第十七話「心堂 昴」


 学生寮はゾンビに囲まれているが満遍なく囲まれているわけではない。

 ゾンビの密度が薄い部分がある。

 それは学生寮の裏側。トラックの搬入口。

 食堂と同じく、食事の材料や生活必需品、学生寮のゴミを運搬したりする業者の為の入り口である。


 まだ夜が明けきらない早朝に将一はそこで瞬、そして如月 純夏と顔合わせをしていた。

 制服の上に弾薬などが詰まったベストに銃器、リュックサックと完全装備である。


「行くのか?」


「ええ。如月さんは寮の皆さんを頼みます。で、いいんですか?」


「何が?」


 唐突に瞬は将一に話し掛ける。


「いや、四人を置いてきて?」


 四人とは学生寮に付いて来た、真清、メグミ、リオ、梨子の事である。


「ただの役割分担だ――それにあんまり大人数で行くと――」


「迷惑なのかしら?」


 と真清が背後から語りかける。


「ゲェ!?」


 唐突に真清達が現れた。

 全員フル武装である。

 しかも全員何故か顔が赤い。


「も~ずるいよ!! 私達を置いて行くなんて!」


「昨日言ったでしょ? アンタに付いていくって」


 他の二人も不満を語るが何故だか表情は嬉しそうだった。

 リオだけはハァとメグミの後ろで頭を抱えている。


「どうするんだ?」


「はあ・・・・・・」


 如月 純夏の言う通りだ。

 ピクニックじゃあるまいし、ゾロゾロと大人数で行動するのはメリットが少ない。

 基本ゾンビとの戦いは最小限に抑えるのがなんぼだ。

 大人数で行動するとゾンビとの遭遇率も上がるし、他のメンバーへの気遣いが必要になるため負担が大きくなる。 


 少しばかり計画を練り直すことにした。




 部隊編成は隊長を決めて行う事にした。


 加々美 瞬を手伝うのは真清。


 如月 純夏を手伝うのはメグミとリオ。 


 将一を手伝うのは梨子になった。


 加々美 瞬は車両の調達。


 如月 純夏は寮の防衛や纏め役。


 荒木 将一は一旦学生寮に戻り、真田先生に今迄の事やこれからの指示を仰ぐ事になった。


(さてと――作戦が始まったな――)


 糸で釣り下げた音楽プレーヤーを使い、装甲車で塞いだ正面玄関にゾンビ達を誘導。

 ある程度の時間が経ったら手薄になった後ろから出る手筈だ。


「幸運を祈る」    


 純夏の一言と共にシャッターが開かれた。

 ゾンビが現れたが数は少ない。

 純夏と瞬が頭を打ち抜いて一気に掃討する。

 そして抜け出した。


 途中までは瞬のグループと一緒だ。


「校舎の周りも随分多くなったわね」


「これじゃ脱出しようにも脱出出来ないな――」


 真清の言う通り、校舎の周りもゾンビが集っている。

 ある程度掃討する必要があるかも知れない。

 ともかくサプレッサーのメインウェポン(主にアサルトライフル)で進路の邪魔になっている最低限のゾンビを倒していく。


「ともかく格納庫に向かいましょう。そこにならまだ車両があります」


「分かった」


 段取りを変えて車両を入手する事にした。


☆ 


 駐車場まで辿り着いた。

 地下へのゲートを開けてそのまま乗り込む。

 真清と梨子は驚いていたが今はその時ではない。


「車両はどれにする? また装甲車か?」


「ええ、今度はストライカー装甲車にしましょう」


「今度はアメリカ製か――」


 前回のは自衛隊の96式装甲車。

 今回はアメリカ軍の正式採用されている現役の装甲車だ。


(しかし何でもあるなこの格納庫・・・・・・)


 整備性とかまるで考えてない。

 共食い整備とかは期待しない方が良さそうだ。 

 今回も銃座が付いてるタイプである。


「どうしてアメリカ製なんだ?」


「え? ダメですか?」


「いや、君の判断に任せる――」


 野暮な事は聞かないで置いた。

 もしかして動かしたいだけだとしても死ぬかもしれないのだ。

 これぐらい大目に見ようと将一は思った。


『へえ――こんな所にも格納庫があったなんてね』


「この声――心堂 昴よ!!」


 駆動音と共に梨子が真っ先に反応した。


 現れたの全高4m程度の白い四足のロボットだ。大分前にテレビとかで紹介された奴に似ている。足に付いたローラーで移動するようだ。

 右腕にガトリングガン、左腕にシールド、右肩に大砲、左肩にミサイルランチャーまで背負っていた。

 しかもご丁寧に後ろからゾンビまで連れて来ている。


「この学園あんな物まであるの!?」


「たぶん他にも格納庫があってそっから引っ張り出して来たんだろう」


 周りを見て将一はそう言った。

 そうとしか考えられなかった。

 学生寮の戦いの時、心堂 昴は戦車や軍用車両まで引っ張り出したが車両の数が減ってないのだ。


『学生寮の連中を殺したかったけど、ふと君達を遠くからつけてたんだ――そしたらここに来たんだよ』


 そう言って右腕のガトリング砲を構える。


「お前が心堂 昴か? 顔ぐらい見せろよ?」


 因縁の相手だ。特に昨日は随分手下にお世話になった。

 将一は顔の一つぐらい見ておきたかった。


『その瞬間を狙って撃つ腹だろう?』


 もっともだなと将一は思った。


 そうこうしているウチにゾンビが大量に寄ってくる。

 だが両者とも動じない。


「食堂の連中も体育館の連中も学生寮に居合わせた連中も全員死んだ。まだいたとしてももうほぼ残っちゃいねえだろ。それなのにまだやるつもりか?」


『そうか。お前が全員殺したのか――』


「中々集音性良いな――ああ、殺したよ」


『お前が俺の邪魔をしたのか?』


「ああ、させて貰った。邪魔だったんでな。で、お前何しに来たんだ? 玩具の自慢でもしに来たのか?」


『ふざけるな!! 俺が学園を支配して、自爆装置も解除して、政府が体制を立て直して救助を待てば――なのにお前は!!』


 何を言ってるんだ此奴は皆が思った。

 チンピラを使って銃口突きつけて世紀末の悪党よろしく好き放題してたのにまるで正義の味方気取りだ。


「アイツに何を言っても無駄よ。アイツはそう言う奴よ」


「私も梨子に同感――だけどあのロボットに勝てるの?」


「将一さんはどうします?」


「戦うしか無いだろう――」


 そうして将一はグレネードのピンを抜いて投げた。

 昴は慌ててガトリングガンを乱射しながらゾンビを引き倒しつつ、ロボットを後方に下がらせる。

 そして爆発が起きてゾンビ達が吹き飛ぶ。


 これが開始の合図だった。



 心堂 昴は端正な顔立ちを歪め切っていた。


 心の中で復讐の炎が燃え上がり、別の格納庫で偶然見つけたこのロボットを引っ張り出した。

 学生寮や校舎の連中を殺してやろうと思ったが支配者は支配する人間がいて成り立つ物だ。だから精神的支柱となっている連中を殺して支配する事を選んだ。

 その支柱となっている人間の判別の仕方は簡単で『ゾンビと戦ってないかそうでないか』で判別できる。


 正直この戦いは楽に決着が付くと思っていた。

 だが甘かった。


『ちっ――』


 爆炎の煙で視界が塞がれて何処にいるか分からない。銃弾が当たる音がする。

 ビクともしないがさっさと攻撃しておけば良かったと思う。


 しかしミサイルはハッチを開けなければならないし、ガトリングガンは発射するまで少々の時間を要する、キャノン砲は機体を固定しないとマトモに当たらないのでどの道先制攻撃は上手く行かなかっただろう事は昴は知る由も無かった。


『何処だ!? 何処にいる!?』


 自分が呼び込んだゾンビ諸共掃討するようにガトリングガンを乱射する。

 しかし、直ぐに銃身加熱を防ぐためのリミッターが作動する。

 しかも軍用車両は相応の対弾性がある上にこのガトリングガンの口径は12.7mmではなく、5.56mmであり、継続戦闘能力や機体のバランス、ガトリングガンに冷却装置を搭載する兼ね合いでこの口径になったのである。

 5.56mm弾では普通の乗用車は貫けても軍用車の装甲を抜く事は出来ず、将一達は車両を盾に無事にやり過ごす事が出来た。


 やがて煙が晴れてくる。


『クソっ!? 頭部のカメラを狙って!?』


 眼前のモニターにノイズが走る。

 瞬のXM-8の射撃である。

 口径は5.56mmだが頭部の比較的脆いセンサー類にダメージを与えるには十分だった。

 ちなみに軍用銃の有効射程距離は意外と長く、おおよそ五百m以上ある。

 一般人ならともかく瞬の腕なら狙いを付ける時間さえあれば当てる事が出来た。


『なに!?』


 そして将一達はその隙を逃さなかった。

 足下が爆発する。

 何時の間にか将一は近くに接近してグレネードを投げ込んだのである。

 目的は前の右足だ。上手い具合に足の後ろ側に直撃。

 バランスが崩れて擱座する。


 種類にもよるが、グレネードは爆発で殺傷する兵器では無く、爆発による衝撃やグレネード自体の破片などで敵を殺害する兵器である。

 装甲の破壊は出来なかったが爆発による衝撃までは殺せず、内部メカにダメージが与えたのだ。


 これがロボット兵器の弱点である。

 ロボット兵器と言うのはどうしても足に負担が掛かる。歩行させる事自体困難にも関わらず、様々な障害物が存在するであろう戦場で運用するには無理があるのである。

 更に戦場で運用する為に装甲を厚くする必要があるため重量が増し、更に武装を搭載すると当然重さは増え、さらに足へ負担が掛かる。

 宇宙空間で精錬された特殊な軽量で頑丈な合金とかで作らない限り、ロボット兵器を戦場で運用するのは難しいのだ。 


『次から次へと――』


 まだ戦いが始まってから三分も経過していない。

 加速度的に状況が悪くなる一方だ。

 コンピューターは優秀らしく、ダメージチェックを行ってバランスの立て直しする為の計算を行っているが、こちらが態勢を立て直すまで相手が黙っているとは思えなかった。


『後ろから!?』


 アラートが鳴り響く。

 慌てて振り向くと戦車の上に立って、此方に銃撃を加えて来た。


『舐めるな!!』


 狙いを定めてガトリングガンを発射。

 それを見て次々と隣の車両に飛び移りつつ銃撃を加えてくる。

 ダメージは無いが一方的に攻撃を受けると言うのは気分が良い物ではない。

 大量の弾丸が将一の後を追う。

 しかし将一を捉えきれなかった。


『何なんだあのメガネ!? 普通じゃ無いぞ!?』


 先程の先制攻撃すると言い、度胸といい、逃げ足といい、昴は将一の異常性を感じ取った。


『あいつら!? 戦車を――』


 ふと戦車が動き始めていたのに気付く。

 一緒に居た他の三人が動かしたのだろう。

 そうはさせるかとミサイルのハッチを開く。

 昴でも戦車砲の直撃を受けたら不味いのは分かっていた。


『またあのメガネか!?』


 しかし将一がゾンビに回し蹴りを決めつつ、ミサイルのハッチ目掛けて銃を乱射して来た。

 コンピューターが緊急排除を判断し、ミサイルのコンテナを取り外す。

 咄嗟の判断で離れる――と、同時に大爆発を起こす。


『ガハっ!?』


 衝撃でモニターにノイズが走り、衝撃が昴の体を襲う。


「昴うううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!」


 ヘッドフォンの様なイアープロテクターを付けた梨子が鬼の様な形相で戦車の上部ハッチに備え付けられた12.7mmの銃座に座り、周囲のゾンビ諸共消し飛ばす様に銃撃してくる。軽く血の霧が上がっていた。どうやレイプされた恨みは忘れていなかったようだ。

 加速度的にロボットにダメージが蓄積されていく。奇跡的に左腕部のシールドを向けてどうにか防いでいる状態だ。


『あの時の女か!!』


 態勢を立て直すと同時に回避機動を取る。

 そして戦車の砲弾が発射される。

 格納庫入り口付近のゾンビは消し炭になった。


『まだだ! まだ終わらん!』


 背中のキャノン砲を乱射しながら戦車に突っ込む。

 本来は機体を固定して発射する物なので命中率は期待できないが牽制程度になる。


『至近距離で当て続ければ!!』


 砲身に定まらないように戦車に組み付き、肩のキャノン砲を至近距離で当てようとするが戦車が急発進を始めた。

 そのまま押し出されていく。どうやらパワーでも負けているようだ。

 ゾンビを挽き潰しながら格納庫の外へ外へと押し出されていく。


『舐めるな!!』


「うわぁあああああああああああ!!」


 どうにか砲身を定めようとするが、梨子がロボットの顔面目掛けて銃座の重機関銃を発射。

 至近距離なので外しようがない。

 モニターが真っ黒になり、サブモニターに切り替わる。

 その時には既に坂道を駆け上がり、格納庫の外へと叩き出された。


『しまっ!?』


 咄嗟に左のシールドを構える。

 戦車砲が直撃。

 防ぐ事に成功するがあまりの衝撃で吹き飛ばされる。

 ここに来て撤退を選択した。


 全ての火器が安全装置が働いて使用不可能になっている。

 昴はコンピューターの知識には詳しくないので解除しようとは思わなかった。

 だがこれは幸いな事だったろう。

 近代の軍事兵器と言うのはタフなイメージに反して総じてデリケートな物であり、強引に使用していたら暴発して昴はあの世行きする可能性があった。

 今回が運が良かったと言うべきだ。


「はあ・・・・・・はあ・・・・・・あの野郎、逃げやがったの――」


「落ち着いて梨子。まだチャンスはあるわ」


「そうね――」


 車内から真清に諭されて梨子は大きく深呼吸した。


「まずはコイツらを片付けないとね」


 梨子は周りを見やる。

 ゾンビの大群が此方に向かって来ていたのだ。

 躊躇いなく梨子は重機関銃をぶっ放す。



 撤退途中、ロボットは機能停止し、心堂 昴は爆薬が仕込まれたボルトを起動させて、ハッチは吹き飛ばして外に出た。

 遠くから凄まじい銃声音が響いている。恐らく自分が連れ込んだゾンビと戦っている音だろうと思った。

 正直、クソの役にも立たなかった。


 こんな筈では――


 どうしてこうなった――


 自分が思い描いたプランとは真逆な状況ではあるがまだ手はある。

 顔を怒りで歪ませながら目的地へと向かう。



 将一が格納庫の外に出た時には凄い状況になっていた。

 そこら中にゾンビだった物が散乱している。 

 戦車砲も使っただろう(恐らく弾は対人榴弾)、消し炭になった人体のパーツも辺りに散乱していた。

 これだけ轟音を響かせたら校舎も大騒ぎになっているだろう。

 一通り片付いたのかシーンと静まり帰っていた。

 念のため、トカゲの化け物や植物人などのクリーチャーを警戒したがそれも出る気配が無かった。


 戦車から瞬や真清、梨子達が出て来る。


「格納庫の状況はどうですか?」


「目に見える範囲のゾンビは粗方片付けた。そっちは?」


「取り合えず全部片付けました。ですが新しいゾンビが来るのも時間の問題でしょう」


「まあこんだけ派手にやればな――」


「グォオオオオオオオオオオオオ大オオオオオオオオオオ!!」


 すると咆哮が響いた。

 明からに人間が出せるものではない。


「新手らしいぜ――アレ人間か? ゲームで見た事あるんだけど?」


 背丈は二mを超えている。

 鋼鉄製のバケツの様なヘルメット。

 特注と思われる黒いコートを着ている。足は頑丈そうなブーツを履いていた。

 ガトリングガンと四角い箱状のロケットランチャーを手に持ち、 背中には手に自分の身の桁以上の巨大な斧を背負っている。

 それがゆっくりと此方に近づいて来つつ、此方にロケットランチャーをぶっ放した。

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