第十話「ただ、今だけは――」

 日が落ち、そろそろ夕食時になりかけようとしたころ、


 被害が無かった会議室に教師が集まっていた。


 保険医の真田 俊矢先生や荒木 将一のクラスの担任である宮里 萌先生などを含めた数人の教師がいた。

 逆を言えば十人も満たない数の教師しか生き残っていないのだ。特別校舎の教師達やまだ居る可能性がいる生き残りの教師も含めれば増えるかも知れないがともかく現状の方針を決める事が必要だった。


 会議は保険医の 真田 俊也先生が主導で話を進めていく形となった。


 この学園に置かれている現状の再確認。


 そして今後の活動方針などについてだ。


「で、では救助は期待できないんですか!?」


 一人の男性教諭、勤勉を絵に描いた様な真面目そうな容姿が売りのメガネの教師が救助を待つまで籠る様に提案したが真田先生に一蹴された。

 さっきからこの調子で教師達の疑問や不安を丁寧に真田先生が処理して言っている感じだ。


「ヘリのローター音すら聞こえないんだ。たぶんここと同じ様な惨状だろう。救助は期待せずに自力で脱出を考えた方がいい。それにゾンビ以外の化け物や銃器で武装した勢力も確認されている。自衛措置も考えた方がいい」


「な、何とか話し合いは?」


「難しいだろう。よしんば説得に成功したとしてもそれまでにどれだけの労力を費やさなければならない? 最悪犠牲者が出る」


「銃は? 生徒達に銃を携帯させるのは危険なのでは――」


「自分の身は自分で守れた方がいい。それに教師と言う肩書が何時まで有効なのか――今の状況下で携帯させて置かないと逆に不平不満が起きる」


 と、こんな感じで話しは進行していた。

 幸い学校内のゾンビは屋上の騒動でほぼ掃討されたので非常食を今迄以上に収集できる。

 それも東、西の生存者達が数週間食いきれない量を確保してある。節制すればもっと持つだろう。

 最も真田 俊也は「その先があればだがな」と心の中で苦笑している。

 学校の時限爆弾の三日のタイムリミットはもう二日半になっている。


 生存者達を騙しながら特別校舎に向かって解除する――困難過ぎる。


 将一が戦った感染体もあの一体だけでは無いだろうし、その感染体の侵入口があの本校舎の近くにあるのだ。

 一応軍用の乗り物の保管庫も把握しているのでそれを使って強行突破して突入も考えているが世の中には強行してでもやらなければならない時やそうでない時がある。今はまだその時ではない。そう心の中で自制して会議を進めた。


 会議自体は無難な形で終わり、外出禁止や食料の配布、見回り警備。


 そして手が空いてる人間はバリケードの増築なども検討された。特に東校舎、四階と三階の体育館の連絡通路へと直接続く階段への通路は感染体によって破壊されているので閉鎖が急務である。

 寝る場所については体育館に男女に別れてマットを敷く形で落ち着いた。何人かは教師の監督下と言う条件で保健室などで眠る事を確約させて。



 荒木 将一は保健室で目を覚ます。

 夕日が落ちて皆食事に付いていた。

 一人で食事を済ますと、一先ず西校舎の文芸部の部室へと向かった。

 屋上である程度校内のゾンビを掃討したので自由に行き来出来るのだ。

 文芸部の部室には屋上で助けてもらった二人がいる。


 アンナとユカリ。


 黒髪の長髪のクールビューティーな生徒がアンナ。

 華奢なツインテ―ルの女の子がユカリが寛いでいた。食事の容器が置かれている所を見るともう食べ終えたらしい。

 何だか二人とも他の生存者から畏怖や敬意の眼差しで見られているらしい。


 ユカリは何やらゲームを起動させていた。よりにもよってゾンビゲーをプレイしている。見掛けに寄らずロックな奴である。ツインテ―ルの髪型も流行りのラノベヒロインとかの影響だとか言っていた。


 アンナは東校舎の武器庫から持ち込んだと思われるゴツイ銃の整備をしている。アンナはロシアの国境地帯出身で昔一度紛争に巻き込まれて実銃をぶっ放したとか、親が軍人でよく軍事のイロハを教えてくれたとか本当かどうか分からない経歴を持つ。日本に来た理由も「日本のポップカルチャーを学ぶため」らしい。最近はカチューシャが持ち歌になっていてカラオケで良く歌ったりしている。


「おー二人とも元気だったか」


「あ、将一にぃだ」


「屋上ではお世話になりました」


「で? 他のメンバーは?」


「瞬先輩は屋上で何やら話したい事があるとか。他のメンバーは現在行方が分からない状態です」


「そうか――」


「闇の使徒殿は?」


「たぶん部屋に引き籠もっていると思う。回収するなり何なりしないとな――」


「そうですか」


 事務的な印象を受ける返事をして銃の整備をまた始めた。


「それにしても将一にィちょっと見ないウチに人外になったね」


「アンナには負けるよ……」


「恐縮です」


 屋上での立ち回りを思い出してアンナの自己プロフィールはもしかして本当かも知れないなどと感じつつ話を変える事にした。


「それよりもあの屋上のホース、あの漫画を参考にしただろ?」


「うん、将一にぃの想像通りだよ。あそこまで上手く行くのは想定外だったけど学校の設計者様様って感じかな?」


 参考にした漫画とは学生達が主人公のゾンビ物で物語序盤屋上に追い詰められた主人公が取った手である。アニメ化もされたしゾンビ物界隈では有名な作品なのでオタク気質な彼女が知っていても

特におかしくはない。


「流石に銃火器があるのは想定外でしたが」


「はは――」(自爆装置とか余計なもん仕込んで無かったら本当に最高だったよ……)


 トカゲに切り裂かれた部分を手で押さえながら将一は何とも言えない気分になった。



 東校舎の屋上。

 涼しい風が吹き、町の全景が学園を覆う黒い壁越しに見える。

 彼方此方から火の手が上がり、宛ら紛争地帯を連想させる光景だった。


「お疲れのところすみませんでした」


「お前こそずっと待ってたのかよ――」


「本当は放送室とか使いたいのですが、あんまり大々的に呼び出すわけにもいかない物でして――」


「まあ確かにな――」


 お互いとんでもない秘密を共有している間柄だ。


 自爆システムに関しても将一を含めてまだ四人しかいない。


 時間にまだ猶予がある段階であり、木下や謎の武装勢力、トカゲの化け物みたいなのがまだいる今の段階で勝負を掛けるには時期早々と言う考えが三人の共通認識である。本野 真清関してはどう考えているか分からないが、口を噤んでいてくれれば放置しても構わないと二人は思った。


「……これからどうする?」


「私は体育館の制圧に行きます」


「俺は――」


「校舎内の安全確認してくれませんか?」


「え?」


「自分じゃ気付いていないようですが随分お疲れのようですし――それに木下君や武装勢力の件は全部が全部将一さんの責任と言う訳では――」


「……全部見抜かれていると言うわけか?」


「ええまあ。ジャージ姿にアサルトライフルに拳銃にショットガンにM72ロケット砲に黒いタクティカルベストの姿で何もしないと言っても説得力ありませんよ」


 確かにそうだなと今更ながら思った。

 本当はこの後、武装勢力や木下相手にケリを付けようかと考えていたからだ。

 それにトカゲ対策も考えているウチにこんな頭の悪い重武装になったのだ。


「ああこれはな。トカゲの時は実際運が良かったと思うんだ。偶々武装勢力が現れて注意を惹きつけてくれて。そのお陰で楽に殺す事が出来た」


「元コマンド―部隊とかじゃないんですから無理してそこまで重武装にしなくても――せめてロケット砲ぐらいは置いておいていいんじゃありませんか?」


「うん。実はと言うと結構重たい……てかお前こそ、脇に置いてあるゴツイライフルは何だ? 対物ライフルか?」


 いそいそと武器を降ろしながら瞳を動かす。

 瞬の傍にはデカいライフルがフェンスに立て掛けてあった。1mはある。銃身や銃口が戦車みたいにいかつい攻撃的なデザインだ。


「ええ、まあ念の為ですよ。それに双眼鏡代わりにもなりますし」


「で? 何か分かったのか?」


 それなら普通の狙撃銃とかでも良かったのではと言うツッコミはあえてしないでおいた。

 先程アンナからダメ出し食らったばかりだ。あんま知ったかぶって口出しすると知らず知らずのウチにダメージを受けてしまいかねない。精神的に。


「東校舎から見える範囲ではですがゾンビの量がバラ付きがありますね。特に運動場から奥に行くにつれて危険地帯になっています」


「昨今のゾンビゲームみたいに夜になると活動が活性化したり、特殊な個体が現れたりとかはしてない?」


「今の所は何とも。ですが明らかに人と異なるシルエットの個体は見付かりました。下手に手を出すと大参事になるので放置しましたが……」


「……俺達、今日寝れるの?」


 思い付く限りの化け物を放り込まれているこの学園で今日過ごせるかどうか怪しくなっているのを感じた。


「屋上で一緒に寝ますか?」


「あ――真剣に検討しとく」


「普段なら男と一緒に寝れるかぐらいは言いそうですけど大分お疲れの様ですね……」


「少なくとも今日の朝までは普通の高校生だったんだよ、俺は――」


 一体どうしてこんな事になったのだろうか。

 そもそも何で自分は率先して危険地帯に飛び込んでいるのだろうか。

 今更ながら自問自答していた。


「ああ、それと武道館、学生寮ですが見ての通り生存者はいると思いますよ」


「確かに学生寮は明かりが付いてるな――武道館も同じか」


 学生寮はその名の通り、東校舎の更に東側にある施設だ。

 ゾンビから逃げていたり偶々休んでいたりして何を逃れた人間が立て籠もっているのだろう。


 武道館もそう見て間違いない。


「今から助けに行くか?」


「ここは慎重に行きましょう。武装勢力の拠点や規模が分からない以上、迂闊な行動は辞めておいた方が――」


「……つまり先程のプラン通りになるわけか」


「やり直しは聞きませんからね?」


「ああ……」


 そうして二人は行動を開始した。



 サプレッサーピストル、アサルトライフルと装備を軽量化して西校舎内をうろつく。

 彼方此方に血や人間の臓器や肉片らしき物が散乱し、正直気色悪い雰囲気だ。


(しかしアンナって本当に何者なんだ? ある意味瞬以上に謎だぞ?)


 今頃文芸部で寛いでいるだろう奴の事を思い出しながら4階を見て回る。

 途中、避難訓練などで使う鉄組の滑り台が四階の窓から運動場方面にかけて垂れ流されているのを見かけた。


(そう言えばあの時、やけに早く運動場に先回りしてたな)


 ふと屋上での南 静香との決戦を思い出す。


 三点バーストで肩を射抜いて入れ替わりにトカゲの化け物が現れ、一旦ゾンビの壁の奥に消えた。(*このゾンビ達は屋上に残ったメンバーが片付けた)


 西校舎の中央階段から勢いよく駆け下りて運動場に向かったとしても早過ぎる。


 確か再び姿を現したのは3階まで降りて、そこから2階の体育館への連絡通路へ飛び降りて、そこからまた地面に飛び降りてと廻るましく移動し、運よく早々に片を付けたが、その時は既にもう彼女は体制をある程度立て直していた。


 だがこれを使ったとなれば説明はつく。


(他にも避難用具が設置されていたな……しかし何かまあ、自分パワープレイ気味って言うか何て言うか……)


 屋上でのホースといいこの避難用具といい、少々自分は銃器に頼り過ぎてるかも知れないと思いつつその場を後にした。 


 3階に降りたが、そこも不気味なもんでところどころゾンビだった死体が倒れているぐらいで特に変わりはない。


 本当に南 静香は校舎内のゾンビを全て投入したのだろう。


(2ーFか……)


 3階に降りて2のFに辿り着く。


 2ーFクラス。


 将一が所属している文芸部の顧問であり、宮里 萌先生が担任を務めるクラス。

 殆ど名前も覚えていない生徒が多かった。瞬のお陰で大勢助かったが南 静香のせいで生き延びた生徒は大半が殺された。

 ガラスが割れたドアに手を掛け、ドアの前の遺体をどけて中に入る。


「だ、誰!?」


「い、委員長? 一人で何やってんだ?」


 暗がりの教室の中、委員長がいた。

 しっかりとサブマシンガンを携帯している。

 自分の席に座っていった。


「それはこっちのセリフよ! テッキリ文芸部の部室でよろしくやってるかと思ったわ……」


 不自然に、涙声でこちらに顔を見せずに話し掛ける。


「てか何やってんだ?」


「そ、それはこっちのセリフよ――どうしてここに――」


「いや、たまたま教室の前を通り過ぎてな……」


「そう……」


「しかし、意外と綺麗なまんまだな」


 外は遺体がそこかしこに転がっていて地獄絵図だが比較的教室は綺麗なままだった。

 これも瞬の手柄だろう。


「そうね……」


「じゃ、俺は――」


「待って」


「え?」


 席から立ち上がる。そして近くまで歩み寄る。そして両胸の膨らみを押し付ける様に強く後ろから抱き締めて来た。  


「何の真似だ」


「カウンセリングルームで言ったわよね? 私ね、憧れてるの。ドラマチックな恋愛とかそう言うのに」


「……ああ」


「だけど、もう耐えられない。待てない。どう思われてもいいから、私を女にして」


「……遂先日まで他人状態だった男に抱かれていいのか?」


「うん。それとも私じゃイヤ?」 


「そんなわけじゃない。俺だって本音はH出来る物ならHしたいって思ってる。でも――」


「言いたい事は分かるわ。でもね――」


 そう言って前に回り込んでくる。

 メガネも掛けてない。充血して涙が溢れた瞳。長い髪の毛の淑女――あの堅物そうな委員長とは思えなかった。

 とても穏やかな表情をしている反面顔を真っ赤にしている。


 ――未来の事は誰にも分からない。私も貴方にも。


 そう囁いた後、真清と将一は唇を重ね合わせた。

 柔らかい舌と舌とが絡み合い、体同士を密着させて体全体で互いの体温を確かめ合いながらより深く深く掘り進む様に唇を、舌を押し込む。

 将一も真清も武装を手近な場所に置いた。


「不思議な気分――キスだけでもこんなにもロマンチックな気分になれるのね」


「ああ……正直俺も驚いてる……」


 真清の言う通り、今迄感じた事のない感覚を味わっている。とても熱っぽい一方で、まるで体の全身を内側まで優しく撫でられているような感覚。

 これが愛し合うと言う事なのだろうか? 将一には分からなかった。恐らく真清にも。


 そして二人は深く、体を重ね合った。



 情事を終えて、二人は机を椅子変わりにして座り合っていた。

 二人とも服を整え直す。変わっていたのは真清の髪型がロングヘアーになってメガネを外していたぐらいか。

 真清も将一も頬を朱に染めて、暫く黙り込んでいた。 


「ねえ将一?」


 沈黙を破ったのは真清だった。

 

「なんだ?」


「もしも私が死んだら」


「よせ」


「じゃあ、私が生きてて私以外の女の子とHしたくなったら……」


「何でHする事前提になってるんだ?」


「だって将一君モテそうだし――」


「ゾンビの仲間入りする前に後ろから刺されそうだからやだ」


「私も自分で何言ってるんだろって思うんだけどね? けど何かそう言う予感がするの――」


「明日死ぬかも知れない状況下でハーレムとか荷が重すぎるし、第一ありえねえ」


「本当にそうかしら?」


 何だその確信はとツッコミたくなった。


「ともかくそろそろ戻ろう。今日何処で寝る気だ?」


「先生と一緒に体育館で寝るわ。他のクラスメイトも一緒よ。貴方は?」


 二人は衣服の乱れを直しながら言葉を交わす。

 先程までの行為が嘘のようにお互い体は落ち着いていた。


「あ――保健室で寝るわ。真田先生によると窓とか防弾ガラスらしいし」


「そう。じゃ私もお邪魔しようかしら」


「え? 今から?」


「冗談よ。私は宮里先生達と一緒に寝るわ」


「て事は体育館か?」


「そうね――念の為、銃も持ち込んでおくわ」


「分かった」


「ねえ将一」


「うん?」


「お互い、生き延びましょうね」


 最後の最後にまたキスをした。


 END

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