第十六話「それはきっと大切な時間だから」

 やっぱり疲れが溜まっていたらしい。

 気が付いたら夜になっていた。

 ご丁寧に机の上にはサランラップで巻かれた夕食と書き置きの手紙が置かれている。


(明日で勝負か・・・・・・)


 ここに至るまで数ヶ月間戦っていた気がする。

 それだけの濃密な体験だった。

 これから先、何が待ち受けるか想像も付かない。


 あのトカゲの化け物や植物の化け物以上の奴も現れるだろう。


 そして木下やまだ対面した事がない心堂 昴も。


 全ては明日でケリを付ける事になる気がした。


 スマフォで日記を打ち終えて将一は夜風に浴びる事にした。


 念の為ある程度の武器を携帯しておく。



 夜風に当たりたくて屋上に出たらバッタリと瞬に遭遇した。

 瞬とはよく屋上で出会う気がする。


「よく眠れましたか」


「ああ――」


「そうですか」


「悪いな、守りとか任せて」


「上司もいましたからね。楽なもんでしたよ」


「上司――そういえば出会ったけど、名前は聞いてなかったな」


 そう言えば聞きそびれていたので訪ねてみた。


「如月 純夏(きさらぎ すみか)です。如月さんで良いかと」


「OK、覚えた」


 ふうと屋上を眺める。

 屋上は基本出入りは禁止されているらしい。

 柵もフェンスも無いのだから業者以外は立ち入り禁止だろう。

 あんまり外側には近づかないように意識を向ける。

 日が落ちた今なら尚更だ。


「明日、乗り込むんですね?」


「ああ」


 そう言って特別校舎の方へ向く。

 遠くにあるが明かりは灯っている。

 そして大量のゾンビ達も。

 それを言うなら自分達の建物周辺もであるが。


 一連の銃撃戦でゾンビを呼び寄せてしまったらしい。


 誰かが寝ずの番をやる事になりそうだ。


「まあ少数でここから脱出する事事態は力業で幾らでもどうにかなるでしょう。問題はその後の段取りです。装甲車か戦車で突っ込むのは確定として――」


「取り合えず真田先生や如月さんの力を借りたい。最悪、力業での学園の脱出も考えないと行けないぞ」


「そうですね――防衛設備がどうなっているのか分からない以上、壁を破壊するのは避けたいですがそうも言ってられませんね。最悪ゾンビの流出口に逃げ込むのも手だと思いますよ」


「ゾンビの流出口・・・・・・特別校舎の近くにあるって言う奴か。爆発の範囲から逃れられるのか?」


「少なくとも最後のプランとしては――流出口にあるミーミルの施設は既に機能停止しています、一時的に爆発から逃れる事を考えれば悪いプランでは無いと思いますよ」


「分かった」


 風が吹いた。

 お互い少しの沈黙。

 そして瞬が口を開いた。


「・・・・・・降りるなら今ですよ? 将一君」


「逆に聞くが降りてどうすんだ? この世界――もうゾンビだらけなんだろ?」


「ええ」


「まるでウォーキングなんちゃらの世界だな。町は紛争地帯みたいになってるし。たぶんゾンビも大量にいる。逃げてどうするんだ? ゾンビの居ない楽園でも見つける旅でも始めればいいのか?」


「それは――」


 将一の言わんとしている事は分かる。

 政府機関がマトモに働いているかどうかも分からないこの状況下で。

 死者が蠢くこの世界に逃げ場なんてあるのだろうか?


「確かにやり残した事があるんだ――この学園でもこの世界でもな。それを見つける為にも降りるわけには行かないんだ」 


「そうですか」


「ああ――」



 瞬との話しは終わった。

 次は何処に向かおうかと思いつつ、エントランスホールに向かったが流石に人は居なかった。

 いたとしても遺体が布に掛けられているだけだ。

 これも処理しなければならないだろう。

 それよりも装甲車を挟んでゾンビ達が進入しようと力尽くで装甲車を押しているのが分かる。だが普通の乗用車ならともかく軍用車両だ。それも玄関に引っかかる様に配置している。更にはテーブルなどで築いたバリケードで防備してある。力尽くの突破は無理だ。


 万が一突破されても重機関銃や据え置き式のグレネードランチャーが多数配備されている。如月さん辺りが考えたのだろう。

 これなら進入されてもバラバラのミンチに出来る。マトモに扱えればの話だが。


 取り合えず見るべき物は見たので場所を移動する。

 この学生寮は先にも語った通り左右に分かれて男女が暮らしている。

 右側が男、左側は女と言う風にだ。トイレや銭湯とは逆だ。


「あ、将一さん! 本当に生きてたんですか!?」


「うん。慎治か?」


 何か懐かしい顔に出会った。

 てか生きてたのかと嬉しさよりも驚きが勝った城戸 慎治。

 同じ文芸部の部員で特撮やらアメコミの知識に詳しい。

 後、何か体鍛えるのが趣味らしい。何かの特撮の影響だろう。そのせいか結構体が引き締まっている。


「うわ~他の部員も無事ですか?」


「ああ、まあな――宮里先生に瞬やアンナ、ユカリもいる。最後にユカリ見た時はこの状況下でゾンビゲーやってたぞ。闇の使徒の奴は分からんが、たぶん部屋に引き籠もってエアコンガンガン付けて堪え忍んでんだろう」


「そうですか――俺は徹夜で特撮物の全話完走して・・・・・・それで疲れてサボってたら何時の間にかこんな事態になっていて――」 


「運が良いなお前・・・・・・」


 らしいっちゃらしい。

 こっちはドンパチしてて感覚が狂っていたと言うのに。

 何だか「自分はとてつもなく運が悪いのでは無いか?」と将一は感じた。


「部長は?」


「部長は――その――」


「そうか――」


 表情とその口振りで全てを察した。


「あの――」


「こんな状況で率先して死んだ人間も生きている人間も殺して来たからな――」


「・・・・・・その」


「なんだ?」


「何か勘違いしているみたいですけど生きてます」


「・・・・・・あのグルグルメガネ? 沙織・バジーナのパチモンが?」


「はい。生きてます――会いますか?」


「いや、止めとく。明日大切な日なんだ。徹夜でゾンビ映画見せられるに決まってる。てかなんでウチの部員バイタリティ高いんだ・・・・・・ご都合主義にも程があんぞ」


「あ、自分ロメロの映画見せられました。今日は二十八日後とか二十八週後見るとか言ってました」


「あの部長どんだけ神経が太いんだ!?」


 どれもこれもゾンビ物映画である。学生寮の周りもゾンビだらけだと言うのに。物凄い図太い神経である。


「最初の騒ぎの時もとても銃を使い馴れてて正直ドン引きましたよ――何かPMCで銃の扱い方をマスターしたとか何とか――」


「俺軽く聞き流してたけど本当だったんだなそれ――」


 PMCで訓練受けた云々など、創作物でチートキャラ作りの為の使い古された設定である。

 冗談半分に聞き流していたがまさか本当だったとは将一も思いもよらなかった。


「はい。アンナさんももしかして」


「ああ、銃の使い方メチャクチャ上手かったぞあの人。突然銃渡したら躊躇いなくノーミスで連続ヘッドショット決めていったもん。俺以上に屍築いてるって言ったら俺は信じるぜ」


 屋上の一件を思い出しつつ将一は話した。

 今になって部長共々アンナも連れて行こうかなと迷い始めた。

 何かこう、死ぬシーンが思いつかないからだ。(さっきアッサリと部長の死を受け容れといて酷い言い草である)


「だけど将一さんも人間辞め始めてるって聞きましたよ? 銃があるとは言え、あのトカゲの化け物相手に至近距離から拳銃でヘッドショット決めるとかどう言う神経してんですか?」


「あ――うん、そうかな?」


「他にもゾンビに蹴りをかました後にヘッドショット決めたとか――」


「そんな事もあったかな?」(確か屋上の時だったか?)


「他にも武装勢力を殆ど排除したとか――」


「そりゃ瞬とかの手柄だな」


「そう言えば瞬さん何者なんですか?」


 ふと思い出したように訪ねてくる。


「さあな。ミーミルを調査する為に送り込まれたスパイとかだろ。何にせよ今の状況下では貴重な戦力だ」


「そうですか。まあ生存者同士で仲間割れしている場合じゃないですしね」


「あ、ああ」


「どうかしたんですか?」


「ちょっとな」


「?」


 今迄に起きた一連の出来事を思い出す。

 本当にどうして生存者同士で本気の殺し合いをする羽目になったのかと今更悲しくなってきた。


「これからどうするんですか?」


「部屋に戻ってゆっくりするわ――まだちょっと寝たり無い」


「そうですか――」


 そう言って俺は別れを告げた。



「で? 今度はお前か梨子」


「うん――悪い? あ、一応真清とメグミにも話通してあるから」


 部屋に戻るとメグミが黒の色っぽい下着姿で部屋で寛いでいた。

 本棚に置いてあったラノベを見ている。


「何考えてんだあいつら――」


「ほら、私だってレイプされた状態で死にたくないし・・・・・・ね?」


「その口振りだと自爆装置の事は聞いてるんだな?」


「もちろん。本当は他の子も誘いたかったんだけど――」


「待て、他の子って食堂に一緒にいた面々か?」


「そうに決まってるじゃない? 一人より数人が嬉しいでしょ?」


「俺を何だと思ってるんだ・・・・・・」


 ムードもクソも無かった。

 思わず頭を抱える。


「私じゃ不満?」


「分かった! 分かったから銃を向けるな!」


 笑みを浮かべながら銃を向けて来た。

 正直冗談でも心臓に悪い。死因がSEXするのに脅された挙げ句、冗談半分で銃で射殺されたとか嫌すぎる。


「んで、その・・・・・・真剣な話、セックスするの嫌?」


「そりゃまあしたいけど、誰彼構わずやるのは――既に二人やっておいて何だけど・・・・・・てか今度顔を合わした時どう接すればいいんだ?」


「国家として独立して一夫多妻制にすればいいって言ってたわよ」


「俺あの二人の頭の中でどんなキャラクターになってるんだ・・・・・・」


 一度その辺り真剣に問いただしといた方がいいかな? と思った。


「その、セックスする時優しいって聞いたし――」


「真清にもメグミにも聞いたけど遂先日まで赤の他人に抱かれていいのか?」


「うん。将一なら良いって思ってる」


「あんだけ残虐な殺し方披露しておいて?」


「もうしつこいわよ」


「うぉ!?」


 梨子は手を引っ張ってベッドに引き寄せてきた。

 傍目から見れば将一が下着姿の梨子を押し倒してキスしたみたいになっている。

 離れようとしたが梨子は積極的に頭に手を回して押しつけ。舌を将一の口の中に入れて積極的に絡めてくる。 

 解放されたのは少し経った後からだ。


「何だかんだで正直なんだから♪」


「それは――てか泣いてるのか?」


「え?」


 笑いながら涙を流していた。

 その事に気が付いて「あれ、あれ?」と取り乱した様子を見せた。


「あれ? どうしてだろ? 私? あれ? あれ?」


「・・・・・・」


 そういえば陵辱されてたんだったなと今更思い出した。

 それも昨日、今日の話で今迄平然としてたのがおかしかったのだ。

 その場にへたり込んで、梨子は子供の様に泣き始めた。 

 じっとそれを眺めていた。


「待たせてごめん」


「あ、ああ・・・・・・」


「その、私どうなるか分からないから、何があっても無理矢理にでも犯して――」 


「分かった」


「何も言わないの?」


「聞いて欲しいのか?」


「ごめん」


「謝るな」


「あっ」


 再びお互いの体を抱きしめ合って、立ったままキスをした。

 今の梨子の気持ちは将一には分からない。

 口で説明できたとしても「たぶんとても複雑な気持ち」ぐらいにしか言えない。

 お互いの吐息、肌の感触、体温――何時の間にか将一は全ての衣服を梨子に剥ぎ取られていた。

 そしてベッドに押し倒される。


「もう私は本番でもいいよ? てかして。もう我慢できないの――好きにメチャクチャにして・・・・・・」


「分かった」


「いいのか? とかは言わないんだね?」


「ここまでしておいてもう今更だろう」


「もう三股なんてサイテ―だよ♪」


「そんな嬉しそうに涙で顔ぐしゃぐしゃにしながら言う台詞じゃないよな」


 今の梨子はとても嬉しそうな泣き顔だった。

 ベッドに寝転がり、両腕を広げて抱きしめようと将一を待ち構えていた。



 お互い激しく体を交わり、二人は息も絶え耐えにベッドの上に産まれたままの姿で倒れ込む。


「セックスって・・・・・・こんなに気持ちよかったんだ・・・・・・」


「そか」


「ねえ、私の顔――今どうなってる?」


 そう言っておそるおそる梨子は顔を見せる。

 まるで辛い事から解放されたような、やり遂げた顔をしていた。

 涙や鼻水でグシャグシャになっているが、必死に作った笑みや幸せそうな瞳は生涯忘れないだろう。


「綺麗な顔だよ」


「嘘つき♪」


「ごめん」


「いいわ」


 彼女は軽く顔を腕で拭う。 


「約束する」


「約束?」


「私やっぱり将一が好き。皆に捨てられても、真清やメグミに捨てられても私は絶対捨てない。貴方が死んだら私も死ぬわ――」


 と微笑みながら言われた。

 将一はキスで再び接吻で返した。 

 梨子の涙や鼻水の感触が肌に伝わる。

 汚いとは思わなかった。



 その後、梨子はとても名残惜しそうに部屋から去って行った。


「ある程度片付けたら何時でもしてあげるから」


 と言い残して。


 彼女の言葉が頭の中で繰り返される。

 嘘なんてない。本当に実行しかねない。

 どうしようかともどうする事も出来ない。 


 真清が言ったように未来は誰にも分からないのだ。

 プラスになるかマイナスになるかは神でもないと見通せない。 


 ベッドに横になりながら将一はあれこれ色々と考えたが流石に一日二回はキツかった。

 再び将一は眠りに付く。


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