惚れ薬


 惚れ薬というものを知っているだろうか。


 ああ。今、あなたが想像した物で間違っていないと思いますよ。そう、その薬を飲めばたちまち惚れてしまうっていう素晴らしい薬です。いやいや、何を言っているんですか。都市伝説なんかにしないで下さいよ。私は今からその作り方をあなたに教えてあげようとしているんだから。何?そんなもの実際には存在しないって言うんですか。まあ、信じなくてもいいさ。自分の目で確かめてから答えを出して欲しいとは思うけどね。ところで、振り向かせたい人はいるのかな。ふうむ、なるほど。……丁度いいね。


 まずはベースになるものを選ぼうか。そうそう、形状も選べるんだよ。いかにも薬らしい粉末のものから固形のもの、液体まで。粉末は何かに混ぜやすいと重宝されているみたいだけれど、私は固形を推してます。見た目はチョコレートとそれ程変わりがないんですよ。味だって。よく、バレンタインデーにチョコレートを気になる人に渡すような人がいらっしゃいますが、成功している人の約七割はこれを使っていますよ。ええ、十二月から二月は忙しい時期です。冬はお客さんが多いですからね。私たちはこれを宣伝したことなど一度もありません。それなのに、どこから聞いてくるのか。全く、不思議ですよ。噂とは、すぐに広まる風邪のようだ。

 その反応を見ると知らなかったご様子ですね。いかがですか、裏事情を知ると。面白いでしょう。あなたの知り合いのあの人も、惚れ薬を使っているのかもしれない。


 ああ、いけない。話が逸れてしまいました。


 形状は何に致しましょう。なるほど、粉末ですね。手料理に混ぜたいけど、味は変わらないのか……ですか。全くもって心配は無用です。粉末を作るには一度高温で加熱する。その際に味まで飛ばしてしまえばいいのです。勿論、フレーバーを足せばいちご味だってミルク味だって抹茶だって味をつけることも可能ですけどね。では、粉末で。


 材料を言っていきますからね。メモはご自由に。

 まずはこれ、龍の鱗を一枚。何色でも構いません。大きいので四等分くらいに砕いてからの方が使いやすいかと。え?どうしたんですか。そんなものどうやって手に入れるのかって。嫌だな冗談はやめて下さいよ。空に飛んでいるじゃありませんか。たまには龍たちも上界に飽きてこちらに降りて来ます。その時に一枚拝借してしまえばなんてことありません。剥がしにくいかもしれませんが、一思いにやるのがコツです。じわじわ剥がしていたら向こうも堪ったものではありませんからね。次に、ユニコーンの鳴き声を少々。怒らせたりしたらいけませんよ。これは惚れ薬です。穏やかな鳴き声でないと効果はありません。忘れちゃいけないのが、これ。ほんのちょっとでいいですよ。一滴。でも、この一滴が薬を上手く作る秘訣なんですけどね。人魚の涙を垂らします。中々泣いてくれないので難しいところではありますが、作りたいと仰るのであれば販売もしておりますのでお声がけ下さいませ。一滴たったの五十万程ですから。クレオパトラの真珠を一粒。鯉の心臓で全てです。の心臓はとかけているのかって?……まさか、そんなことある訳ないじゃないですか。


 いいですか、次は作り方ですからね。ついて来ていますか。それでは用意した材料を細かく砕いて行きます。ある程度の大きさで大丈夫です。目安は龍の鱗が爪の大きさくらいになるまで、ですかね。細かくなったものは一度加熱します。高温でよく火を入れて。地獄の火番に頼むのが手っ取り早くて最適ではありますが、地獄に行くのが怖いというのであれば……そう、ですね。多少時間がかかってしまうかもしれませんが、家庭用のコンロでもなんとかなりますよ。鍋で三日三晩で十分でしょう。火加減はもちろん強火です。


 疲れたから帰る、ですか。まあまあ。もう少し待っていて下さいな。そんなに簡単に作れるものなら皆こぞって作っているさ。ほら、お茶でもどうぞ。熱いかもしれないから気を付けて飲んでおくれ。ん?美味しいかい。それは良かった、僕が作ったものなんだ。まだまだ冷え込む季節だからね。


 頼んでおいたものが地獄から届いたようだ。どれ、見てみよう。うん、いい具合だ。それじゃあ残りもあと少し。もうひと踏ん張りだ。どうしたんです、じっと手元を見て。ああ、これですか。薬を煎じるための道具ですよ。薬研やげんって言うんですけど、聞いたことないですか。これで粉末にしていきます。その前にやることがあった。加熱した後には必ずと言っていい程、余計なものが入る。ライバルの思惑だとか、相手の気持ちだとか。それを消すために想いを寄せている人の名前を一度呼んでふうっと息を吹きかけるのさ。すると、要らないものは飛んで行ってしまう。残ったものを薬研で粉末にしていくのさ。


 これで出来上がり。ほら、簡単でしょう。




 惚れ薬と言っても、効能は様々。一目惚れのような運命的なびびっと来る恋に落ちた気にさせてくれるもの。好きで好きで仕方ない、その人しか見えないくらいになるような強力なもの。あれ、どうして近くに居たのにこの人の魅力に気付かなかったんだろうと思わせるもの。あとは、そうそう。


 「そんな材料を集める労力があったら自分でアタックしていった方が早いし効果もあるわよ」

 「作らないんですか」

 「作らないわよ」

 「折角教えて差し上げたのに」

 「……良いわよ、貴方で妥協してあげる」

 「え、今なんと」



 ようやく効き始めたみたいですね。


 知らぬ間に自分を選ばせるもの、なんていう惚れ薬もありますよ。お嬢さん。

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