第四話「これからのこと」


 味気のない非常食の香りが立ち込めるこのカウンセラー室。


 二つ用意された黒塗りのソファーにそれぞれ座り、テーブルを挟んで向き合いながら彼女は口に食料を運んでいた。不味くはないが上手くもない。たぶん箱から察するに軍用レーションの類なのではないかと将一は思った。

 将一は昔、小学校時代の実習か何かでプレゼントがてら貰った非常食を食べた事があるが少なくとも今食べているのよりかは美味しかったからと言うのも判断材料の一つだ。


 今は食べ終えてスマフォを日記帖変わりにして文章を打ち込んでいる。


 真清もプラスチック製のスプーンを口に運んでいる。一言も発しない。将一もどう口を開けば良いのか分からなかった。将一は人当たりは良い方でコミュ症の類では無いがそれでも話を切り出すのには勇気がいる。何せ自分達の命に関わる問題だ。


 ちなみに保険医の真田先生は食料だけ運んで保健室に戻っていった。去り際に「タイムリミットの事は内密に頼む」と言い残して。


 食べている間に保健室とカウンセラー室とで分散させた理由を将一は考えたが学校が文字通りゾンビ諸共消滅する事を知る人間を増やしたくなかったのだろうと思うに至った。


 人は追い詰められた極限状態になると何をしでかすか分からない。今現在の状況だとそれが命取りになる。


(しかし分からないな――どうして俺に情報を明かしたんだ?)


 ふと今は何処で何をやっているのか分からない、加々美 瞬の事を思い出す。

 情報を明かしてくれた加々美 瞬。恐らく何かしらの組織に属しているであろう少年。何で自分なんぞに情報を明かしてくれたのだろうか? スマフォに文章を打ち込む手を止めて考えてみる。


 加々美 瞬との付き合いは高校に入って直ぐぐらいからだが、もうその時からこの学園に学生として一年以上潜入捜査をしていたと考えるべきだ。普通の学生生活と部活動をこなしつつ。


(そう考えると凄い奴だったんだな……)


 将一は益々瞬の考える事が分からなくなって来た。

 この学校の秘密を教えたのは「自分を信じて生き延びる事に専念して欲しい」のか、それとも「手が足りないから手伝って欲しい」からだったのか。


「ねえ……」


「うん?」


 目を背けながらおそるおそる真清が声を掛けてきた。

 食べ終わったらしく片づけの作業に入っている。


「これからどうするの?」


「それは――」


「学校の探索、続けるの?」


「うん」


「そう」


「止めないのか?」


「ゾンビに食われて死ぬか、爆発に巻き込まれて死ぬかの二択しかないんでしょ? だったら私も協力する」


「…………どうしてなんだ?」


「え?」


「どうして決断したんだ?」


 少し間を置いて彼女は語り始めた。


「私ね。地味でしょ?」


「あ、まあそうだな」


 お下げにメガネに委員長と言う肩書き、まるで漫画の委員長キャラのテンプレみたいな女生徒。それが本野 真清である。

 それを自虐を込めて言い始めるのはどうしてだろうか?


「だけど私だって憧れてるのよ。綺麗な女の子とか、年相応の恋愛とか。あなただってそうでしょ?」


「ま、まあそうだけど――」


 まさか生々しい内心を吐露した日記を書いた後にそんな事を尋ねられるとは思わなかった。


「私、あの時――ゾンビに囲まれた時、死ぬんだって思った。だけど私思ったの。まだ死にたくないって。誰か助けてって」


「あの時――」


 体育倉庫前のあのドンパチの事を言っているのだろうと将一は察した。


「で、どうにか生き延びて、んで色々と知って、私思ったの。今迄自分何やってたんだろうって」


 そう言って彼女はお下げを解いてロングにした。それだけで彼女の印象がガラリと変わる。垢抜けないイメージがあったが何だか知的な女性の様に感じた。


「本当はコンタクトとかあれば良かったんだけど今の状況じゃそうも言ってられないわね」


「コンタクトって――」


「何時死んでもいいようにやれる事はやっておきたいの」


「はあ――」


「それと銃の使い方教えて。特に大きい奴のぶっ放し方とか」


「急に積極的になったなおい……」


「まあね。一応ラノベとかで銃の使い方とかは書いてあったけど、実物は初めてだし……」


「委員長もラノベとか読むの?」


「私だって見るわよ。ゲームだってするし、映画やアニメだって見てるわよ。そう言えばオタクとそうでない人の境界線って何なのかしら?」


「はあ?」


 こんな時に何を言い出すんだ? と将一は少しばかり呆然となった。


「その辺どうなの?」


「つってもオタクって言っても色々だよ? 特撮方面に詳しい奴もいれば、ロボットアニメばっか詳しい人もいたりその両方もいたりとかするわけで……」


「じゃあ今流行りのアイドルとかの追っ掛けとかしたり、メイドカフェとかに通ったり、美少女フィギュアとか買ったりとかは?」


「世間的にオタクがどう思われてるか知った気分だよ……」


 真清だけかも知れないがそれでもかなり偏ったイメージのオタク像だ。探せば確かにいるだろうが。


 悪質な偏向報道が嘆かれる昨今のテレビとかでそう言うイメージを植え付けられた可能性もあるがそれにしても酷い。何時の時代のオタク像だよって言いたいのをグッと答える。


 こんなバカな事でギャグマンガみたいに叫び声を挙げてゾンビを呼び寄せる様な真似してくたばりたくはなかった。例え命が軽くても散り際はなるべく選びたい。ここ2階だし、防火扉閉めてるけど万が一と言うのもある……将一はわりと小心者である。


「話脱線したわね。銃の使い方だけど、どれがいいかしら?」


「やっぱ拳銃かサブマシンガンぐらいか? もしくは工作室行って釘打ち機でも調達してそれを武器にするとか……ってああ……その手があった……」


 今更自分の間抜けさを呪った。工作室は自分達が最初に逃げ込んだ東校舎にある。


 釘打ち機は前に見たゾンビ物アニメで見た強力なウェポンになりうる武器だ。


 知らない人に解説するが釘打ち機とは大工道具で釘を木の板などにハンマーなどを使わず正確に打ち込む道具なのだが、使い方を間違えると銃よりも扱いやすくてヤバい凶器になる。映画やゲームでも武器として登場する事もある。


 それに発射する釘も銃弾に比べれば大量にある筈だ。


「ちょっと大丈夫?」


「いや、いいんだ――俺は馬鹿らしい」


 過ぎた事を悔やんでも仕方ないと良く人は言うが将一は納得できなかった。


「取り合えず一息付いたら工作室に行って武器を調達しよう」


「分かったけど一応銃の使い方教えて?」


「あ、ああ――」


 取り合えず気を取り直して銃の扱い方を教える――のだが問題がある。


「俺そんなに詳しくないぞ? 一般人に毛が生えた程度の知識だし」


「それでもよ」


「はあ――取り合えず、反動が小さくて弾を大量に確保しているサプレッサーピストルかな。もしくはMP5サブマシンガン」


「これ映画とかで見た事ある」


 と黒いMP-5サブマシンガンを見詰める真清。


「日本警察の特殊部隊とかも使ってるぐらい世界中でベストセラーの銃だからな。その関係で映画とかドラマとかでも登場する機会が多いんだわ」


「へえ」


 特殊部隊の銃と言えばこれと言われるぐらい有名なのがMP-5サブマシンガンである。主に屋内での戦闘を想定して使われるため長さは最大でも70cm前後である。(銃の最後部の銃床、ストックと呼ばれる部分を伸び縮み出来るため。最短で50センチ半ばである)


 軍事兵器の世界は日進月歩で特殊部隊が使う銃も変更が進められているがそれでも未だに現役で使われ、一時代を築いた銃と言っていい。


「だけど道中は拳銃使ってたわよね?」


「まあな……」


 サプレッサー付きの拳銃を眺める。

 拳銃の種類は様々でシルエットも似通っている。深い知識を持つミリオタでもない将一にこれはどう言う種類の銃ですとは解説はできなかった。

 装弾数は十五発前後もあり、思ったよりコンパクトで使い易そうだから引っ張って来たに過ぎない。


「結構使い易いから使ってるんだ。ゾンビ相手だと威力よりも命中精度と弾数が重視で言った方がいいと思ってね」


「そう……あれだけ使ってた散弾銃は使わないの?」


「あれは余程の緊急事態様だな――ゾンビの性質は分からないが音に反応するタイプの可能性もまだ捨て切れないし」


「ゾンビって全部そうなの?」


「分からないけどまあ大概のゾンビ物のお約束みたいなもんだからな」


 ゾンビを題材にした作品には共通した定番要素がある。音に反応すると言うのもその一つだ。生前の記憶が残っていたりとか、体のリミッターが外れて馬鹿力を発揮したりとかもある。


「銃の軽いレクチャー済ませたら一旦保健室に戻って相談してみよう。んで萌先生の元に戻る――まだ爆発まで時間はある」


「宮里先生に?」


「心配してたぞ、君のこと――」


「そう――先生らしいわね」


「さてと、んじゃあそろそろ行動するか?」


「大丈夫なの?」


「正直何もかも投げ出してグッスリしたいけど――何もかも他人に任せきりってのもどうかと思うし、無理しない範囲で頑張るよ」


「素直じゃないのね」


「何かいった?」


「別に」


 そうして将一は銃のレクチャーを始めた。

 と言っても知識は素人に毛が生えた程度。

 瞬と合流したらより詳しく講義して貰った方がいいだろう。

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