第八話「第三の敵」


 とある女子生徒の話をしよう。


 彼女にとって学園は逃げ場の無い牢獄だった。


 何時も何時も苦しめられ、何度も何度も辱められた。


 凌辱ハメ撮り何かは当たり前。


 同じく凌辱された子もいる。


 クラスぐるみでイジメを受けた。


 犯罪を強要された事もある。


 万引き、売春もやらされ、妊娠して中絶も経験した。


 自分の尿を飲んだり、クソを食ったり、虫の死骸も食わされた事もある。


 それでも復讐の機会を伺い、やがて真実を知る内に学園に関わる者全てに憎悪を抱く。



 そうして彼女はゾンビが大量発生する異常事態に遭遇した。


 自分が望んだ結末が訳も分からずに起きた。


 彼女にとってある意味で絶望だった。 



 自分の手で下さなければ終われない。



 そんな彼女の願いが届いたのか彼女は偶然ある能力を得た。



 そうして彼女はゾンビ達の支配者となった。


 

 次々と校舎内に流れ込むゾンビ達。


 

 屋上から轟く悲鳴。


 これだ。


 これこそが自分が待ち望んていた物だ。


 保健室にいる連中も西校舎に立て籠もっている連中、食堂に立て籠もっている連中。


 全て絶望の底に叩き込んでやる――出来ればその様を直接目にしたい気持ちもあるが、まだその時ではない。


 予想外に手強い銃器で武装した生存者がいる。


 東校舎の時、それを痛感した。


 そして屋上にも今、同じ奴がいる。


 あの子豚と罵られていた異常者は彼女と別の方向で危険な奴であったがそれとやり合って生き延びたアイツ――ボサボサの黒髪でメガネを掛け、重武装した少年。彼女はその少年も危険だと感じた。


(校内のゾンビは時間稼ぎ。本命は運動場のゾンビ達……)


 自分の能力は色々と試して分かったがゾンビに襲われず、尚且つ念じるだけで指令を出す事が出来る能力。命令出来る効果範囲はまだ掴みかねているが、一度命令すれば頭部を破壊されるまで止まらない、命令に忠実な殺戮マシーンになる。

 笑いが込み上げて来る。


(念の為ダメ押し――)


 そこまで考えた途端、ガラスが割れる音がした。そして何かを勢いよく放射する音までする。


(これは……水を排出する音!? それも勢いよく? こんな大量に――屋上の何処に!?)


 グチャリ、グチャリと何かが落下する音がする。 顔を知らず知らずに驚愕色に染め上げながら思考をフル回転させるが分からない。


(一体何が――)


 話は少し遡る。 



(自分だけ逃げるのなら方法はあるが、その場合生存者を見捨てる事になる――)


 自分だけ助かる方法は考え付いている。フェンスをよじ登って反対側に回り、教室の窓際のでっぱり部分やパイプなどを伝って脱出する。もしくはどうにか東校舎ギリギリまで逃げて、これまたフェンスをよじ登り、そこから連絡通路に飛び移って脱出する方法だ。

 ショットガンを持ち逃げされたのは痛かったが今は手持ちの武器でどうにかする事を考える。

 手りゅう弾も残ってない。弾もどんどん減っていく。なのにゾンビの数は増える一方。


 もうかれこれ三十体以上は倒しているがどんどん息の良いゾンビが入って来る。


 体育倉庫で助けた新入りの二人は初めての乱戦であるが、今迄の騒動から拉致られて消耗した体力やこのパニックした状況、何よりも銃を上手く扱えないぐらいに生存者とゾンビが近い近距離戦なので混乱に陥っている様子だ。


 そもそも銃は当たり前の事だが遠くの敵を撃って倒す武器である。噛まれたらほぼ即死のゾンビ相手に近付いて撃つのは素人には酷である。

 まだシャベルで倒している不良少女が成果を上げている。


(てかどんな馬鹿力だ……)


 将一も椅子で撲殺したが(序章参照)この女子生徒は一撃だ。しかも目に付いた先から次々と殺害している。

 だが彼女も体力が無限と言う訳では無いだろう。


(今はまだ持ってるがこのままじゃジリ貧だ……瞬や真田先生が助けに来てくれるまで粘るか?)


 漫画の主人公の様にクールに名案が閃けば良いのだが生憎将一はただのオタクでちょっと一般人から足を踏み外しつつあるだけの学生である。中学生が考えた完全無欠の主人公とかではない。


「将一、こんな時に悪いんだけど、もうちょっとだけ頑張ってくれない?」


「この声――まさか――」


「と言う訳で私も行くわ――」


 ツインテ―ルの小柄な女の子と、背の高い長い黒髪の女生徒が行った。

 背の高い黒髪の女性徒がまだあったらしいシャベルでゾンビを殴り倒し、ツインテ―ルの女の子を誘導している。


「ちょ、ちょっと何なの? あの二人!?」


 ゾンビとの至近距離戦に苦戦しながらもリオが素っ頓狂な声を挙げる。意識してか知らずに近くにメグミがいた。


(あいつら生きてたのか――いや、今はそれより――)


 二人の行く先。屋上の入り口の近く。そこには災害用の消化ホースが詰まってる大きなケースが壁に設置されていた。それを取り出し水の開け閉めを調節するバルブが見えて――


「その手があったか!!」


 バルブを視界に捉えた瞬間、将一は二人が何をやりたいのか理解した。入り口付近まで全力疾走し、ゾンビにドロップキックをかましてドミノ倒しの様に二体程地面に蹴り倒し、素早く体制を立て直すと入り口近くのゾンビを射殺していく。


「これを使え!! アンナ!!」


「お見事です」


 床を滑らせるようにして拳銃を黒髪の女生徒に渡す。スコップを手放し、将一の拳銃を握る。

 安全装置の確認と上面をスライドさせて、両手もちでしっかりとホールド、銃口を目線の高さで持って行く。軽く口元から空気を吐き出すと発砲を始めた。

 綺麗に整った顔立ちではあるが、白い肌と切れ長の知的な瞳、そして人形の無表情で次々とゾンビを射殺していく。あっという間に十体近くのゾンビの頭を射ち抜いた。


「うらああああああああああああ!!」


「え? 何?」


 生存者の一人だろう。短いショートヘア―の背丈が高いガラの悪い男がゾンビを蹴り倒している。

 手には何処で仕入れたのか椅子を持っていてそれで将一の近くにいたゾンビの頭をどつき潰していた。


「ボサっとすんな! 生き残れる方法があるんだろ!?」 


「あ、うん――ありがと」


 唐突な乱入者にドン引きしながらもホースを屋上の入り口の中まで誘導した。

 まだ階段からは大勢のゾンビが上がって来ている。その物量たるやゾンビの文字通りのすし詰め状態で階段が見えない状態だ。


「ユカリっ!! バルブを回せ!!」


「分かった!!」


 そうすると勢いよくホースから水が噴射された。ホースから勢いよく発射された水は階段から上るゾンビをなぎ倒して行き一部のゾンビは折り返し地点の壁の窓ガラスを突き破ってそのまま吹き飛ばされ地面へと激突して行った。幸いにも壁一面が窓ガラスだったのも幸いしたため、一体残らず外へ水の力で叩き出す事が出来た。今頃窓の下は大量の水とゾンビ五十体以上の臓物だらけでグシャグシャニなっているだろう。

 

 これからもっと増えるのであまり考えないようにした。


 屋上の掃討を終えたのか、メグミとリオの二人が駆け付ける。流石に疲れたのかぜいぜいと息を切らしていた。


「ユカリ、ストップ!!」


「分かった!!」


 将一の掛け声でユカリはホースからの水を止める。

 ホースの水が止まった後の屋上へと繋がる階段は血も臓物もゾンビも何もかも洗い流されて綺麗だった。窓が割れている以外は今日までの惨劇が嘘のようである。 


「お、終わったの?」


 恐る恐るリオが訊ねる。


「ここは任せる。俺はちょっと追い掛けに行く」


「あっちょっと!!」


 将一はリオの生死を振り切り、MP5サブマシンガンのカートリッジを変えて駆け出す。


☆  


 ホースで洗い流された事を理解した時にはもう手遅れだった。屋上から歓声が響き渡る。

 そして彼女は敗北を悟った。


(どうする!? 残りのゾンビを投入しても倒されるだけ!!)


 彼女は惨めな気持ちになった。


 まるでイジメられっ子だったと言う過去を思い出させるような。


 どうにかして打開策を思いつこうと頭髪をカリカリと掻き毟るが良い案が出ない。

 校内のゾンビ数百体近く集結させたが投入させても同じ結末を迎えるだけ。

 想定外の事態となり、頭がパニックに陥り、マトモな思考が出来なかった。


「とっ――」


 ハッとなった。

 屋上の階段から勢いよく降りて来たのは一人の少年だ。

 黒いベストにショルダーストラップで黒いマシンガンをぶら下げた、髪がややボサボサしたメガネの生徒。

 自分が最も警戒していた男子生徒だ。


「ゾンビを操る能力者――まさか本当に実在していたとはな――」


(し、しまった――)


 周囲を振り向く。

 近くには予備戦力として招集していたゾンビが至近距離にいる。それも八十体近くだ。襲う素振りもなく、呻き声を挙げながらも律儀に整列して突っ立っている。

 しかも近くには屋上の扉を爆破した空のロケット砲まで転がっている。


(これじゃ言い逃れ出来ない――)


 出番はまだ先だったが彼女は奴を呼び寄せる事にした。

 遭遇した時は死を覚悟したが能力が有効だったらしく、支配下に置く事が出来た。

 今は階段の下で待機している筈だ。


「ふふ、ふふふ」


「何がおかしい?」


「貴方は私を殺せるの? 私はゾンビじゃ――」


 瞬間、血飛沫が舞った。右肩が痛い。猛烈に痛い。死にそうに痛い。血が大量に出ている。

 その場で転げ回る。


(アイツ正気じゃない!! 普通女の子を躊躇いなく撃つ!?)


 だがこれで吹っ切れた。ゾンビ達に将一を殺せと命じ、そしてあの化け物も躊躇う事なく投入する。


「何だこの音は――ゾンビの足音じゃ――!!」


(勝った!! 少々段取りは狂ったけどこれで完全に私の勝ちよ!!)


 将一と彼女の間に割って入ったのは四足歩行の大きな緑色のトカゲの化け物だった。

 長い舌を伸ばし、腹が減ってるのかゾンビに齧り付き、租借し始める。硬い物を噛み砕く音が聞こえる。

 将一は呆然とその光景を眺めていた。



 確かにゾンビを操る能力者はいた。

 黒髪のセミロングヘア―で両目が紅い瞳の女子生徒。

 名前は分からないが知りたければ後で調べれば分かる事だろう。だがこいつは生かしてはおけないと思って止めを刺そうと思った。


 しかし、それに待ったを掛けるようにして化け物が現れた。


 体育倉庫前での初めての激闘の時、ミーミルの警備職員の言葉を思い出す。


(ミーミルが襲撃されてゾンビで溢れ返った時、ゾンビ以外の何かを目撃した。生体兵器なのか突然変異なのかは分からないが化け物はゾンビだけじゃない。気を付けろよ)


 眼前の化け物は明らかにその生態兵器の類だ。

 少なくとも犬のように軽快に四足歩行してゾンビを平然と食らい、二m以上――立てば二m半は超えるかも知れない生物など将一は知らない。


 知らぬ間にあの女も消えている。

 出血多量なり炎症なりでくたばっていて欲しいが――今はこの眼前の化け物をどうするかだ。

 逃げる事も考えたが、足が震え、心臓の鼓動が早くなり、頭に上手く血が通っていないような感覚、アレだけゾンビをぶっ殺したり異常者と至近距離で銃撃戦を経験したのにも関わらず呆然としていた。


 トカゲの化け物は鳴き声を上げる。


 そして――飛び掛かって来た。

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