空からのクリームソーダ
初めて見たそれの、透き通った緑色は、ビー玉やおはじきのようにきらきらして見えた。
これは、幼い日の記憶。あれは確か小学生に上がる前。確か、三歳か四歳頃のこと。
父の手は、硬かった。手の皮が厚かったのだと思う。子供には大きすぎるその手を、私はぎゅっと握っては歩いている記憶がいくつもある。父の休日に、二人で一緒にデパートへと買い物をすることがよくあった。はぐれないように手を繋いで。
父とのお出かけは、私の楽しみだった。仕事で居ない分、一緒に居られることが嬉しかったのだろうが、口にして直接伝えたことは今までに一度もない。
「出掛けるかな」
「わたしもいく!」
父がぽつりと言葉を溢して、ズボンの後ろポケットに財布を入れる。それを見つければ、必ずひょこりと顔を出しては父の横に並んだ。
歩幅が合うわけもなく、小走りのようになる私とゆっくり歩く父。私が疲れて遅くなれば、何を言うでもなくほんの少し歩くスピードが遅くなった。そんなことを幾度か繰り返して、近くのデパートへと向かうのだ。
「なに、買うかな」
「なにがいいかな」
わくわくしながら、にっこりと笑って。通いなれたそのデパートに足を踏み入れる。ひんやりと冷たい風が身を包む。ここまで歩いて来た私たちを労うかのように思えて、子供心を満たすには十分な報酬だった。得意げに、ひょこりひょこりと足を進ませる。気分が乗ると足取りも軽い。店内の音楽に合わせてステップを踏むように、小さな足は歩いて行く。
「ねぇねぇ、なに買うの」
「何がいいかね」
父はこれといって、何を買うか決めない人だった。決めていたのかもしれないが、私には教えてくれなかった。いつも目に付いた必要であろう物を私に見せては反応を伺ってくる。
「ほら。これはどうだ」
「えー、やだやだ」
「これは」
「いらない、いらない」
ぶんぶんと頭を左右に振って、否定する私。父親譲りの頑固さだ。
「これならどうだ」
「やだ」
「……分かった、お前が選べ」
結局、父が折れて私が好きなものを選ぶ。全く、などと言いながらも父はそれを買ってくれたのだった。
買い物をし終えると、最上階にあるレストランへと足を向かわせた。決まって窓側の席。私はクリームソーダを頼む。いかにも作ったと言うような緑色はしゅわしゅわと炭酸の泡が物珍しく、眺めているのが好きだった。上に乗るソフトクリームはスプーンでつついて食べる。それがまた美味しかったのだ。父は何を食べていたのだろう。これといって記憶に残るものはない。もしかしたら、私がここでクリームソーダを飲むのを楽しみにしていたことを分かっていて、わざわざそうしてくれていたのかもしれない。まあ、もしかしたらの話である。
「じゃがいもぽてと、あかいのとしろいのつけてたべたい」
じゃがいもも、ポテトも、同じ物だろうと言わないで欲しい。分かるようになってからはちゃんとフライドポテトと名前を呼ぶようになったのだから。ケチャップとマヨネーズの赤と白。父がそれを混ぜて、赤い何かを足していたのだが、それが辛いとうがらしのソースだったと知るのはもう少し後のはなし。
「メロンソーダでお願いします」
今では上にアイスクリームを乗せることは無くなったが、それでも緑色の泡には惹かれるものがある。そして、飲む度に思い出すのだ。あの景色を。
今では無くなってしまった、あのデパートの、あのお店から見えた私の住んでいた町の景色を。
「お待たせ致しました」
しゅわりと口の中で弾ける泡に、思わず頬が綻び、懐かしさを覚えた。
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