ひらひらぽとん


 雪が、降って来た。


 降り積もるとは思っていなかった。雪の粒は小さくて、屋根に落ちては溶けていく。数分は外の様子を気にしていたものの、一度止んでしまえばカーテンを閉める。次に降り始めたことに気付かず、私が慌てたのは洗濯物の半分以上を雪が薄く白に染めた後だった。


 「あああ」


 気を抜いていた自分も悪い。しかし、言ってくれてもいいのではないだろうか。先程、外から帰って来たばかりの父はリビングで横になって熊のようにいびきをかいている。雪の厚みから推測すると、父が帰って来た頃には既に降り始めていたのではないかという考えに至った。それなら。……いや、こんなことをぐちぐち文句を言っている暇はない。


 洋服についた雪を手ではたき、一気に取り込む。触るとまだ生乾きのようで、もう少し干していたほうが良さそうだ。部屋の中で干すのは好まないが、こんな日は仕方がない。落とさないように壁のくぼみにそれをかけて、ベランダへと戻る。

 葉のように大きくなった雪がひらひらと落ちていた。朝は薄暗かったはずの外が、白さに明るく染められて行く。


 「寒い」


 指先がじんじんとし始める。ふるりと体を震わせて、部屋の中に戻ろうとするとスズメと目が合った。ベランダの手すりにちょこんと休んで首を傾げる。愛らしい。

 こんなに近くで物怖じしないのも珍しい。何だか逃げられるのも寂しくて、私は下手に動くことが出来なかった。スズメの頭の上に、ひらひらと白い粒が落ちていく。茶色の模様が消えても雪は軽く、変わらずにきょろきょろと辺りを見渡していた。



 「……」

 「ちゅん」



 ぽとん。ぽとん。


 溶けだした雪が屋根を伝って降っている。その中の一つがぽとりとスズメの頭を濡らした。スズメは驚いて、飛び立った。



 「あ、」


 なんだか少し物悲しい。飛んで行くスズメを見送ると、私はベランダに一人になった。すうっと扉を閉めて階段を下りる。寒いと感じた廊下がそこまでとは思わない辺り、自分の体が冷え切っていることが分かる。


 「お前も飲むか」

 「何を」

 「これだよ」


 ストーブの上に鍋が置かれていた。先程まで無かったものだ。父が鍋の蓋を開けてかき混ぜる。真っ白な雪が湯気を立てていた。おたまで掬うと中でひらひらと舞う。


 「こんなのいつ作ったの」

 「帰って来てすぐ。寒くなるだろうと思ってな」


 父は自分の分をマグカップに注ぎ、こたつに戻った。飲むかと聞いておいて、私にはくれないのか。父らしい。私は自分でコップを持って来て、鍋を開けた。


 ひらひら、はらはら。雪は止まずに降っている。甘酒の湯気が鼻をくすぐり、優しい甘い香りに目を閉じた。


 最後の一滴がぽとんと落ちる。私は雪を溢さぬようそっと持ちながら、体の中に流し込んだ。


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