給食難民


 こんな経験はないだろうか。


 小学生の頃の給食当番。重い、大食缶を運んでいる最中の話だ。何もない場所でつまずいたり、握力の限界が唐突に来たり、誰かが不意にぶつかって来たり。

 呆気なくその場に倒れて、廊下は悲惨な状態になる。僕らのお腹の中に入るべきものであったそれらはワックスのようにぶちまけられ、周りからの注目を浴びる。この時、誰も怪我をしないことが唯一の救いだ。大食缶の中に入っているのは決まって汁物なのだが、これがまた作り立てを入れてすぐに運んでくるものだから中身は湯気がもうもうと立つ熱さを残している。かかってしまったら、火傷は必須だ。


 そんな風に盛大にこぼしてしまった時、僕たちは給食難民となる。避難訓練のように練習をするわけでもなく、それは唐突にやって来る。無いに越したことはないけれど、その時が来てしまったら本番だ。給食採集が始まる。


 「あの、カレー余ってませんか」


 手近な隣のクラスから始まり、規模は校内へと広がる。食べる量や必要量が変わってくる分、高学年は低学年よりも中身が多い。狙い目はそこだ。



 よりによって、今日はカレーの日だった。廊下は茶色の海となり、悲惨な状態だ。給食当番はカレー以外にも配るものがある。そんなときはクラスの皆が一致団結するのだ。溢してしまった本人は、罪悪感と責任感の圧で泣いている。


 「やってくれるか」


 僕を筆頭に数名、名乗り出てくれた。


 「ありがとう。じゃあ、佐藤には廊下の片付けをお願い」

 「分かった」

 「橋本さんには泣いちゃった当番のメンタルケアを」

 「任せておいて」

 「僕はカレーを集めてくる」


 よし、という掛け声をスタートに三つに分かれる。それぞれ、やるべきことを一斉に。

 僕についてきてくれた人も何人か居た。その皆に各学年を分担して貰い、おぼんとお皿を渡す。クラス全員の人数分、時間までに集めるミッションだ。


 カレーライスは人気の献立である。それは学年問わず、教師たちからの指示も厚い。普段の味噌汁であったら、わりと簡単に集まるのかもしれないがこればかりは難しい。


 辛いのが苦手な人でも食べられるようにと作られたカレーは中辛と甘口の中間ほどの辛さ。すりおろしたりんごが入っているとの噂だ。ごろんとしたじゃがいもに、にんじん。挽き肉のカレー。玉ねぎの甘さも良いが、僕的にはコーンがお気に入りだ。学校のカレーには、とうもろこしが入っている。おかわりをしたくなる気持ちもよく分かる。


 「ごめんね、余ってないの」

 「そうですか……わかりました」


 よし、次。駄目もとで聞きにいくのだから、断られてもくよくよしていられない。


 「そうね、少ないけど三人分くらいならあるかしら」

 「頂いてもいいですか?!」

 「ええ、どうぞ」


 地道に集めてはいくが、数は足りない。既に食べ始めてしまったクラスもあり、おかわり戦争が始まるのもそれほど遠くない。


 「すいません、ちょっといいですか!」


 僕は放送室に駆け込んだ。



 「三年二組からのお願いです。大食缶を溢してしまいました。カレーが足りません。もし余っているクラスがありましたら協力宜しくお願いします。カレーがありましたら三年二組まで」


 放送のボタンを切り、息をつく。これで校内全員に声かけが出来た。あとは教室で待つのみだ。


 僕たちが戻ると廊下は既に綺麗になっていた。佐藤がにっと笑ってピースサインをこちらに送ってくれる。当番の子も泣き止んだようで、橋本さんもこちらを見ていた。


 あとは、カレーだけ。



 「持ってきましたー」

 「カレー足りた?」

 「少ししかなくてごめんね」


 次々に訪れてくれる人たち。僕らはその度にお礼を言って、頭を下げた。



 「やっぱり、一人分足りないね……」

 「仕方ない。僕はいいよ」

 「何言ってるの、鈴木くんカレー大好きじゃない!」

 「そうだけど」


 「俺の少しやるよ」

 「私のもあげる」


 二人はカレーを少しずつ分けてくれた。僕はありがとうをたくさん言った。



 「いただきます!」



 量は少なかったけれど、皆で食べるカレーは最高に美味しかった。次こそおかわりして腹一杯食べてやるんだ。そうしたら、容赦なんてしない。今回は協力したけれど、次のカレーの日はライバルだ。おかわりじゃんけんに勝つのは僕だからね。


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