カップラーメンの作り方
「今、抱えている連載っていくつあります?」
受話器の向こう側で彼はそんなことを聞いてきた。僕は思い出しながら指を折って行く。
「ええ、と。そうですね……週刊雑誌が二本、月刊一本。あとは、エッセイと連載中のシリーズものですかね」
まだまだですよ。あなたには敵いません。謙遜を交えて、見えもしないのに首を振った。書きかけのメモ用紙が数枚、フローリングへと落ちる。順番が分からなくなってしまっては遅いと思い、すぐに拾おうとした。
「十分じゃないですか。仕事を貰えない小説家なんて山のようにいるんだから」
「まあ、確かに。有り難いお話ですよね。仕事を頂けるのは」
紙はまるで、床に張り付いているかのように取れない。爪を立ててどうにかならないかと試してみたがそれも上手くいかず、最終的には少し紙をつまみながら集めた。真ん中に、つまんだ跡が残る。
不意に、やかんがぴいぴいと音を立てて叫びだした。お湯が沸いたようだった。
「あっ、すいません。ちょっと席はずします」
火を止めようと、電話を置いてキッチンへと走る。慌てると、段差につまずいてヒヤリとした。消せば「ぴい」と最後に悲しそうな鳴き声を出す。やかんの中ではぐわりぐわりと沸騰したお湯が未だにふつふつ丸い泡を立てているだろうが。
「もしもし、すいません。お湯を沸かしていたのを忘れていまして」
「ははっ、大丈夫ですよ。私も良くあります。夜食ですか」
「正解です」
「こんな時間に」
「ええ、罪悪感は遠い昔に置いてきました」
十二時を過ぎる針。腹が、うずうずしているのが分かる。食べ物はまだか。腹に住む魔物がうなり声をあげそうな時間帯だ。この仕事を始めてから、夜食を食べることの罪悪感など最初の数ヵ月で消えさった。規則正しい生活など、もう何年もしていない。野菜ジュースは自分にとってれっきとした立派な野菜で、それを飲めば野菜不足も解消出来ると言い張っている。週に一度、担当との打ち合わせ帰りのコンビニエンスストアで買っておく。母親への言い訳には十分だ。
「カップラーメンですか」
「ええ、まあ」
「夜中に食べるカップ麺ってなんだかいいですよね」
「分かります」
あっ、と。何かを思い出したかのように彼が声をあげた。
「どうしました」
「あれ、知ってますか」
「あれとは」
「ネットで流行った、カップラーメンの作り方ですよ」
文豪たちがもしカップラーメンを作ったら。そんな風に文体を真似たものが少し前に流行ったのだと言う。僕はパソコンで検索してみる。本人が書いた訳ではないのだから、それは単なる妄想の域でしかないと思っていたが、意外と面白い。侮れない。
「私たちもやってみませんか。お湯を入れてから食べるまでの三分間。いかに表現するかのゲーム」
私もカップラーメン用意してきます。
彼はそう言って、席を外した。
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