空っぽの紙袋


 ショーウインドーに並ぶチョコレートはどれも綺麗で美味しそうに見える。華やかなラッピング。大人っぽい洋酒の入ったもの。私のお小遣いでは到底手の届かない高級なものまで、様々だ。そこを素通りして、板チョコを手に取る。カゴの中に数枚入れた後、ブロックで売っている物を見つけてそれを戻した。


 「これだと少し多いかな。ま、いっか」


 今年は手作りだと決めて、一か月前から自分でも作れそうなレシピを探していた。試作をして、家族に食べて貰って。そんなことを何度も繰り返していたものだから、私も家族もバレンタインデーの一週間前にはチョコレートは当分食べなくていいかもしれないという雰囲気になった。おやつは専ら煎餅などの甘くない物だ。

 何を作ろうかと色々悩んだ。板チョコを溶かして型に入れて固めるだけでは味気ない。しかし、チョコレートを使ったお菓子は難易度の高いものばかりで選択肢はあまりなさそうだ。フォークを入れて半分に割ればとろりと溶けだすチョコレートが魅力的なフォンダンチョコ。あれを作ることが出来たら、どんなに良いだろう。


 「気持ちで勝負だよね」


 自分に言い聞かせて、頷く。仲の良い友達にも配らなくてはいけないから、今年はトリュフ。たくさん作れるし、美味しいし。ミルクチョコレートとホワイトチョコレートの二種類。


 「あら、ちょっと歪ね」

 「やっぱりそう思う?……丸めるのって意外と難しい」

 「小さい頃から不器用よね。あなたの泥団子いつもごつごつしてて。周りの子は丸い綺麗なの作ってるのに」

 「もう、うるさい」


 邪魔をする母を追い払って、ころころと手のひらで丸める。楕円のようになったり、UFOみたいな不思議な形になったり。いっそのこと丸ではなくて、他の形にしようかとも思った。



 「これで終わり……っと」


 最後の一つを丸め終え、お皿の上にはいくつも並んでいる。ココアと粉糖をまぶしたら形はあまり気にならなくなった。

 次はラッピング。買ってきたリボンでおめかしさせるのだ。とびきり綺麗に、可愛く、目を引くように。透明な袋に一つずつ入れて、口をきゅっと結ぶ。彼に渡すのは一番上手に作れたものにした。赤いリボンはときめきと不安と期待の入り混じる私の心のようだ。


 「受け取ってくれるかな」


 包んだチョコレートは紙袋の中にまとめて入れた。溶けないようにリビングは避け、寒い場所へと持っていく。ついに明日はバレンタインデーだ。

 残ったトリュフを口の中に入れた。自分で作っておいて味見をしないのは良くない。しかし、心配は何もいらなかった。


 「んん」


 ふわりと香るココア。トリュフはやわらかく、体温で溶けていく。口の中はもったりとしたチョコレートで満たされた。程よく甘い。ほろりと消えていくのが寂しい気がした。




 彼にも自信を持って渡すことが出来る、はずだった。


 「皆に配ってるらしいじゃん。俺も欲しいな」

 「あ、の」


 こんなはずじゃなかった。


 「……終わっちゃって」


 大人数に紛れさせて、彼にも渡すつもりだったのに。どうして。


 「そっか、残念。手作りって聞いたから食べてみたかった」

 「ごめん」

 「いいよ、いいよ。俺は頭数に入って無かったってことだろ。俺こそ調子乗ってくれなんて言って悪かった。気にしないでくれよ」


 あなたに渡したかったのに。


 私が皆に配ってるなんて、誰が言ったんだろう。仲の良い友達にしか用意していない。勿論、足りなくなったら困るから余分に幾つか作って来たけれど。人の紙袋の中のチョコレートを勝手に取って行く男子なんて、絶対に彼女なんて出来ないんだから。ばか。

 きっとそのうちの一人がそれを取って行ったのだ。赤いリボンの巻かれた彼へのチョコレートは一体誰が食べてしまったのだろう。いつの間にか無くなっていて、廊下にリボンだけが落ちていた。私はそれを拾い、空っぽになった紙袋に結び付けて畳んだ。


 「あ、そうだ。これ」

 「……チョコレート?」


 彼は手のひらサイズの小さな袋を私に差し出した。


 「受け取れないよ。私何もあげてないのに」

 「いや、違う。そろそろ誕生日だったろ。プレゼント。気の利いた物なんて思いつかなくてちょっとしたものだけど」


 泣きそうになった。バレンタインデーの二日後。個人の誕生日より、バレンタインの方が盛り上がる。毎年忘れられて無いものにされる私の誕生日。良くてチョコレートと共におめでとうの言葉を貰える程度だった。もっと言えばチョコレートだってあげても返ってくるものだなんて思ってはいなかったのに。彼は、私に誕生日プレゼントをくれると言う。私は両手でそれを受け取った。


 「ありがとう、凄く嬉しい」

 「中身見てから言ってくれよ」

 「……貰えるだけで嬉しいの」


 中に入っていたのはリボンのついた髪ゴムだった。学校につけて来ることが出来ないのが残念な気もする。


 「わあ……可愛い」

 「良かった。女の子って何がいいんだろうって悩んだんだ」


 彼は人差し指で頬を掻いた。


 「折角だからさ、後でつけてるの見せてよ」

 「え」

 「今週末、部活休みなんだ」

 「そう、なんだ」

 「プレゼントのお返し、チョコレートでいいから」

 「うん、作って行くね」



 日曜日、彼のためにもう一度チョコレートを丸めた。今日はこの間よりもっと美味しい。彼に貰った髪ゴムで一本に結ぶのも忘れない。


 「いってきます」


 チョコレートに結ばれたリボンと髪に付いたリボンは、どちらも同じ色だった。



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