2-2 殺戮遊戯は舞台で踊る②
一呼吸する暇もなく、あっという間に間合いが詰められていった。それでも、スメルトは冷静だった。怪物の爪牙が届くより速く、彼は信じられぬ跳躍力で鉄骨の一つへ飛び移ってみせたのだ。
丸太じみた両腕で鉄骨をがっしりと掴んだまま、その重量感たっぷりの頭部が――灰色の平たい巻き貝が左右にスライド。格納されていた
安全装置が自動解除。弾丸があるべき場所へ正しく装填された直後だった。
正確に狙い据まされた冷徹なる銃砲が、眩い閃光と共に勢い良くわなないて、荷電粒子を着飾った弾丸が一斉に掃射された。
猛獣の雄叫びめいた乱射劇。電撃弾薬の嵐が、
時間にして、およそ十秒間の銃撃。たったそれだけの間に、十二体の
荷電粒子が発する電撃で空気が分解され、訓練フィールドはオゾンの臭いで一杯になった。硝煙がフィールドに充満し、恐ろしいほどの静けさが到来した。
これにて、早くも訓練は終了したかに見えた。だが、スメルトの鋭敏なる感覚器官は確かな異変を感じ取り、ぎょっとしたように、腕と腕の隙間から伸びるクジラの髭じみた触手が、くるりと円弧を描いた。
「おいおいマジかよ……」
様子を見守っていたキリキックが、呆れとも驚愕ともつかぬ声を漏らすのも無理はない。
飛び散った幾つもの粘菌の
粘菌同士が惹かれ合うように再結合し、ものの見事に生体回路を構築していく。脚部と胴体部、続いて腕に頭と順に再生されていき、元の恐るべき
最後に仕上げとばかりに、額の辺りが菱形に盛り上がると、血が滲むようにして紅色の宝玉を象った。
十二体全ての再生が完了するまでに、一分と掛からなかった。
【超高再生技術や】
スピーカーから声がした。ドクターが小部屋の中で、胸を張っている姿がまざまざと想像された。
【致死レベルの負傷を受けると自動的に粘菌が活性化し、肉体の再結合と神経回路の再構築が始まる。疑似不死の怪物や。せやけれども、シュレディンガーの猫のように、答えの出ない問題やない】
つまりは殺す方法があるという意味だった。だがドクターは、その答えを明示しなかった。ヒントすらも与えなかった。
自分で考えろというのだ。困難を打ち破る策を自らの頭で捻り出してこそ、生きる意味があるのだと告げているようだった。
【ワシを失望させるなや。スメルトだけやないぞ。お前ら全員の価値を、今ここで示せ】
ドクターの尊大な物言いを前に、血と暴力に彩られた
その中で一人だけ、異端児がいた。
龍の刺青をした優男。
この男だけが、鋭い視線を小部屋の向こう側へ静かに投げかけていた。
戦闘が再開された。
自らの超常性を見せつけた
そうして、何匹かの
重機関銃を殻内部に格納する暇もなかった。仕方なく銃身を露出させたまま、スメルトは別の鉄骨へ飛び移り、次々と襲い来る液体の襲撃をやりすごした。
しかしながら、とある一本の鉄骨へ飛び移った時だった。死角を潜り、ついに液矢の一本が飛来してきた。
咄嗟に避けようとしたが、間に合わない。液体が盛大に飛沫を上げつつ、銃口へ止めどなく降りかかった。
途端、スメルトの髭が反り返って殻を
謎めいた液体の浸食はなおも止まらず、汚染箇所が拡大していくのが、スメルトの体内で恐れと共に感覚された。
フルオロスルホン酸をはるかに超える、超酸性と即効の腐食性を併せ持つ溶解液。
それが、
スメルトは声を上げる代わりに、殻の内部で重々しい音を立てた。溶解液の汚染が体内へ広がる前に、砲台から重機関銃を取り外したのだ。
支えを失って、うじゃじゃけた鋼鉄の塊がフィールド上へ落下する。地獄の亡者のようにスメルトを見上げていた残りの
主要装備を喪った事で、スメルトが窮地に立たされたのは明らかだ。未知の怪物たちは、今やそのほとんどが鉄骨という鉄骨にしがみ付き、ギイギイ、ガガガと、興奮冷めやらぬ威嚇の声を発して、機が訪れるのを待っている。まるで、一本の木に実った果実が熟すのをひたすらに待つ、飢えた猿の軍勢のように。
しかし、事態の推移を見守っていた他の
血を分け合った兄弟。その絆が脆いわけでは決してない。
彼らは知っていて、同時に確信もあった。
スメルトの異様な肉体に隠されたもう一つの武装。その威力の実態を。
じりじりと
体毛が一本もない、程よく日に焼けた肌が筋肉で盛り上がる。幾筋もの静脈が浮かび、かさぶためいた
瘤の表皮が
それは、まごうことなき人間の眼であった。まさに目を疑う光景であり、目にもの見せてやろうというスメルトの意気を、そこに感じ取ることができた。
「くるぞ。ティア・ライザーが」
口角を上げたキリキックの期待に応えるように、スメルトの腕に埋め込まれたいくつもの眼球が、あるまじき変化を見せた。表面に熱い雫が溜まり、驚いたように大きく見開かれたのだ。
その瞬間、猛烈な速度で、眼球という眼球から夥しい数の液状弾丸が全方位に発射された。まさしく
予想外の反撃にさしもの怪物も怯んだか。動きをわずかに鈍らせた
涙の弾丸。その一発一発の大きさはパチンコ大ほどしかないが、恐るべきは、射撃の精密性だった。途方もないくらいに正確で、鉄骨という鉄骨に跳弾しながらも、一発もミス・ショットが存在しなかった。
加えて、液体でありながら鉄骨に当たっても弾けることはなかった。ある一定の摩擦熱を与えると固形化するという不可思議な特徴が、備わっているせいだった。
最初の掃射を終えた直後、自らを鼓舞するように獰猛に吼えた
しかしそれより早く、スメルトが二回目の掃射を開始した。再び、無数の眼から無数の涙が吹き上がり、機関砲を彷彿とさせる発射音を奏でる。
先ほどのそれと唯一違う点と言えば、弾丸の指向性が更に向上しているという点だった。つまりは、跳弾を繰り返して複雑怪奇な弾道を描きながらも、弾丸の目指す先はただ一つだけであった。
それも一発だけではない。何発も執拗に。
怪物が、阿鼻叫喚めいて狂乱する。
スメルトの執念深い一撃を受けていた
瞬く間に、強風に煽られた砂上の楼閣のように、怪物の肉体は粒状に朽ち果てていった。再生する気配は、微塵も残らなかった。
「ははぁ、なるほどな」と、スメルトの立ち回りをつぶさに観察していたキリキックが声を上げ、「そういうことか。わかったわ」と、ルビィも納得のいく表情になって頷いた。
マヤは渋い表情を浮かべて立ち尽くし、チャミアに至っては事態を上手く飲み込めていないのか、薄く細い眉を悩まし気に歪めるしかなかった。
スメルトが
これまで、このフィールド上で幾度となく経験してきた、自分達に勝るとも劣らない怪奇性を備えた怪物達との殺し合いが、スメルトの発想力を後押しした結果だった。
そこから先は、スメルトの独壇場だった。水を得た魚のように、喜々として
終了の合図を告げるブザーが鳴り響いた時には、『0:00』と表示された電光掲示板の隣に、成果を告げる『19』の数字が刻まれていた。
「こんなに悲しいことはない」
訓練を終えて二階に上がってきたスメルトが、別れを惜しむような声を漏らした。
「お気に入りの銃だったんだ。後で、墓を作ってやらなきゃならん」
「闇市場に行けば普通に売っているでしょう? また買えばいいじゃない」
呆れたような調子で告げるルビィに対し、スメルトが僅かに苛立ちを込めて言った。
「あれはオンリーワンの逸品だったんだ。寝る時もいつも一緒で、私の体そのものだったんだ。くそう。喪失感が酷い」
《分かったから、さっさと供養してやれ。あぁ、あと、花束を供えるのを忘れずにな》
からかい口調のキリキックに、スメルトの髭がぴんと伸びた。
▲
スメルトに続いて訓練を受けたのはルビィだった。成果は三十二体。
次に、マヤがフィールドに立った。成果は二十九体。
四番目に闘ったのはチャミアだった。成果は、僅か九体だった。
最後に選出されたのは、キリキックだった。彼はフィールドに立つやいなや、三年に渡って増設と改良を続けてきた
キリキックの黒めいた両腕がたちまちのうちに変貌し、照明の下で鈍い輝きを放つ兵器となった。特注の機械製義肢。バッテリー搭載型ではなく、基礎代謝を電力に変換して稼働する、この世に二つとてない彼の武器。
開始を告げるブザー音が鳴った直後、キリキックは猛然と
右腕の(ジェイソンGV)――
距離が離れた相手に向かっては、左腕の(キングクラブ)を――文字通り
キリキックは、享楽の極みに達していた。犬歯を剥き出しにして涎を垂らし、喜色を浮かべては、獰猛に挑みかかった。
肉がチェーン・ソ―で断ち潰される奇音で耳を癒し、地面に穿たれた熱痕から立ち昇る鉄の香りに酔いしれた。湯気のように拡散する粉塵の中で、キリキックは武器として振る舞い、武器はキリキックそのものであった。
フィールドという名の舞台で、彼は吼えた。これが力だ、これが俺だ、これが支配だと。襲い来る怪物らに向かって自身の生存権を声高に主張し、舞台の幕が引くまでただひたすらに武器であり続けた。
爆音と光の演出が終わった頃、電光掲示板には『59』の数字が表れていた。
兄弟の中で最も派手なパフォーマンスであったのと同時、それは本日の訓練において、最高の個人記録を叩き出したことを意味していた。
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