ですが」


「……正直言うと、そう言う人間は心当たりがあり過ぎる。そっちは?」


「一応情報収集の過程で耳をした事は……」


「そうか……」


 ここに来てこの比良坂学園の闇に踏み込まなければならないとは思わなかった。


 この学園イジメ関係の話を良く耳にする。インターネットが発達した今のご時世、他高の不良とつるんで比良坂学園の生徒が悪さをしている何て話も聞くぐらいだ。

 上流階級生徒が一般生徒相手に何かしらのイジメをしているなんて話も聞いた事がある。


 もしも。


 もしもそんな境遇の人間が偶々、ゾンビウイルスの対抗持ちになって何かしらの復讐を目論んでいるとしたら?


(……想像し過ぎか?)


 助けを求めに来た人間が感染していてゾンビ化し、そこからパニックになったと言う可能性もまだある。 


 だが瞬はそう言う都合の良い復讐者がいる事を予測している。


「これからどうするんだ?」


 これ以上考えても仕方ないので話題を変える事にした。


「不幸中の幸いでしたが先程の騒ぎの流れで東校舎は二階、三階、四階は一応安全確保されてて、西校舎は二階、一階の一部分が安全確保出来ましたけど、食料が……」


「食料か……」


 先の騒ぎで生存者は減ったがそれでもまだ十数名いる。食べ切れない量があると真田先生は言っていたが何れは尽きるだろう。

 その事を考えれば食料の供給体制も必須――


 と、ここで爆破装置の事を思い出した。


「そうだ、爆破装置はどうするんだ?」


「解除したいのは山々何ですがメインのコンピュータールームがある上流階級向け校舎はゾンビだらけで、強引の突破はほぼ不可能です」


「あ~確かその周辺にゾンビの流出元があったんだな?」


「ええ。強力な火器と戦車なり装甲車なりが必要ですね。それとも中東のゲリラみたいに車体に重火器でも取り付けますか?」


「……取り合えず何をするにしても武器が欲しいな」


 先程の戦闘や分け与えたりしたので少々心許なくなった。

 今手持ちの武器は弾が少ないハンドガンと緊急用のショットガンぐらいだ。


「この学園の事ですからまだ彼方此方に武器庫があるでしょう。ちょっと探して見ますか?」


「そうするか……一旦真田先生の元に戻ろう。もしかして知ってるかも知れないし」


「ええ」


 それにしてもと将一は心の中で思う。


 もしも瞬の予測通り、ゾンビが大量にいるこの状況で自由に動き回れる奴がいて、尚且つ学校の何かに復讐心を持っていてそれを実行に移している奴がいるとすれば?


 いるとすればゾンビよりも恐ろしい怪物だ。


(……早めにケリを付けないとな)  


 とにかく武器の調達を優先する為に真田先生の元へと向かう事にした。

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