餃子ツツム


 スポーツドリンクを手渡す。タオルを手渡す。


 「どっちを選べばいいの……」


 人の好みを知るのは難しい。それが二択であったとしても、彼の気分など私には到底分からない。部活終わりの彼が欲しているものは、果たしてどちらか。私は携帯画面の二択をじっと見つめ、唸った。

 現実世界は選択肢すら浮かばない。膨大な情報の中から正解を導き出す繰り返し。会話なんて毎秒頭をフル回転させていなければならない。嫌だ。そんなのパンクしてしまう。そう考えて頭を左右に振った。いいんだ、私にはいつも笑いかけてくれて優しい彼がいる。


 そう、選択肢さえ間違わなければ。


 五分ばかり悩んだ挙句、私は彼にスポーツドリンクを手渡すことに決めた。


 「おっ、なになに。俺にくれんの?」


 彼の笑顔と共に胸のあたりでハートがきらりと光る。薄いピンク色のハートが赤く変わった。どうやら正解のようだ。


 「うんうん、ツツム君のために用意したの。受け取って」

 「ありがとな。丁度喉が渇いてたんだ、助かるよ」


 そう言って汗をユニフォームで拭いながらごくごくとペットボトルを上げていく彼の名前は、餃子ツツム君。餃子の擬人化の男の子で、サッカー部に所属する高校三年生の先輩だ。先輩と言っても、そのゲームのキャラクターの中での話であって私の年齢より七つも年下である。


 「この後って時間ある?」


 私は迷わず「あるよ」という選択肢を押した。



 場面は変わって、町の絵になる。商店街のような、賑わった場所だ。彼は今日の試合のことを語りながら、私の歩幅に合わせて歩いてくれた。


 「俺のヒミツの場所」


 そう言って連れて来てくれたのは少し古びた中華屋さん。赤い暖簾に「餃子」と書かれている。中に入るとおじいちゃんが居て、いらっしゃいと声をかけてくれた。


 「なんだい、彼女かい」

 「ばっ……違うよ!やめてよ、そんなこと言われたら彼女が反応に困るだろ」

 「はいはい。悪かったよ。それで、何頼むんだい。いつものでいいかい」

 「うん。二人前お願い」

 「はいよ」


 この店には良く来るんだと彼が言った後、セルフサービスなのか水の入ったコップを私にもくれた。


 「ごめんね。変なこと言われちゃって……あのじいちゃんの言うことは気にしなくていいから。全く、俺が初めて女の子をここに連れて来たからって彼女呼ばわりされるなんて君も困っちゃうよね」


 ツツム君は申し訳なさそうに頭を下げる。私は「そんなことないよ」と気にしない素振りを見せて、彼を慰めた。


 「はい、お待たせ」


 運ばれて来たのは、小ぶりな餃子。羽はついていない。女の私でも一口で一気に食べることの出来そうな大きさだ。


 「ここの餃子、美味いんだ」


 君にも食べさせたくて。そう言われて私はノックアウト。はあ、その笑顔が眩しい。思わずマスクの中でにやにやとすると隣に乗っていたスーツの男の人がちらっとこちらを見て来て、画面を暗くした。


 彼は美味しそうに餃子を食べていく。思ったよりいくつもいける。彼が頼むのと同じタイミングで、私ももう一皿追加した。


 「外で食べるのもいいけど、手作りもいいよな」


 彼が頬を染めるものだから、期待してしまう。これは餃子の特訓をしなければいけないようだ。いつ、彼が家に来てもいいように包む練習をしておこう。


 「頑張るから、もう少し待っててね」


 彼の好みは少し小ぶりで一口サイズと頭のメモ欄に残す。どんな味なのか画面からは伝わって来ないのが悲しい。目を凝らしてよく見ると、お肉が多めな餡だった。どんなタレが好み?ニラやキャベツは多いのがいいのかしら。もっとちゃんと描写してもらいたいのに。あ、そうか。このアプリのゲーム会社に問い合わせて聞けばいいのね。シナリオを書いた人か、餃子ツツム君のキャラクターを考えてくれた人に聞けば、レシピもあるかもしれない。よし、そうしよう。



 到着した電車の扉が開いた。降りなければ。



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