いちご雨
「休みの予定が合ったら一緒にお祭り行きたいね」
誘ったのは私だった。何をするでもないけれど、賑やかなあの空気感が好きだ。本当は主催側の方が目一杯楽しむことが出来ることを知っている。小学生に上がる前は地元のお祭りで小太鼓を叩いたものだ。
「ごめんね」
「仕方ないよ」
「私から言いだしたことなのに」
「風邪、早く治るといいね」
祭りの前々日。風邪を引いて熱が出た。明日下がれば行けるなどという考えは捨てて置く。夏風邪を引くと長引いてしまうのが、私の体だ。
「行きたかったな」
本当は、浴衣を着るはずだった。自分で買った浴衣は子供っぽくて、もう着ることはないだろうがあてはあった。新しい物を買おうとしていたところ、母の物が出て来たのだ。黄色地で菖蒲の綺麗な浴衣だった。
「これ借りてもいい?」
「いいわよ」
「自分で着れるの」
「うん、なんとか」
人に着せる方が簡単だと思う。自分ひとりで着付けるのは至難の業。普段着ることのない分、慣れることもない。よければ年に一度か二度。全く着ることのない年もある。残念ながら母は着付けが出来ないらしく、手伝ってもらうことは不可能だ。ヘアメイクと着付けをセットで美容室に頼めばいいのかもしれないが、お金をかける場所ではない気がする。ほんの数時間のためにだけに使うなら、自分で着付ける六割でいい。
次の日、珍しく熱は下がった。このままお祭りに行くことも出来そうだが、やめろと家族に言われて私は一人で留守番をすることになった。
「今家にいる?」
一緒に行くはずだった友人から連絡が来て、家のチャイムが鳴る。
「あれ、どうしたの」
「行けないの残念だなって思って、気分だけでも」
差し出されたのは、いちご飴。お土産として買って来てくれたのだ。
「私いちご飴食べたことないんだ」
「そうだったの?」
「うん、だからありがとう」
「えっと、ね。……外暑くてここに来るまでに溶けちゃって」
「本当だ」
「冷蔵庫の中とかに入れて固めて」
「うん、そうする」
渡された飴は金魚を入れるような小さな袋に入っていて、赤い液になっていた。友人を見送ってから、それを冷蔵庫の中に入れる。
「あとで食べよう」
しかし、夜になっても飴が固まることは無かった。外から音が聞こえる。しとしとと雨が降り始めているようだ。
「固まった?」
「うん。美味しかったよ、ありがとう」
ごめんね、本当は食べてないの。
降っている雨が甘い気がして、嘘をつかずにはいられなかった。
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