小さく光るイヤリング
丁度、運ばれてきたあつあつのトーストにナイフが入ろうとしたところだった。
「随分とまた甘そうなものを食べているのね、セシリア。おやつばかり食べていると知らないうちに丸々とした子豚になってしまうわよ」
「あら、ごきげんよう。失礼ね、これはおやつでなくて立派な朝食よ。それに午後から乗馬の予定があるの。こんな少しばかりの食事なんて気にしたものではないわ」
クレアの嫌味をするりと受け流しながら、マシュマロトーストを頬張った。口の中でとろりと溶ける。真っ白な柔らかさはしっかりと甘く、それでいて儚い。
「ん、最高」
このまま頬が落ちてしまうのではないかと思うくらい。落ちてしまってもいいかもしれないと思うけれど、そうしたらこの幸せをもう一度味わうことが出来なくなってしまうから却下。来客がいなかったらこのまま二口目、三口目と行くところだわ。そんな風に内心思っていたセシリアだが、口元についてしまったチョコレートソースを拭うと、クレアに向き直って尋ねた。
「それで今日はどうしたの。ここまで来たってことは、何か用件があるんでしょう」
少し名残惜しそうにナイフとフォークを置けば、長い睫毛を伏せがちにクレアが手を差し出した。ゆっくりと開いて見せたそこには小さな鍵がちょこんと乗っている。クレアは少し迷ったように一度目を逸らした後、それをテーブルの上へと置いた。どうやらこれで何かを開けたいらしい。
「何も言わなくていいわ、クレア。私にはもう全て分かってしまったの。ええ、全てよ。貴女が持って来たのは鍵。とても小さな鍵だわ。どこの鍵でしょう。いえ、これはきっと宝石箱ね。私のお母様も似たような物を持っているから分かるのよ。それでクレア、開けたいその箱はどこにあるのかしら?」
「無いのよ、セシリア」
「なんですって」
「開けたいのは確かに宝石箱。けれど、それがどこにあるのか私には分からないの」
「まあ」
「思い当る物は殆ど試してみたけれど開かないのよ」
「まあまあ」
驚きと落胆、半分の呆れ。入り混じった感情が胸を支配するも、こうしていたところで現状が変わる訳ではない。せめて何かの手掛かりがないものか鍵をよく見ようと手に取ろうとしたが、動揺していたらしい。テーブルクロスをつまんでしまい、引き上げられたその拍子に食器たちがかしゃんと音を立てた。その音にも驚いたわ。少し、ほんの少しね。
それから私たち二人はその鍵に合う穴を探し始めた。ドレッサーの中やカーテンの裏、キッチンの棚の中まで隅々と。それでも見つからず、とうとう屋根裏部屋へと辿り着いた。
「こんなところにあるのかしら」
私もその意見には同意だった。しかし、探してみないことには分からない。一つずつ可能性を潰していかなければ、見つけることは出来ない気がしている。彼女は一般的に考えて屋根裏部屋などには無いだろうと言いたいのだろう。大切なものをこんな場所に置くはずがないと。だが、それ以前にクレアは暗い場所が苦手である。薄暗いこの屋根裏は居心地が悪いのだろう。木の陰で、ここは確かに光が入りにくい。昼間でもどこか薄暗い印象を受ける。
「探してみないことには分からないわ、クレア」
私はいつまで経っても終わりの見えない穴探しに疲れ始め、それを持って来たクレアに腹が立っていた。だからこの部屋を探そうと提案したのだ。ちょっとした意地悪。ほんの、出来心だ。
「ねえセシリア、薄暗くて良く見つけられない」
「大丈夫よ。そのうちに目が慣れるわ」
私は久しぶりに入った屋根裏を冒険するように進んだ。埃のかぶった箱や、使われなくなった花瓶などが置かれている。懐かしい品もぽつり、ぽつりと見つけられた。ふと、あることを思い出し、私はクレアなどお構い無しに奥へと足を運ばせた。
「確かこの辺に……あったわ!」
そっと手に取ったのは、薄い青のガラス箱。金色の足が付いている。二年前、母から譲り受けた物だ。漸く私の元へと追いついたクレアが覗き込みながら尋ねた。
「これは?」
「私もあったのよ、開かない箱が。合わない鍵もね」
そう言って不釣り合いな鍵を見せる。
「まあ!」
クレアは驚いたようにポシェットを慌てて開けると小さな箱を取り出した。それはアンティーク調で花の装飾が施されている小箱で、木製の湾曲はとても滑らかそうである。私たちは急いで持っている鍵を交換し、おそるおそる鍵穴へと差し込んだ。
かちゃり。
確かな手ごたえを感じて顔を見合わせる。互いに箱を開ければ、折られた紙が入っていた。
『 愛しい娘、そして親友の娘へ 』
小箱には小さく光る白いイヤリングが入っていた。隣にいるクレアの方を見れば同じ物が入っている。
「ねえアンナ。娘が出来たら十四の誕生日に私たちのイヤリングを送りましょうよ」
「それはいい考えねレイチェル。娘が出来たらその約束が果たされるってことね。面白いわ」
「それにお揃いよ」
「とても素敵」
いずれ開く日が来るわと言っていたけれどそれは今日だったのね。母と彼女の母親は、今の私と彼女のような関係だったのかもしれない。こうしてどちらともなく訪れて、お茶をして。他愛ない会話を時間など気にせずにしていたのだろうか。母はお話をするのが好きであるから安易に想像が出来る。私のお喋り好きも母譲りだ。
ふと、隣でクレアの腹の虫が鳴いた。
「いいわ、少し分けてあげる。貴女、今日は十四の誕生日だったでしょう?」
冷え切ってしまった不味いトーストも、それはそれはとびきり甘かった。
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