ナンデモイイ


 「今日のお昼、何がいい?」

 「そうだな。んー、何でもいい」

 「あらそう」

 「作るのが面倒だったら外で買ってきた物でもいいし」

 「分かったわ」


 俺はちゃんと答えたはずだった。何でもいいと答えた。本当に何でも良かった。肉か魚か聞かれたら、どちらかと言えば魚。ご飯か麺かだったら、どちらかと言えば麺。和洋中は何が良いのかと考えたら、イタリアンが浮かんだ。つまり、何でも良かった。魚メインのイタリアンで麺。魚介類のパスタくらいしか僕には浮かばない。しかし、僕は別にそれを食べたいとは思わないし魅力を感じない。


 僕の「どちらかと言えば」というのはあまり信用しないで貰いたい。行きつけの定食屋でトンカツを食べる時にとんかつソースだけでなく、ウスターソースもあったら嬉しいという程度のレベルなのだ。




 昼。妻はご機嫌な様子でどこからか帰って来た。


 僕は椅子に座り、妻を待つ。彼女は手洗いを済ませると半透明の白い袋をテーブルの上に置いた。かしゃかしゃと袋の中から不思議な形の紙を取り出し、それを僕と自分の目の前に置いた。妻の前には蓋付きのカップも並べられる。


 「これ、何」

 「見れば分かるわ」


 紙には薄く平べったいパンのようなものが包まれていた。どこかで見たことがある。ところどころに気泡が出来ていて、膨れ上がっている。焼き目はキリンのようだった。僕はもう一度妻に尋ねる。


 「これ、何」

 「ナンよ」

 「……どうして」

 「最近出来たインドカレーのお店なんだけど、気になってたところなの。丁度良かったわ」

 「そうじゃなくて、どうしてナンを」

 「でもいいって言ったじゃない」


 妻はカップの蓋を開けた。中にはチキンがごろっと入っている。スパイスの良い香り。カレーだ。

 美味そうな匂いに、視線が奪われる。妻はスプーンで大きめのチキンをすくって口の中に入れた。


 「あの、僕のは」

 「無いわよ」

 「え」

 「だってあなた、とは言ったけれどカレーも食べたいとは言ってないでしょう」

 「はあ」

 「だからあなたの分は買ってないわ。ほら、温かいうちに食べましょう」

 「……はい」

 


 僕は彼女を真似て一口大にナンをちぎった。中からとろりとチーズが伸びる。


 「あなた、チーズ好きでしょう。喜ぶと思って」

 「ありがとう。好き」



 それからは、質問をされたらちゃんと答えるようにしている。たまには、でもいい日があるけれど。



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