第二話「ショータイム」

 ゾンビで溢れかえった学校内の探索。

 将一はどうしてこんな危険な役割を買って出た理由は自分自身でも分からない。


 宮里先生が行こうとしたがそれを止めた。こう言う異常な事態だからこそ纏め役は必要だと思ったからだ。この状況でそんな判断を下せた自分自身を自我自賛していたりしている。



 それに――



 瞬が心配だった。


 委員長を探すと言うキッカケが欲しかった。


 仲の良かった友達とまた会いたかった。


 文芸部の部室の空気に耐えられなかった。


 日常に戻りたい。 


 アニメや漫画などの自堕落とした毎日に戻りたい。


 まだ死にたくない。  



 将一は自分は中二病患者ではないと思っていた。闇の使徒とかにはノリを合わせて演じる事もあったが教室で椅子を使ってゾンビの頭をかち割った辺りから何となく自分は真正の中二病では無いのかと疑い始めた。世間ではサイコパスの素質があったとか言われるのかもっ知れない。


 だが今はそんな事どうだっていい。


 武器庫は体育倉庫の奥にあった。


 体育館の一階西校舎側(将一の教室があった砲の校舎)側面のスペースに埋め込まれる位置に存在し、主に運動場などで行われる競技などに使われる物が入っている。


 それを無視し、椅子を置いて、銃器を手に取る。


 直感的にアサルトライフルを手に取った。映画で見た動作、重側面のレバーを引いて弾薬を装填し、安全装置を解除する。思った以上に重たい。アサルトライフルの名前はM4カービン、米軍とかで使われているアサルトライフルだ。


「あぁぁあああああ――」


「うわぁああああああああ……」


「ああ…………」


 呻き声を挙げながらゾンビが体育倉庫に入って来た。

 銃声も途切れている。理由は分からないが――


 ともかくゾンビどもをぶっ殺さなければ自分がゾンビの仲間入りだと思った。


「~~~~~~~!!」


 アサルトライフルを向けた。銃口の先には生前は綺麗な女子だったのであろう、黒髪の女生徒がいた。だが顔はまるで悪鬼その物だ。目は上を向いていて口は真っ赤かで涎を垂らしている。肌の色も例によって青白い。

 入り込んだ女の子も生前は綺麗だったのであろう女子達だった。せめて男のゾンビだったら後腐れもなくぶっ殺せるのだが躊躇いが出来てしまった。

 一歩、二歩、ゆっくりとした足取りで近寄って来る。そして大きく口を開けて――


「あああああああああああああ!!」


 出鱈目にフルオートで乱射した。遠距離の目標なら当たらないが至近距離だ。頭には当たらずとも胴体などには当たる。だが映画の様に乱射すれば直ぐに弾など尽きる。現代の軍用銃の弾数など多くて五十発、大体三十発ぐらいなのだから。


「クソ――クソ――」


 相手の動きが多少鈍っただけで一体も倒せていない。投げ捨てて手に持った拳銃を撃とうとしたがもう眼前に――


「死んでたまるか!!」


 拳銃で頭部を殴り、床へと叩き付けて顔面目がけてカチカチとトリガーを引く。しかし銃弾は発射されない。


(しまった――安全装置の解除を忘れて――)


「ああああ……」


「ッ!!」


 襲い掛かるゾンビから反射的に飛び引いた。

 そのまま転がるように武器庫に入り込み、安全装置を解除した。大体銃の安全装置の位置は側面である。


(当るか!?)


 しっかり握って一発発砲。 

 頭に当たる。距離が近かったのもあった。運の要素もあった。だが当たりは当たりだ。


(冷静に、落ち着いて――)


 二体目、三体目と射殺。

 弾薬をケチらず連射する感じで発砲。

 意外と反動と銃声が凄まじい。耳に響く。


「はあ……はあ……はあ……」


 女生徒ゾンビ三体を射殺してその場にへたり込む。

 だがまた新たなゾンビが入って来る。


「クソ!!」


 拳銃を発砲。

 内心慌てながらもどうにか一体、二体撃ち殺すが、キリがない。


 武器庫に走る。

 そして黒塗りの厳ついショットガンが目についた。重たい。すぐさま引き金を引くが出なかった。

 また安全装置の解除のし忘れだろうか? そう思い慌ててチェックしながら重心下部のポンプ部分を前後にスライドさせる。

 そこでオカシイ事に将一は気づく。


(弾が排莢されてない――)


 つまり弾が装填されてないのだ。

 弾は直ぐに見つかった。

 一発銃身上部から装填。

 ポンプアクションで排莢――ドジッた。


 体の張った芸をしていくウチにすぐ眼前までゾンビが来ている。


「あーあーウルセェ!!」


 男子生徒のゾンビを銃床で強く顔面を殴った。

 そして弾を装填し、ぶっ放す。

 散弾銃だ。

 反動も銃声も強いが狙いを付ける必要はない。

 周囲のゾンビにも着弾して動きが鈍る。

 この後はもう流れ作業だ。


 弾を込める。


 狙いを付ける。


 撃つ。


 弾を込める。


 狙いを付ける。


 撃つ。


 これを延々と繰り返して行くウチに何時しか体育倉庫の外へと出ていた。

 大量のショットガンの弾と共に。射撃を繰り返していくウチに段々と反動を予測するのにも馴れて来た。効率よくゾンビどもの頭を吹き飛ばせている。

 引き金を引く度に頭が吹き飛び、眼球や、脳味噌や、歯が、血が舞い散る。その光景はとても溜まらない。躊躇いも感じなくなった。特に女のゾンビは何かの使命感に駆られて率先して殺している気がする。


「ハア……ハア……」


 気が付くとゾンビはいなくなっていた。


 耳からは何も聞こえない。静かな世界だった。


 頭が吹き飛んだ、もしくは風穴が空いたゾンビ達が自分の周囲に倒れ伏している。辺り一面文字通り血の海である。


 一体や二体じゃない。体育倉庫の遺体をカウントして、少なく見積もっても三十体以上は殺している。


 まだ墜落したヘリが轟轟と燃え上がり、硝煙の匂いと混じって独特な臭いが辺りに漂っている。

 ショットガンを握りしめながらふと上空を見上げる。この惨状がまるで嘘の様にキレイな青空だ。


「やるじゃねえか坊主――」


 耳鳴りが治まったタイミングで、誰かが喋りかけて来た。


「アンタは――」


 声がした方に振り向くとそこにはプロテクターを付けた男が座り込んでいる。体育倉庫に入る前に会った男だ。ヘルメットを脱ぎ捨て、三十代超えたぐらいの、角刈りの髭を蓄えた大人の男性だ。

 一息付きたかったのか銃を置いて煙草を吹かしている。

 だがそれよりも――


「噛まれたのか――」


「ああ、ドジッたよ――」


 右の二の腕辺りに出血がある。


「そんな目すんな」


「そんな目って……恐くないのか?」


「ゾンビになるのがか? それよりもあのガールフレンドはいいのか?」


「ガールフレンド?」


 男の視線を将一は負うとそこに委員長、本野 真清が呆然として突っ立っていた。

 手には何時の間にか銃を握っている。


「逃げなかったのか?」


「ほ、ほっとけなかったのよ……」


 顔色が悪くしながら素っ気なく答える。


「…………そうか」


 その気持ちが将一は嬉しかった。


「なあお二人さん。まだ生き延びたいか?」


「ど、どゆこと?」


「――その前に教えて欲しい。一体何が起きてるんだ?」


 将一は本題に切り出した。


「さあな。昨日、ミーミルのビルに所属は分からんが何処ぞの部隊が襲撃して来て……いや、それ以前にゾンビが町に流出し出していて俺達はその対応に追われていた――いや、何処から話せばいいのやら……」


 あまり説明が得意な方では無いようだが、どうもニュースの内容を思い出させるような話だった。(*序章参照)   


「つまり既にゾンビが発生していたって事?」 


「そう言う事だ嬢ちゃん。ミーミルは経緯は分からんが何かしらの形でゾンビの研究を進めていた――だが今はそれよりも生き延びる事を考えろ」


 そう行ってボディアーマーの懐からカードキーを取り出した。


「おい坊主、このカードキーを持ってけ。この学園は万が一の事態に備えて武器庫や食料が沢山隠されてある――きっと役に立つ筈だ」


「ちょ、ちょっとどういう」


「それよりも何処から入って来たんだ?」


 真清に割り込んで将一は尋ねた。


「この学園はミーミルの施設と地下で繋がっている。誰かが逃げ込んだ際にゾンビの大軍も学校に招き入れたんだろう――俺はモノレールでここに来た時にはもうこの状態だった――」


「モノレール!? じゃあ脱出出来るの!?」


「やめといた方がいい。外もここと似たり寄ったりの状況だろう」


「俺も同意見だ」


 屋上から見た町の様子や今朝の通学途中の出来事を思い出しながら呟く。まるで紛争地帯か何か――ここが日本じゃないような光景。

 自衛隊も最悪この学園と似たり寄ったりの状況だろう。


「それに今はモノレールは動かん。空も対空迎撃システムが作動していてあの様だ」


 男は未だに燃えているヘリに視線を移した。

 真清は何やらヒステリックに喚いていたが将一は無視した。一々相手していたらキリがない。


「……なあ、他に生存者は?」


 ふと男が尋ねて来た。


「同じクラスの生徒と教師が西校舎に。他の生徒や教師は分からない。探せばまだいるかも知れないけど……」


 正直に答える。「――そうか」と言って少し間を置いた後に彼は言った。


「お礼に一つ良い事を教えておこう」


「何だ?」


「ミーミルが襲撃されてゾンビで溢れ返った時、ゾンビ以外の何かを目撃した。生体兵器なのか突然変異なのかは分からないが化け物はゾンビだけじゃない。気を付けろよ」


「なっ!?」


「精々気を付けるこったな――」


 それから数秒後、男は手に持った銃で自決した。

 名前は分からなかったが将一は永遠にこの男の事を忘れる事は無いだろう。


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