アナザポリス・リビルド-怪力乱神の未来都市-

浦切三語

序幕

破壊と創造の都市

 はじめに閃光が生じて、直後に爆風が撒き散らされた。

 例えるならば、ビッグバン。

 宇宙が開闢の産声を上げ、数多の銀河が生まれるきっかけとなった現象に、『それ』は良く似ていた。

 しかしながら、神の所業ともとれる物理法則の極致点と比べると、その謎めいた閃光を伴う爆発現象には、異質な点が多く散見された。閃光の発生地点は宇宙空間ではなく地上だったし、無から有を生み出した訳でもない。

 都市全域を強襲した巨大爆発は、既に存在していたものを跡形もなく消し飛ばしただけだ。あるいはそうしたと見せかけて、都市社会を異形の存在へ生まれ変わらせる、魔術儀式めいた秘碵の現れだったのだろうか。


 とにかく言えることは、予兆なく発生した局地的特殊大災害――大禍災デザストルに焼かれて、東京都は多くの亡骸を抱いて灰の中に沈んだということだ。

 それは決定的な光景として、多くの人々の網膜に焼き付き、決して拭い去ることのできないビジョンとして、人類の歴史に爪痕を残した。

 天も地も激しく焦げ付いた東京都――誰もが日本国の大いなる転換点を感じ取ったに違いなかった。何もかもが、喪われたものと思われた。


 それでも、辛うじて生き残った都民らは生存の意志を捨てなかった。絶望の岸壁に立たされながらも、蝋燭の火のように揺らめく希望に縋り続けた。自分達の故郷を救おうと必死なあまり、ダストに埋もれた奇蹟ギフトを信じてやまなかった。


 灰の中から光を見出そうとする彼らの行為を、外野から眺める者らのほとんどが嘲笑した。奇特な行為に耽る都民らに、冷ややかな目線を遠慮なく送る者も、それなりにいた。

 総じて、悲劇に見舞われた東京を忘れようとする、一つの防衛反応の為せる業だった。


 ただ、彼らは重大なことを失念していた。

 都市の生命活動が、都民の意思や熱意、欲望といった不可視の要因により支えられていることを。

 それがまだ残っているうちは、都市の死が決定したとは言えないことを。


 我らが故郷を殺すな――

 この都市は、まだ生きている――


 遺された都民が必死の想いで絞り出した願いは、本来手を取り合うはずのなかった二つの領域を結び付かせるに至った。

 すなわち、サイバネティクスとオカルティズム。

 計算領域と非計算領域。

 先端科学と神智学。

 表裏一体にして相反を常とするこれら二つの世界が、それこそ遺伝子の設計図めいて二重螺旋を描いて融合した。


 その結果として、数多くの最先端工学と魅力的な産業研究が誕生した。

 それらは、まるで干ばつに苛まれた大地に降り注ぐ恵みの雨のように潤沢な経済効果を都市にもたらし、目まぐるしい成長力を都市に与えた。


 しかし、ときに自然が人類に対して牙を剥くように、大禍災デザストルもまた闇の世界を広げていくかの如く、数えきれないほど多くの悲劇を生み出していった。

 災害により歪な変貌を遂げた都市の力場が人や動植物の内部深くにまで及ぶのは、魔界と化した都市においては当然の帰結であった。

 魔獣と化した生物たちに、驚異的な力を得た暴徒たち。

 彼らはその身に偶発的に宿した悪魔的魔術を容赦なく振るっては、力無き人々の拠りどころを奪い始めた。

 そうした中で、都市に蔓延する混沌ケイオスを整理し、あるべき方向へ推進させる秩序システマも生み出されていった。


 破壊と創造。その連鎖を繰り返していくうち、闇の中に光が生まれた。

 無法地帯たる都市の運営は次第に軌道に乗り始め、一時的にではあるが安寧を確保するに成功した。


 やがて、二十年の歳月が星々の彼方に消え去り。

 気づけば誰もが皆一様に口をそろえて、灰の中から拾い上げた奇蹟の名を、こう呼ぶようになっていたのだ。


 畏怖と憧憬と憐憫を込めて――幻幽都市と。

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