ボロ隠し
「あ、ちょっとエプロン取って」
「これ?」
「そうそう。ありがとう」
祖母の誕生日。手伝いの為にエプロンをして、準備万端。妹と色違いのエプロンを、きゅっと後ろで蝶々結び。用意が出来たと言えば、大皿に盛られた料理を手渡された。
エプロンをつけると、あれを思い出してしまう。くすっと笑いが零れる。
「どうしたの、お姉ちゃん。笑ったりなんかして。気持ち悪いんだけど」
「ひどい。いいじゃない、少しくらいにやけたって」
「はいはい、ごめんなさい。それで、何を思い出してたの」
「えっとね。あ、やっぱり言わない。これ、向こうに運んじゃおう」
「ええ、教えてくれないの」
「向こうに行けば嫌でも分かるから」
小さい頃、妹はいつも私の後ろをくっついて、姉である私の真似ばかりしていた。買い物に行ってお菓子売り場に行けば妹もお菓子売り場に、ラムネを取れば同じ物を手に取る。全部を真似されるのが嫌で、交換すると妹はまた同じものを取った。
真似ばかりする妹ではあるが、突拍子もないことをし始めることもある。驚かされることも度々だ。
「これ、なあに」
「これかい。ただのボロ隠しさ」
祖母はエプロンのことをふざけてそう呼んでいた。田舎に住んでいる祖母は常にエプロンをしていて、エプロンもファッションの一部と化していた。花柄のエプロン。毎日違う色や花が祖母の洋服には咲いていて、一週間違うエプロンをしても余ってしまうくらい持っていたのではないかと思う。どれでもいいという訳ではないようで、祖母の中での決まりがあった。エプロンは決まって後ろで紐を結ぶタイプの物で、ボタンなどで留められるものは好かないようだった。祖母は洋服のことをボロと言った。自分の持っている洋服はあまりいいものではない。だからボロ布のようなものなのだと。
「貧乏だから、それを隠すためにエプロンをつけるんだよ」
三歳、四歳の頃はそれを冗談だとは受け取らない。ボロ隠しと教えられた妹は、新しい言葉を覚えたことが嬉しかったのだろう。
「先生もボロ隠し?」
保育園に通っていた妹は、担任の先生にそう尋ねたそうだ。
「ボロ隠し?はなちゃん、それってなあに」
「これだよ、これ」
妹は先生の洋服を指さす。保育園の先生も仕事柄、毎日エプロンをつけていた。それも、可愛らしいキャラクターなどが描かれているもの。祖母の物とは少し違うけれど、私はこの名前知っているんだよと得意げに話したようだ。
「はなちゃん、面白い言葉知ってますね」
「うちの子何か言いました?」
保育園に迎えに行って帰って来た母は「恥ずかしい、恥ずかしい」と顔を赤くしていた。手を繋がれて帰って来た妹は、何が母をそうさせるのか分からず、きょとんと目を丸くしている。
「私ってば恥ずかしくて」
「はなの担任の先生もボロ隠ししてたの」
「誰がそんなこと教えたのか分からないから、もう嫌になっちゃって。何回も先生に謝って来たわ」
「だっておばあちゃんが言ってたよ?」
「……お義母さん」
祖母は、かっかと笑う。
「子供って変なところで記憶力が良いんだから。聞いていないようで聞いていたり、その逆も然りだけれど。変なことは教えられないわ」
「本当ですね」
「でもね、おばあちゃんがつけているのとは全然違くて可愛かったから褒めたんだよ。先生のボロ隠し、先生に凄く似合ってるって」
そう私に言われた母と祖母は、ひやりとしたのだと言う。
「……お姉ちゃんが言ってたのって、このことね」
「そうよ」
親戚が集まる今日は、幼い頃の話が飛び交う。私と妹がエプロンをしているのを見ると、親戚のおじさんが話し始めたのだ。
「これは何回でも言われるやつだと思うよ」
「諦めておく」
「そうしとき」
祖母には二人で綺麗なボロ隠しをプレゼントした。
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