1-3 SCAR FACE
ゴミ缶を蹴り倒し、ガス管が巻き付く壁と壁の間をすり抜け、フェンスを潜ったりとあくせくしつつも、伊原は全力の逃走を続けた。
複雑に入り組んだ練馬区の裏路地。そのさらに奥へと逃げ込んでいく。
やがて、ぽっかりとした小さな更地があるのを偶然にも見つけた。
周囲を振り見て人の気配がないのを確認。肩に担いでいた琴美を――移動時の衝撃で気を失っている――更地の端に寝かせた。
更地の周辺では、古臭いコンクリートの壁に守られたビジネスホテルやラブホテルが、背比べをするようにひしめきあっていた。
ホテルの屋上あたりから、恫喝じみた鳴き声が断続的に轟く。
ふと見れば、虹色の翼を大きく広げた
肩で荒く息を吐きながら、伊原は両膝に手をついた。ただでさえ血色の悪い相貌が汗にまみれて、さながら幽鬼めいてしまっていた。
そんなデメリットを知っていながら、最後の最後で金を掛けることを惜しんだ自分の弱さに、伊原はほとほと呆れた。
思えば、真っ当な判断ではなかった。闇市場で取り扱われる粗悪な
しかし、そのことに今更気が付いたところで……
「(そうだ)」
気を失って横たわる琴美の姿を目の端で確認した時だった。伊原の悪知恵が囁いた。
咄嗟に人質として連れ去った少女の、建設的且つ有効的な使い方を思いついたのだ。
「(売っちまおう、この子を)」
面食いの伊原から見ても、琴美はかなりの上玉だ。
新鮮な野菜や肉がこの街でも好まれるように、女は若ければ若いほど金になる。アングラの世界では特にそうだ。そこで得た金を元手に、今度こそサイボーグ化手術を受けよう。余った金は、再起の為の資金に使おう。
「(ここにはもう居られねぇ。新しく構えるとすりゃあ、やっぱり歌舞伎町か)」
姦悪と強欲に支配された町のことを思い出しながら、さっそく事に取り掛かろうと琴美を担ぎかけたところで、動きが止まった。
伊原の濁った瞳が大きく見開かれ、琴美の右手の人差し指に自然と引き寄せられた。
「しまった……」
真鍮製の指輪――《来訪端末》。
伊原の全身から、またもや大量の汗が噴き出した。
逃げるのに精いっぱいで、指輪の存在に気が付かなかった。いや、この少女が来訪者であることすら、今の今まで失念していた。
逃げ切ってなどいなかった。まだ追跡されている――慌てて指から《来訪端末》を取り外そうとした時だった。
今まで聞こえていたはずの怪鳥の鳴き声が、急に止んだ。
次いで、慌ただしく飛び立つ群れの羽音が、頭上から落ちる。
「そんな薄汚れた手で女の子の指に触るなんて、紳士的じゃないなぁ」
伊原の頭上から、
端末を外そうとした手が止まり、反射的に上空を振り仰ぐと、伊原は思わず目を見張った。
五階建ての安っぽいラブホテル。その屋上の縁に腰かける、一人の男の姿を見た。
両足を宙でぶらぶらと揺らすその男は、鮮やかな黄色のロングコートを羽織っていた。コートのボタンは留めておらず、裾が風を浴びてひらひらとそよいでいる。
男の表情はここからでは伺えず、それが一層のこと、伊原にしてみれば不気味に思えてしかたない。
男が、急に何を思ったか、一息に宙を飛んだ。
五階から地上へ。地面に放射状の亀裂を刻ませて着地してから、平然とした足取りで伊原へと近寄る。
五点着地ではない、只の着地。それも十五メートル近い高さからの。
誰がどう見ても、常人の為せる技ではなかった。全身をサイボーグ化しているなら話は別であろうが。
「お前……」
伊原の顔に、狼狽と恐怖の感情が一気に滲み出た。
実に若い男だった。肌の色合いから見て、年齢は高く見積もっても二十歳程度といったところ。短髪は銀色に輝いて、肌は適度に日焼けして浅黒い。コートの内側に着込んだ薄手のパワード・ウェアによって、百八十センチはある筋肉質な長身が引き締められていた。
タフネスさを感じさせる風貌だった。加えて、男の両眼の奥が、まるで月夜に照らされた湖面のごとく、蒼に朧げに光っている。
男は、一目見ただけで武器と分かる代物を手にはしていなかった。代わりに、前腕部から両拳までを分厚い鋼で覆っている。
瑞々しくも重厚感を匂わせる、暗黒色のガントレット。指の関節可動部を見ただけで、精巧な造りであると分かる。相当の業師が製作したものと見て良かった。
「灯台下暗しとは良く言ったもんだ。まさかこっちに出戻っていたとは。俺もうっかりしていた」
「……
「なんだ。知ってるのか」
「練馬でてめぇを知らねぇ奴なんて、
一目見てヤクザと勘違いされること受け合いの悪人面。
左眉から鼻と唇を突っ切って顎に向かって斜めに縦断した疵痕が、その二つ名の由来だった。
伊原にしてみれば、悪夢に次ぐ悪夢である。散々という言葉では済まされない一日だ。
機関員に追いつめられた挙句、練馬区内でも腕利きと知られる
「まさか機関と組んでいやがったのか? 俺をしょっ引くために」
「何を訳の分からないことを」
男が鼻で笑った。
職種上、万屋と
「俺は俺の仕事を完遂する上で、お前に用があるんだよ」
言った直後だった。男がコートを翻らせて地を蹴り、
轟、と音を立てて飛来する拳。辛うじて視認こそすれ、躱すのは不可能だった。
腹に冷たい鋼がめり込んだと感覚した刹那には、伊原の体は後方へ勢いよく吹っ飛び、分厚い壁に背を強く打ち付けていた。背骨が軋んで、おかしな声が漏れた。
男が放った拳技の正体は、中国武術の核――
生まれて直ぐの頃に仕込まれた、運動量を無駄なく伝達するための徒手空拳術である。
本気になれば、男が駆使する発頸は豆腐を砕くように巨岩をも砕くのを可能とする。しかし、この状況下で出力は敢えて抑えていた。人殺しが、男の目的ではないからだ。
「い、いきなり何しやがる……」
痺れるような痛み。伊原の口の端から、一筋の血が垂れた。
「こうでもしなきゃ、逃げるだろ、お前」
至極平然とした口調で男は言い放った。瞳の色が蒼ではなくなって、元の薄茶色に戻っていた。
男は前かがみになると、コートのポケットから一枚の写真を取り出した。
ホロ・フォトグラフ。それを伊原の眼前に突き出してみせる。
男の指が写真の淵をなぞると、写真の中の人物が背景ごと立体的に立ち上がった。現れたのは、坊主頭に髭面が特徴的な、どこか精気の抜けた雰囲気のある若造だった。
「聞きたいことがある。この男に見覚えは?」
やや語気を強めて、
「……ねぇよ」
直後、男が伊原の頬をぶん殴った。鼻血が吹き出して、伊原の顎を遠慮なく伝っていく。
「この男に見覚えは?」
「だから、ねぇよ――」
またもや拳が飛んだ。今度はさっきよりも強烈だ。
「この男に――」
「わ、わかった! 話すよ!」
これ以上、痛みを我慢するのは限界だった。薬物の売人は、自らの誇りすらも簡単に売る。そうして、伊原の安い意地は男の冷たい暴力の前にあっけなく折れたが、
「ぶっ!?」
男は伊原を殴る手を止めなかった。
わかった、とか、話す、とか。口を割る上で無駄な前置きなど必要ないと、無言で告げていた。
殴打されながら伊原は悟った。男が真に求めているものを。
そうして気がついた時には、悲鳴を上げるかのようにして告白していた。
「三崎! 三崎健吾だ! 写真の男は三崎健吾! 俺からシガーを買った男だ! パステル・シガーを! 三週間前に!」
「間違いないな?」
「確かだ! 嘘じゃねぇ!」
ようやく、男は納得がいったように拳を下ろした。
額、鼻、切れた唇から垂れる、夥しいほどの赤い血滴。痛々しい姿に変わり果てた伊原の顔を見つめる男の瞳は、しかし僅かほども揺らいでいない。
冷徹な実直さがそこにあった。目的遂行のために、自分がどのように振舞うべきか理解している者の顔だった。
伊原の呼吸が落ち着くのを待ってから、男は話を続けた。
「二週間前のことだ。三崎健吾が自宅のアパートで亡くなった。司法解剖の結果判明した死因は、パステル・シガーの過剰摂取。区役所が発行している電子ペーパーの三面記事にちょっとだけ載ったんだが、お前、その様子だと知らないようだな」
「こっちに戻ってきたのが最近だからな。で……そ、それがどうした?」
血に濡れた唇を手の甲で拭いながら、伊原は怯えきった心の内を知られぬように、わざと面倒くさそうな表情を浮かべた。
「まさか、死んだのは俺のせいとか抜かしやがるんじゃねぇよな」
「そこについては、俺は別になんとも思わん。が、三崎健吾が死んだのはお前のせいだと言う奴がいるんだよ」
「誰だよ」
「彼の恋人さ。その人から――」
話の途中で伊原の右手が翻った。ズボンのポケットから
蹴り上げられた手首がおかしな方向に曲がり、肉がひしゃげて骨の割れる音がした。伊原の全身から滝のような汗が噴き出して、「ぐひっ……ひっ……」と、言葉にならない声が泥のように漏れた。
「反撃しようたって無駄だ。それとも、早く痛めつけて欲しくて抵抗を? だとしたらとんだマゾヒストだな。安心しな。気が済むまでやってやる」
男は前傾姿勢を止めて仁王立ちになると、潤沢に黒めいた両腕のガントレットを二三度、強く打ち鳴らした。その度にオレンジ色の火花が散って、
火花は刺すように熱かったが、それ以上に恐ろしいと感じる気持ちの方が強かった。これから己の身に起こるであろう『何か』を想像するだけで、伊原は気がおかしくなりそうだった。
「お前を徹底的に殴りつけて、両手の爪を全て剥ぎ取って欲しい。三崎健吾の供養の為に……というのが、俺が彼の
「あ、あの
開き直りともとれる恨み言を呟いた途端、すかさず頭上から拳が飛んできた。
今度はさっきと違って幾らか本気度が増しているのが、顔面を打ち抜かれた際の衝撃具合で分かった。
「そういう自分勝手な理屈じゃ、俺は納得しない。仮に納得したところで、依頼を放棄する気もない」
底冷えがしそうなその一言が、始まりの合図となった。
男は伊原を徹底に責め抜いた。左右の拳を撃ち下ろし、振り抜き、叩き込み、時に足蹴りも混ぜた。
一分と経過しないうちに、伊原のボロ雑巾じみた面構えが、ますます酷さを増していった。両の瞼と頬は腫れて内出血を起こし、前歯が折れた。耳は潰れ、鼻は左に大きく曲がり、唇の皮は全て剥かれていった。
人気の無い更地のど真ん中で、弱々しい伊原の悲鳴だけが断続的に響き渡る。
男のガントレットが伊原の肉を打ち抜き、骨を揺さぶる。そんな中にあって、暴力を行使している当の本人は、極めて冷静な面持ちでいた。
薬物を売り捌くことに生き甲斐を感じている悪党を相手に、ためらいや恐怖からは遠く離れていた。
だからと言って、自身の恵まれた力を制限なく振るえることに、涅槃的快楽を覚えている風でもない。
男の心は完璧な天秤の如く、いたって平準だった。その精神は強靭な意志の下にコントロールされていて、本来の目的を忘れることはなかった。
仕事だから暴力を振るうだけだ。
決して、殺さない程度には。
男の責めがようやく終わりを迎えた。息も絶え絶えな伊原の右手をひったくるように握ると、男は彼の爪をまじまじと見た。深爪気味で汚く、爪と指の隙間に鈍色の垢が溜まっていた。
やがて、何かを思い出したかのように男は伊原と目線を合わせると、ガントレットに包まれた親指で自身の後ろを指して、一つの質問を投げかけた。
「ところで……あそこで気を失っている女の子、誰だ?」
「知らねぇよ」
「とぼけると、また痛い目を見るぞ」
直後、伊原の指先を痛烈な衝撃が駆け抜けた。
▲
更地一体に張られた進入禁止テープが、騒ぎを聞きつけて押し寄せてきた野次馬と、現場検証に勤しむ者との区別を明確にしていた。
野次馬の喧騒をものともせず、
地面から無造作に生えた雑草のあちこちに、まだ生々しい血の痕があった。
既に伊原はヘリに収容済みだ。今は治療を受けつつ、七鞍が証言を取っているところだった。
こめかみの辺りを右手の親指で押し込み、村雨は視覚野に近辺のマップを表示させた。
半透明に浮かぶ地図は、やはり何度確認しても夜の海の如く静かで、何も映さないでいる。獅子原琴美の居場所を示す光点が消えたという事実を、彼はまだ上手く飲み込めていなかった。
いや、彼だけではない。《来訪端末》の仕組みを知る者ならば誰だって、こんな状況に直面したら、電脳に障害が発生したのだろうかと疑うはずだ。なぜなら、端末には特級のジャミング・プロテクトが仕掛けられている事実は、機関員なら誰でも知るところだからだ。
とするなら、第三者の仕業と見て間違いなかった。その者が伊原に重傷を負わせ、何らかの手段で《来訪者端末》の電波受信を無力化し、獅子原琴美が現場から姿を消したことに関わっているはずなのだ。
第三者の存在について、村雨には一つ心当たりがあった。
認めたくはないが――
プロテクト破りの手段は依然として分からないが、それが余計に、村雨の心を激しく揺さぶった。
自身の思考が及ばない手法で出し抜かれた事に、静かに怒りを覚える。その怒りは脳裡に過る第三者の影だけでなく、不甲斐ない己自身にも向けられた。
「伊原の意識が回復しましたー」
鑑識の間を潜り、
「話を聞く限り、伊原に重傷を負わせたのは、
「そうか」
村雨の渋い表情が、ますます渋くなる。ほとんど分かりきっていた答えを掲示されても、何の驚きも沸いてこない。
眉間に皺を寄せたまま、ジャケットの内ポケットから
「来訪者の行方については?」
「知らないみたいですー。目が覚めた時には、姿を消していたみたいですねー」
「そうか」
あからさまに不機嫌な表情で、村雨は紫煙をくゆらせた。
「伊原の身柄は、しばらく
「ああ。余罪の調査をする上で千代田支部に協力を要請することになるかもしれないが、手柄はこっちのものだ」
「来訪者の保護についてはどうしましょうー?」
「事情を本部に報告して、それで
「でも、
「馬鹿なことを。状況証拠しかないんだぞ。いくら万屋憎しとはいえ、そんなことをしてみろ。マスコミ連中が権力濫用と騒ぎ立てるだけだ。それに伊原の証言は、自身の身の上に起こった不幸の出所を保証するのにしか機能しない。来訪者失踪の件については、何の効力も持たない」
「だったら、傷害罪でしょっ引きましょうー。で、余罪を洗って誘拐罪も吐かせればいいんですよー」
「傷害罪だぁ? それこそ無理な話だ」
部下の提案を、村雨は鼻で笑った。
「万屋稼業の一環だと主張されてでもしてみろ。そうなったら、こっちは手も足も出ない」
「そうでしょうかねー。世間はこちらの味方になってくれそうですけどねー」
「世論が法律を捻じ曲げるなんざ、それこそ最高枢密院の長老共が黙っていないだろうさ。法律で万屋の活動が保障されてしまっている以上、奴らの活動内容に俺達は手出しできん。飲み込め。今はそういう時代なんだ」
「……なんか」
七鞍の目が、不信げなものとなる。
「口では悔しいとか言ってるくせに、村雨パイセン、やたらと万屋の肩を持つような発言してませんかー?」
「俺は、現時点の状況を鑑みて発言しているんだ。やれ逮捕だなんだと騒ぎ立てる、どこぞのお間抜けとは違うんだ。冷静に対処しなきゃ、足元を掬われるのはこっちだぞ」
「そーやって言い訳ばっかりしているから、何時も出し抜かれるんじゃないですかねー?」
「なっ!……お前、上官に対して――」
七鞍の無礼ともとれる言い草に、思わず村雨は声を荒げそうになったが、七鞍の眠たげながらも真摯な目線が、沸騰しかけた頭に冷水を浴びせた。
冷静沈着を旨とする己が、みっともない真似に出そうになったことを内心で恥じ、村雨は七鞍に背を向けた。やり場のない苛立ちを、
しばらくして、後ろから蚊の鳴くような声がした。七鞍の声だ。
「すいません。ちょっと言い過ぎました」
「すいませんじゃ済まんだろうが。本部だったら、懲罰ものだぞ。気を付けろ」
「はい」
「……まぁ、お前の苛立ちも、分からんこともない」
七鞍が村雨を焚きつけるような、悪く言えば挑発的な言動を寄こしてきたのも、彼女が
しかし、村雨も同じく万屋の存在を疎ましく思っているとは言え、彼の場合はまた事情が若干異なる。
練馬支部の中で、村雨了一ほど自身の職務に真面目で、機関員であることに誇りを持つ者もいなかった。先月通達された板橋支部への異動も、彼の働きぶりが認められたことに起因している。
二十年前、この土地がまだ東京都と呼ばれていた時代に発生した災害・
しかし、そんな絶望的状況の最中、再開発計画に携わり、悪しき犯罪者や突然変異化した獰猛な動植物類から身を呈して都市を守護してきたのは、他でもない。警察機構を再編成して誕生した
故に、練馬区に彗星の如く参上しては、区民達の喝採を浴びる
加えて、彼が活動を開始したとされる五年前を境に、練馬区での犯罪件数が指数関数的に減少しているという報告も、村雨の一方的な競争心を煽り立てた。
村雨が機関の養成学校を卒業し、二十一歳の時に練馬支部に配属されてから、今日で五年の月日が経つ。
五年の間に、色々な事があった。支部の連絡長に任命されたり、恋人が出来て一週間も経たずに別れたり。いつも眠たそうにしている部下を指導したりと色々だ。
その『色々』の中に、
五年間の内、二人が直接顔を突き合わせた回数は二十回。仕事の成り行き上、交戦したのはそのうち九回。
その全てにおいて、村雨は敗北した。手傷を負わされた事もあった。
初めて彼に邂逅し、その素性を知り、業務上のいざこざの末に拳を交えて敗北した際、村雨は死を覚悟した。
得てして、万屋とは金に見境がないだけでなく暴力的な輩ばかりだと、その時の村雨は思い込んでいたからだ。
だが、結局のところは無事で済んだ。毎回そうだった。
圧倒的な実力差を見せつけられたことは山ほどあるが、仕事に支障をきたすほどの重傷を負わされることは一度もなかった。
後で調べて分かったことだが、彼が関わったとみられる事件、全てがそんな具合だった。集めた資料から暴力の残り香は漂うものの、血生臭さは一切なかった。
今回の伊原の一件もそうだ。手酷く痛めつけられていたとはいえ、それは外見だけの話だ。
重要な内臓器官は無傷で、しかも鑑識の話によれば、現場には彼が残していったと見られる
伊原の傷をこれで癒せとの意思なのか。恐らく、きっとそうなのだろう。
人殺しを請け負わない万屋――村雨をはじめとして、それは多くの機関員の目に、奇特な存在として映った。
「わけわかんねぇ奴だよ。本当に」
頭を掻き毟って吐き捨てるように言うと、村雨は二本目の
空にたなびく煙の道が、やけに目に沁みた。
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