二日目
第十一話「植物人」
二日目の朝。
将一が目を覚ました時は7時どころか10時まで寝ていた。
いそいそと戦闘準備しながら個室から出た。
(ちょっと寝すぎたか?)
その辺り悪く言われるだろうと覚悟していたが、同じく保健室で過ごしていた生存者から「机のメモに伝言が書いてある」と言われ、メモには「今後の事で話したい。体育館にいるから呼んでくれ」と書かれていた。
ついでに荒木 将一と言う名札が付いてラッピングされた食料を食べる。至れり尽くせりだ。
(スマフォとか電話とか繋がらないから不便だな)
手早く食料を口の中に放り込んだ後、体育館に向かおうと思ったその時だった。
「その――大丈夫なの?」
「うん?」
唐突に保健室にいる女性の生存者に話掛けられた。
髪の長いお上品な綺麗な女の子で服装は特別校舎の生徒の制服を着ている。
そう言えばどうして彼女が、正確には特別校舎の制服の女の子がいるのか最初は分からなかった。
「先生から聞いたわ。皆の為に物凄く頑張ってたんでしょ? もう起きて平気なの?」
「あ~」
とても答えづらかった。
特に委員長との性行為が未だに頭の中で焼き付いてしっかりしないと顔に出てしまいそうだった。
「まあ大丈夫だろう。そう言えば此処に初めて来た時他の面子がいたと思うんだけど――」
「ああ、他の人達も体育館だと思う。まだゾンビが沢山いるから外には出てないと思うし」
「一人でいて大丈夫か?」
「私は平気よ」
「いや、よくわかんねぇ化け物がいる。安全地帯なんてあってないようなもんだぞこの学園」
そう言うと何故か笑われた。訳が分からず将一は首を捻る。
「何かおかしい事言ったか?」
「ううん。ごめんなさい。何か荒木君って他の人と違うんだなって――」
「はあ――」
「あ、自己紹介してなかったわね。私の名前は柊 マリナ。よろしくね。マリナって呼んでいいわよ。その代わり下の方の名前で呼んでもいい?」
「別に構わないけど」
「ありがと。あんまりここの校舎の人と接した事が無いから――」
「そう言うんならあの黒髪のイケメン君はどうなんだ? 後外国人の少女もいた筈だけど? 後小さい女の子とか」
ここに来た時確かその三人が居た筈だ。三人とも印象に残っている容姿だったから覚えている。
そう言えば遺体は何時の間にやら撤去されており、たぶん先生辺りがやったんだろうなと思った。
「ああ、トウマ君とリトヴャクさんもここを後にしてるよ。奏ちゃんも二人と一緒と思う。――て、イケメン君ってトウマ君の事?」
「俺の知っている正統派ラノベの主人公が現実にいたら大体あんな感じだと思うし」
後、心の中で「黒い外陰に鎧を付けて二刀流だったら色々と完璧だけど」と伝わる人にしか伝わらない事を呟いていた。
ネタがつまらなかったのか困ったようにジーと此方を見つめている。
「あの~? どうかしましたか?」
「ラノベってなに?」
「はあ?」
ラノベ。ライトノベルの略称。その定義については色々とあるが――
「漫画のイラストが付いた小説の文庫本だけど――書店とかで見かけない?」
「え? あ、ごめんなさい。知らないわ。漫画とかもあんまり読んだ事ないし、アニメも小さいころにプリキュ●見てたぐらいだし……」
「あ、うん――そうか」
別にそんな事聞いてないのに彼女は丁寧に答えてくれた。
案外これが世間では普通なのかも知れないとか思いつつその場を去ろうとした。
「あ、まだここに居たんですね」
保健室に瞬が入って来た。
「お、瞬か……」
「ちょっと付いて来てくれますか?」
「ああ――」
何か起きたのだろうかと不安が過ぎった。
「ちょっと、私を一人にする気?」
柊 マリナが不満そうに声をあげる。
南 静香のお陰で校舎内のゾンビは粗方一掃出来たとは言え、まだ外はゾンビだらけで油断をすれば大惨事になる。
保健室に残っていたのは将一の警護を買って出たとかそう言う意味合いがあるのだろうが――
「あ~彼女を送り届けるか?」
「そうですね。途中までなら送っても構わないでしょう」
(やっぱり何か起きてるな……)
将一は武器の準備をしつつ、頭の中で様々な嫌なパターンを予測する。
☆
「遺体はビニールシートの下か……」
「早い所処理の事を考えないといけませんね――」
東校舎の屋上に来ていた。
昨日、生存者と一緒にゾンビと乱戦になった場所だ。
あの時、同じ文芸部のユカリの機転がなければ危なかった。
殺害したゾンビは横一列に並べられてブルーシートが被せられている。三十体以上の遺体が密集して被せられている筈だ。
(まあ、その時まで生きてられたらな)
頭の中では学園の自爆へのカウントダウン――もう四十八時間を切っているだろう――が、それでも遺体の問題は重大だ。
心理的にも衛生面の都合でもよろしくない。
特に体育館への連絡通路下は地獄絵図になっている。主に将一のせいで。
「で? ヤバい内容なんだろ?」
「ええ。話が早くて助かります。生存者を救出出来たのは大変嬉しい事なのですが――」
「ですが?」
「今生存者達は拠点を体育館に移してそこで集団生活をしています。ただ、武器を自分達で管理するべきだと言う派閥と、武器を自衛させるために持つべきだと言う派閥とで別れてしまっていて――」
「成程な――」
「ええ……新たに体育館の体育倉庫のフロアで銃器が見つかったのも原因の一つで――」
「まあ気持ちは分からないでもないけどな……」
木下に殺されかけた事を思い出しながらボヤいた。
「主に教師達が主張していますね」
「この状況下でまだ教師の肩書通用すると思ってるのかあいつらは――」
「その辺の議論はまた後程――真田先生も何とか反論していますが、苦しい立場です」
「こんな時に仲間割れかよ。で、それを実行してその後どうするつもりなんだ?」
「救助が来るまで立て籠もる魂胆でしょう。食料の備蓄はまだまだありますし、近くに自衛隊の駐屯地もありますから余計に」
「警察どころか、マトモに自衛隊が機能しているのかどうか怪しいのにか? それに災害の範囲はどれぐらいかも分からないんだ……ってそう言えばどうなってるんだ?」
「それは――」
瞬は顔を曇らせる。
「……もしかして、世界規模で起きてるのか?」
「――」
返答は無かった。
「沈黙は肯定と受け取るぞ」
「黙っていて怒らないんですか?」
「……」
将一は顔を手で覆った。
「何となくそうじゃないかって思った。予想してたパターンの一つが的中した。それだけの事だ」
「そうですか――」
実際はかなり堪えていた。
世界中にゾンビが発生している。
その真実はとても辛い事だった。
「――話続けても良いですか?」
「そう言えば仲間割れ云々が俺にどう繋がるか聞いてなかったが……大方俺が持ってる武器を取り上げようとか言う腹だろう」
「ええ。自分の武器も対象になっています。教師の許可が無ければ所持は認めないと――」
「ソコヴィア条約ならぬ比良坂条約ってか?」
「学園でシヴィル・ウォーですか――今の状況とマッチしていますね」
「そうだな。そういやアイツ生きてるかな」
ソコヴィア条約。
早い話がアメコミヒーロー達は危険な存在だから政府で管理しちゃいましょうと言う条約である。
シヴィル・ウォーとはソコヴィア条約に端を発する一連のヒーロー同士の仲間割れの事だ。
「ともかく無駄話はここまでにして、一応話を整理するぞ。生存者達は俺達から武器を取り上げて立て籠もり、救助を待とうとしている。しかし四十八時間以内に救助は先ず来ない。来てもミサイルで撃ち落とされる。ほぼ必ず先に学園は爆発する。ここまでいいな?」
「ええ、続けてどうぞ」
「そして俺達は丸腰の状態で秘密裏に自爆装置を解除しなければならない。しかもパニックを防ぐ為に自爆する事実を伏せながらだ。しかもゾンビがわんさかいる中を掻い潜り、武器は現地調達、その上ゾンビよりもヤバい化け物がうろついていると来ている」
「概ねそんな感じです」
自分でも驚くぐらい将一は饒舌に語り切った。
「だから俺達は独自に行動すると?」
「いえ、将一さんは念の為の確認にと――」
「悪いが木下や武装勢力の跳梁を許したのは俺にも責任がある。本当は部室でのんびりしたいけど、無関係じゃいられない」
「そうですか――」
「で? これからどうするんだ?」
「特別校舎の侵入経路の確保ですね」
「だけど近くにゾンビの侵入口があるんだろ? 校舎の周りはゾンビだらけだぜ?」
特別校舎、上流階級用校舎など様々な呼ばれ方をしているこの校舎は今二人が居る西校舎から運動場を挟んで南の方角にある。
ゾンビの侵入口が近くにある上に開きっ放しなため、近付くに連れてゾンビの密度は増す。遠目から見てもゾンビが大量に居るのが分かる。
力技で突破するには相当な火力と突破力が必要だ。冗談抜きで戦車が欲しいぐらいだ。
「そこでです。実は真田先生によればこの学園軍用車両もあるらしいんです」
「何でもありだなこの学園。第三次大戦にでも備えてたのか?」
「ですが使わない手はありません」
「成程ね。場所は分かってるのか?」
「外にあるようです。確認してみましょう」
「オーライ」
☆
外に出た二人は瞬の先導の元、外へと出る。勿論完全武装でだ。
将一はアサルトライフルに背中にショットガン、拳銃やグレネード、瞬はアサルトライフルの予備弾薬や拳銃にグレネードと言う組み合わせである。メインウェポンで使うアサルトライフルと拳銃はちゃんとサプレッサー完備だ。以前にも書いたが無いよりかはマシである。それに銃声が耳に優しくなる。
瞬によれば、銃による難聴を予防する為にはサイレンサーの類いよりも本当はヘッドフォンの様なイア―プロテクターか耳栓を付けて耳をガードした方がいいらしい。どうしてかと将一が言うとサイレンサーは銃を痛めるからだそうだ。
それにイア―プロテクターを付けると通信機が無い今の状態では声による指示が聞こえ難くなり、命に関わるからだそうだ。
これには将一も感心する他なかった。
更に特殊部隊が付けるようなベストを装着し、カバンを背負って中には色々と詰め込んでいる。
場所は西校舎の正門側。ゾンビが最も少ない危険度が低い場所。
道中ゾンビの遺体が数百体単位で山積みになっている上にグシャグシャになっているのを見て将一は嫌な顔をした。屋上での戦いでホースを使い、窓を破って外へ四階から叩き出した奴だ。
アレの処理も何時かしないといけないのかなとか考えると少々憂鬱な気分になる。
そうして足を進めていくウチに、何体かのゾンビを処理した。
瞬の腕前が良すぎて殆ど発砲していない。ゾンビの数も少ない上に道中も楽だ。
駐車場近くに来てある生物に遭遇する。
「ちょっと待て、何だアレは――」
「植物――でしょうか?」
そいつは一体だけだった。
笑み以外の表情の変化に乏しい瞬も丸い目をしている。
何かのゲームで出ていた、ツタで歩いているデカい植物がいた。植物人間だ。
それがツタを使ってゾンビの一匹を絡めとり、花の中央部から丸飲みしたのである。
「トカゲの次は植物の化け物かよ――どうなってんだこの学園――」
「と言うかゾンビを捕食するんですか? たぶんアレ同じウイルスで変異した物なのに――ですよね?」
「トカゲの時もそんな感じだったぞ……幸い素早くはない。どうする? ほっとくか? 殺しとくか?」
アサルトライフルを構えながら訪ねる。
「この先の事を考えれば対決は避けられないでしょう。戦って情報を得ましょう」
「結局こうなるのか……」
将一は躊躇なく、植物生物の大きな花目掛けてアサルトライフルを数発撃った。瞬も同じくXM-8の引き金を引いた。
体液らしき物が舞い散り、植物らしからぬ気色悪い悲鳴を挙げる。
それだけで倒れる。
「トカゲの時も思ったけど、呆気ないな――」
「ですけどこれ以外にもまだ沢山生物が紛れ込んでいる可能性があります」
「生物ね――」
「ギギ――ギョエ――ギョギョエ」
「ッ!? まだいるのか!?」
「形状が違う!?」
唐突に十体ほどソイツは現れた。
ツタで人体を構成している、より人間らしいシルエットの植物人。
自分の判断で撃つ。胴体や花弁を撃つが液体を巻き散らし、仰け反るだけで中々倒れない。
「こいつらゾンビよりタフだぞ!?」
「まさか、ウイルスを過剰摂取する事で進化したのか!?」
「そんな設定あり――ってうぉ!?」
植物人の頭部の花から将一目掛けて何かの液体が吐き出された。
飛び引いて回避し、吐き出された液体はアスフォルトの地面を溶かす――
「冗談じゃねえ――こいつらゾンビ以上の化け物だぞ!?」
「グレネードを使います。一気に突破しましょう!!」
「おう!!」
ピンを抜いて投げる。
そして数瞬遅れた後に爆発。
流石にバラバラになれば死ぬだろう。
「ギギ―ギィ――」
そう思っていた。
液体をまき散らし、五体バラバラになったにも関わらずまだ生きていた。
闘争本能も衰えておらず此方に近寄って来る。
「何て言う驚異的な生命力――」
「一旦距離を取って態勢を立て直しましょう」
「お、おう――」
そうして二人はその場を駆け足で後にした。
「付いてくるぞあいつら!?」
「ゾンビと敵対しているのが幸いですが、ある程度の敵味方判別の知能があるようです」
植物人・進化体(*暫定名称)は駆け足ながら近くのゾンビを両手のツタで払いのけて追って来ていた。
「ショットガンでバラバラにぶっ飛ばす!!」
将一は思考を切り替えて、ショットガンでバラバラにぶっ飛ばしながら距離を稼ぎ、またぶっ放してを繰り返す。
もうゾンビも植物人の区別が出来ず、両者構わずにショットガンを乱射する。
ゾンビだろうと化け物だろうとバラバラに粉砕すればしまいじゃby荒木 将一。
半分近くの植物人と数体のゾンビを倒したところで正門近くの警備員様の詰め所まで辿り着いた。比良坂学園の規模に合わせて警備員の詰め所も大きく、交番の派出所並の大きさはあった。
「誰かいるか!?」
「いえ、ゾンビしかいません」
「――そうか」
「ちょっと持ち堪えていてください」
そう応えて中に入る。
完全武装の瞬なら余程の数が相手でない限り、ゾンビに遅れは取らないだろうと言う確信がある為、特に心配する事はなかった。
(残りも片づけるか)
植物人目掛けてグレネードを投げる。
頭部の花の中央にシュート。少し遅れて液体をまき散らしながら爆発する。
その爆発に巻き込まれ、他の植物人が体制を崩したのを狙って少し距離を取り、ショットガンの散弾で効率的に粉砕していく。
幸い周囲にゾンビの姿が無かったのも幸いし、集中して撃破出来た。
最後の十体目の植物人を倒したところで傍の駐車場に大きな地下通路が開いた。
アレが件の通路だろう。
「中に入りましょう――ところで? 全部倒したんですか?」
「いや、細切れしてやっただけ。まだ生きてる奴もいる。ダメ押しにもう一個投げとくか」
そう言って将一はグレネードを取り出す。
「では私も――」
二人はバラバラになった十体分の残骸目掛けてグレネードを投げる。あの独特な奇声をあげて植物人は爆発の中に消えていき、その轟音を背に二人は地下へと潜った。
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