お皿が映すもの
この家に何十年といると、どうも心は親のようになってしまいがち。
ああ、今日もお兄ちゃんと喧嘩してるのね。また泥だらけになって。ほら、こんな風にお母さんを困らせちゃいけないですよ。
――。
私がこの家に来たのはいつだったのでしょう。
確か、おばあさんとおじいさんが結婚して。おばあさんがこの家に嫁いで来た頃でしたかね。
白無垢に、唇を真っ赤に染めて。酷く緊張していたでしょうね。杯を持つ細い指が震えていたくらいだから。そう、その時は尾頭付きの鯛を乗せていたかな。私の初めての仕事でしたよ。覚えていますとも。
お父さんが産まれた時も、大きな魚でしたね。それはそれは元気な男の子で、私も喜びました。子供は元気が余るくらいが良いと言われますし。
そのうち、お父さんが綺麗な人を見つけてきたかと思うとお嫁さんだ、なんて言い出す仕舞い。私はもう、おじいさんと一緒に驚きましたよ。もし、自分に口があったら塞がりそうにもありませんでしたね。
それからはもう、あっという間でした。
お兄ちゃんが産まれて、そのあとに女の子が二人。年は少しばかり離れてもいましたが、仲良くしているようですし。随分とこの家も賑やかになりました。
一番上の子が生まれる時は、お父さんなんか大変でした。そりゃあもう、夜なんて眠れないとばかりに目を見開いて。産まれた日には大粒の涙を流していたのを今でもはっきりと覚えていますよ。まあ、自分にも目があったら嬉しさに涙腺をほんの少しばかり緩めていた気もしますがね。
これまで私も多くの料理をのせてきました。
誕生日に、クリスマス、お正月に端午の節句。数え切れない程の思い出と共に料理が並べられて、その中に私も居ました。家族の笑顔を見ることが、何よりの楽しみで幸せだと感じる瞬間でした。
それにしてもこの長い間、自分でもよく割れなかったと思うことがあります。何度もひやりとしたことがありましたが、それは全部幼い手には私が大きすぎるせいでしょう。ほんの少しばかり重いですから、ほら。
周りを見渡せばいつしか自分が古株になっていました。昔からの顔ぶれもちらほらとありますが、新しい食器は白く光っています。私のように重いものは最近無いようで、洗練された若者がたくさん。時代は移り行くものだと分かってはおりますが、取り残されるのは御免です。
古いものが少なくなっていく中、私はこんなにも大切にされて今日まで来ました。私はなんて幸せ者でしょう。思わずかたかたと震えてしまいそうになりました。
「……どこかしらね」
がさごそと、皿が退かされては別の場所へ置かれていく。どうやら私を探しているようだ。今日は何の日でしたっけ。きっと特別な日なんでしょうね。
「あの大きなお皿が見つからないのよ」
お母さん、ここですよ。ここ。
するりとお母さんの手が伸びてきて、私を光の方へと運んで行く。
「あ、あったわ」
今日は何をのせるんですか。
家族の笑顔を見られるのが楽しみですね、お母さん。
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