俺の昼メシ


 運ばれて来たトレーの上に乗っている皿の中身は暴力的までに腹を刺激した。ジャケットを脱いでおいて良かった。今すぐにかきこみたい衝動に駆られる。俺は割り箸を取って、手を合わせた。


 「いただきます」


 小鉢は二つある。一つは冷奴。生姜と刻んだ小ネギが乗っている。もう一つはひじきの煮物。お椀の蓋を開けると、こもっていた湯気が眼鏡を曇らせた。端の小皿にはお新香が二枚乗っている。


 それら全てがどうでもいいと感じさせる程に目を引く、分厚い肉の塊。金色の衣。その大きな皿のにはキャベツの山があり、ポテトサラダと真っ赤なミニトマトが二つ、寄り添っている。


 俺は切られたロースカツの右から二番目を持ち上げて、塩を付けた。半分以上を口の中へ放り込み、かじる。サクッと軽快な音を立てて衣が弾けたあと、じゅわりと肉の脂が滴る。噛み締めて、噛み締めて。喉を通って行く。


 残りを追うように放り込むと、俺は飯をかきこんだ。幸せすぎる。もう一枚。端は脂身が多く、こってりガツンと来る。それもまた、空腹にはたまらない攻撃だ。千切りされたキャベツと一緒にレモンをかけて食べた。昔は好んで食べていた脂身も、この歳になると疎遠になる。焼き肉に行った日の帰りは胃薬を飲んでおこうなどと考えるようでは、楽しい物も楽しめない。しかしこのカツ、嫌な脂がない。次へ次へと調子に乗ってしまいそうだ。


 一息休もうと茶碗を置き、代わりにお椀の汁を箸で混ぜた。わかめが絡む。行儀は悪いが、箸についたわかめを取ろうと吸ってみた。

 味噌汁は、少し濃いめだった。だが、これくらいが丁度いい。周りを見渡せば俺と同じようなサラリーマンの客や、力仕事をしていそうな体つきのいい者、勲章のたくさんついた作業着を着ているようや男ばかりだ。少しは血圧を気にするようにしましょうねとこの間医者に言われてしまったばかりではあるが、長年積み重なって形成されてきた味覚を変えるなど難しい話だ。


 「んん」


 溜め息が漏れる。ここにして正解だった。


 ふと、机の上の瓶が目に入る。特製ダレと書いてあり、黒っぽい液体が入っている。匂いを嗅ぐ。どうやらソースのようだ。

 俺はそれをカツの一つにかけてみる。どろっとした濃厚そうなソースだ。店独自の物は試してみる他ない。ここで出会えたというのだから、ここで味わうべきなのだ。そうして俺はそのソースをスーツに溢さぬよう注意して、自分から迎え入れた。


 ウマイ。これは、いい。


 フルーツのような甘味と酸味、スパイシーな香りとピリッと来る辛さ。それでいて、どれもが反発することなくうまく調和している。コクとまろやかさがクセになりそうだ。

 思わず飯を頬張っていると、いつしか底が見えていた。


 落ち着け、目の前のカツは俺から逃げない。



 飯一つでこんなに慌ててしまうのはいつぶりだろうか。質より量だとファミレスで食いまくる、働き始めの若造じゃないんだから。


 落ち着けと言い聞かせながら、山の横にあるポテトサラダをつつく。しかし、そのポテトサラダも侮れなかった。付け合わせだと見くびっていればすぐにやられてしまう。邪道だと思っていたことも試してみると意外にいけるもので、ポテトサラダにソースをかける習慣はないが、先程かけた特製ダレがかかった部分はすこぶる気に入った。もう少し食べたいと思う程度には、すぐ腹の中に消えてしまう。


 しゃくしゃく音を立てながら箸休め。何を食べても美味くて休まらないと文句を言っても良いものだろうか。二切れのお新香も、ひじきの煮物も手作りだそうだ。


 「この豆腐も手作りなんですか」

 「いやあ、豆腐までは手が回らなくてね」

 「そうですか」


 トンカツ屋に俺は何を求めているのだろうか。豆腐までもが手作りだと思ってしまったのは俺の勝手だが、それが違ったというだけで落胆するのはいかがなものか。


 「すぐそこに豆腐屋があって、そこの豆腐を使わせて貰ってるんですよ。うまいですよ」



 店主がそう言うだけあって、その豆腐もかなりの物だった。




 「ごちそうさまでした」


 ああ、腹が満たされた。



 書いて貰った店の名前と地図の紙を手に、俺は豆腐屋へと向かっていた。



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