第一話「武器庫」

 将一達はどうにか東校舎へと避難していた。

 辿りついたの半分にも満たないがあの状況を考えれば奇跡的な人数の生還者だ。

 防火扉を閉め、一先ずの安心を確保した途端に何かの糸が切れたように将一は嘔吐した。

 他の人間も似たり寄ったりだ。


 一度に多くの事が起こり過ぎている。


 そんな自分達の様子を察したのか、一先ず手身近な教室へと避難する事にした。


 そこは何の因果か文芸部の部室だった。


 文芸部とは名ばかりでアニ研、マン研と実態は変わらない。

 何で将一がそこまで詳しいかと言うと自分も、闇の使徒も一応そこに所属しているからだ。

 そして将一達の担任の宮里 萌先生が面倒を見ている。

 ぶっちゃけ変人どもを掻き集めて誕生したような部活だ。

 瞬もそれの住民である。


 そして将一はふと思い立ったかのように東校舎側の瞬と屋上に出ていた。

 昨今の学校の屋上と言う奴は封鎖されている場所は多いがこの学園では解放されている。


「……町が燃えている――」


 四階の屋上から、競り上がった壁越しに見えた景色はまるで地獄だった。彼方此方から煙が上がり、サイレンが鳴り響く。恐らく町もこの学園と同じ様な状況なのだろう。

 スマフォは繋がらずどう言う状況か分からない。闇の使徒は大方家の部屋に籠ってると思うから無事だと思うが……

 それに流石にこの事態になれば自衛隊も動く筈だし幸い駐屯地が近くにある。助けは来るがすぐでは無いだろう。


「ここにいたんですか……」


「瞬か――」


「聞きたい事は沢山あると思いますが今は僕を信じて下さい」


「……聞く気力もねえよ。まるで悪い夢でも見てるみたいだ――」


 フェンスに背中を預けて座り込み、銀色の拳銃に目をやる。


「弾はまだあんの?」


「正直もう――かなり使ってしまいました」


「そうか」


「聞かないんですか?」


「色々あるけど何から聞けばいいのやら――他の面々は?」


「先生や委員長がどうにか纏めていますがバラバラになるのは時間の問題でしょう。一応防火扉や簡易のバリケードを築きましたが……この東校舎にも感染者が入り込むのも時間の問題ですね」


 次に感染者の事を尋ねる事にした。


「感染者ってのは何なんだ?」


「平たく言えばゾンビの事ですね」


「まあそれ以外に例えようもないか……」


「一応この学校には調査目的で来たんですが、ほぼ末端の立場だったんであまり詳しくは知りません――」


「…………ダメだ。頭に入んね」


 一つの疑問を投げかけると二つ疑問が返って来る。この調子だと説明だけで半日終えそうだ。まだ時間は昼にもなってない。


「取り合えず自分はどうにか脱出経路を確保します」


「おいおい待てよ。救助を来るのを待つんじゃダメなのか?」


「無理です。このままだとこの学園の生存者は全員死にます」


「全員死ぬって……一体何を知ってるんだ?」


「それは――――」


 目を開いて俯き視線を逸らす瞬。彼の口からは衝撃的な言葉が飛び出した。





 聞かなきゃよかった。


 将一は深く後悔しながら文芸部の部室にいた。他にも生徒がいた皆力なくその場に座り込んでいる。とても空気が重い。


 頭の中では瞬から語られた言葉を脳裏で考えていた。


(この学園は今回の様な事態が起きた場合、ゾンビごと生存者を隔離し、自爆システムを作動させるのです)


(なんだって!?)


(地上からの脱出はあの壁で困難です――よしんば乗り越えたとしても他にもどんな防衛システムがあるか……空も地対空ミサイルや機関砲で迎撃されてしまいます。攻撃設定がどうなっているか分からない以上、期待しない方がいいですね) 


(本当にこの学園どうなってんだ!?)


(私も調査を進めていましたが想像以上に大規模なバックが付いていたようです……ともかく私は自爆装置の解除に向かいます。貴方は出来る限り安全な場所へ――)


(お、おい――)


 脳裏に最後のやり取りが反芻する。

 分かった事は今のままだとゾンビに食われて死ぬか、学校と運命を共にするかの二択の状況で救助は絶望的らしい。

 将一はどうすれば良いのか考える。


 瞬は想像以上に頼りになる。


 少なくとも彼がいなかったら皆死んでいただろう。だが彼も人間だ。無敵のハリウッドヒーローではない。どうしても限界がある。


 色々と心配な事があるが――ともかく自分も動ける範囲で動かないと――全員死ぬ。


「あのですね荒木君」


「先生? どうしたんですか?」


 考え事をしているとちびっ子萌先生が呼び掛けて来た。

 室内にいる他の生徒に聞かれたくないのか声のトーンは低めだ。


「加々美君は知りませんか?」


「加々美? ああ、瞬か……今一人で行動してる――」


「一人でですか?」


「ああ……」


「ちょっと先生探して来ます!!」


 血相を変えて飛び出していく。


「ちょっと待って!! 先生この状況分かってるんですか!?」


「でもまだ生存者が――」


「~~~~~~ッ!!」


 脳裏に仲の良かった連中の事が浮かぶ。その人達もゾンビどもの仲間入りしているかもしれない。そう思うと立ち眩みがして、立っていられなくなった。


「だ、大丈夫ですか!?」


「な、わけないだろうが……」  


「ごご、ごめんなさい……」 


 ともかく、ここでじっとしていても拉致があかない。

 しかし外はゾンビだらけだ。

 下手な行動は死を招く。


「先生、大変です!」


 また生徒の一人が入って来た。


「委員長がいなくなりました!!」


 次から次へと何なんだと将一は嘆きたくなった。




 委員長。


 本名、本野 真清(ほんの まきよ)。

 隠れ爆乳で眼鏡を掛けた委員長。スタイルは良いのだが二つのお下げのヘアースタイルやメイクとは無縁な生き様で色々と残念な女子だ。

 どう言う訳だか責任感が強く、クラスの纏め役をやっている。もう前時代的と言っていい。創作物でしかお目にかかれない様な絶滅危惧種なキャラクターだと将一は思っている。


 正直本名もついさっき知ったばかりだ。

 だがこうなる以前はやたら自分に突っかかって来ていた。と言うのもオタク=犯罪者予備軍的な考えを持つ古い考え方を持っている女子でそのせいで何度か突っかかられた思い出がある。


 そんな彼女が何故かゾンビだらけの学校内のどっかをウロチョロして探索しているそうなのだ。大方正義感見たいな物が出たのだろう。ラノベの二次創作ならアンチ・ヘイトタグ付けられて見殺しにされる展開とか描かれそうだ。勇気と無謀を履き違えたと言うか。


(まあ、それを探しに行くのを買って出た俺も似た様なモンかもな……)


 瞬の奴は大丈夫だろう。ゾンビ相手にヘッドショットとか決めてたし。俺は椅子を片手に彷徨っていた。他にも色々と武器になりそうな物があったがこれしか思い当たらなかった。


(ともかく委員長だ。それと出来るなら――学園の自爆装置を解除しないと全員死ぬ)



 ――この学園は今回の様な事態が起きた場合、ゾンビごと生存者を隔離し、自爆システムを作動させるのです。



 ――地上からの脱出はあの壁で困難です――よしんば乗り越えたとしても他にもどんな防衛システムがあるか……空も地対空ミサイルや機関砲で迎撃されてしまいます。攻撃設定がどうなっているか分からない以上、期待しない方がいいですね。



 ――私も調査を進めていましたが想像以上に大規模なバックが付いていたようです……ともかく私は自爆装置の解除に向かいます。貴方は出来る限り安全な場所へ。



 瞬から得た情報が脳内で再生される。

 あのまま安全地帯でいても死ぬだけ。

 学園内にいるゾンビを吹き飛ばすレベルの爆発だと言うから学園内に逃げ場は無いのだろう。


(ともかく起爆装置云々は瞬に任せるしかない――今は委員長だ――)


 委員長の思考パターンを考えながらおそるおそる東校舎の外へ出る。

 帰って来る頃にはもうバリケード化が進んで行き来は不能になるだろう。


(この学園、結構広いから探すにしても手間だな――)


 比良坂学園は東校舎、西校舎、体育館、食堂、学生寮、武術道、多目的ホール、上流階級専用の施設などで構成されている。 

 詳しい配置は後に語るとして西校舎の裏側――運動場側を覗いた。


(運動場側はもうゾンビだらけか……しかも明らかに生徒とは違うゾンビも混じってる――)


 この学園は規模が規模だけに学生だけでも六百人は超える。

 それを維持する為の職員もそれ相応だが明らかに外部の一般人と思わしきゾンビもいた。


(こいつらが来てゾンビが広がったのか? いや、それにしても量が……まさか他にも外へと続く道があるのか――)


 屋上から観察したが今学園は封鎖されている。

 誰かが爆弾で外壁をぶっ飛ばして風穴を開けたとしても量が多い。まだこの状況に陥ってから半日も経っていないのだ。学生以外のゾンビの量が明らかにおかしかった。


(さて――どうするか……)


 ふとここでヘリのローター音が耳に届いた。

 俺は物陰に隠れながらローター音の方に目をやる。

 小さな点の状態だがそれはヘリだった。  


 誰かを救助しに来たのだろうか?


 助かる。


 そんな希望が湧いて来た。



 が、教室で見た光景を思い出した。



(まずい!! あのヘリも――)


 比良坂町を飛び回っていたヘリは全て撃墜された筈だ。ならばあのヘリも――


(戻れ!! 来るんじゃない!!)


 白い矢が発射され、吸い込まれる様にヘリへ直撃、爆発する。

 黒い煙を上げてクルクルと回転しながら西校舎の更に向こう側、体育館の方へと墜落して行った。





 比良坂学園の体育館は一階以外だと二階部分のみが連絡通路で連結されている形になっている。

 その連絡通路の真下に黒煙を上げて墜落していた。轟轟と燃えていて、鼻に鉄が焼けた嫌な匂いがする。恐らく生存者はいないだろう。

 一体どう言う習性なのかゾンビが燃え盛るヘリに飛び込んでいて勝手に焼死していった。


(ゾンビが集まって来ている――音に反応するタイプなのか?)


 ならここに留まるのは危険だと思い、去ろうとするが――


(今度は何だ!?)


 銃声が響いた。

 拳銃の様な発砲音じゃない。

 何か強力な火器による発砲だ。

 ゾンビが何かに突き飛ばされた様に倒れ伏していく。頭の一部が抉られていたり、上半分がなくなっていたりとか様々だ。目玉も飛び出し、脳汁や脳みそが派手に撒き散らしている。また気分が悪くなった。


「ハァ……ハァ……やっと生存者か……」


「え?」


 人の声だ

 確かに生存者だった。

 ヘルメットに鎧の様なプロテクターに身を包んでいるが血が滲んでいる。

 口元にマスクを付けているが体格や声からして男だろう。

 ジャケットや手には武器弾薬を装備。手には軍用銃が握られていた。


 彼の周辺には大量のゾンビが倒れていた。彼が殺したのだろう。

 まるで気が抜けたかのように彼はその場に座り込む。


「貴方は?」


「俺は――ミーミルの警備部門の担当者だ」


「ミーミルって製薬会社の?」


「ああ……そこで昨日からずっとドンパチしてた」


「昨日からって――」


 ミーミル。

 警備部門。

 ドンパチ――つまり銃撃戦。

 嫌が上でもミーミルの爆発事故を思い出すのだが――


「詳しい話は後だ。生き延びたきゃ武器を取れ、体育倉庫の奥に武器庫がある」


 確かにそうだ。

 思考を打ち切って彼が手に持っている銃に目をやる。


「武器庫って――」


「ちょっと、荒木君!! どうしてここにいるの!?」


 こんな頭がパンクしそうなタイミングで委員長が現れた。「それはこっちのセリフだ!!」と言いたくなった。場所は燃え盛るヘリの二階の連絡通路からで身を乗り出すようにして喋っている。


「ボサッとすんな!! ゾンビが来てるぞ!!」


「クソ!!」


 一瞬だけ周りを見たがゾンビに囲まれて逃げきれそうにない。男に言われて俺は体育倉庫に飛び込んだ。

 ちょっと粉っぽくて独特の匂いがするが、奥の方に白い部屋が空いている。


「なんだこりゃ――」


 そこには軍事雑誌やネットでしか見た事が無いような軍事兵器が並べられていた。

 拳銃、ショットガン、グレネードランチャー、アサルトライフル、スナイパーライフル、グレネード、ロケットランチャー、手榴弾、軍用警棒に各種ナイフなど……あり得ない位に充実した武器弾薬が並べられていた。

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