第2話



 わたしが目を覚ましたのはあの日から二ヶ月も経ってからだった。てっきり死んでしまったのかと思っていた。でも死んだ方が良かったかもと思うような毎日がわたしを待っていた。

 わたしが目を覚まして一番に会えたのは家族とクラスメートの藤田彩乃だった。彩乃は毎日お見舞いに来てくれてたらしい。


「受験も終わって暇だったから」


 大学へ行く準備もあって忙しいのはわかっていたので、そう言ってわたしに負担をかけまいとしてくれる事が嬉しかった。


「蓮とユカは大丈夫だったのかな」


 蓮とユカが目を覚まして二日過ぎても現れないので不安だった。もしかしてあの事故で死んでしまったのではないか。家族には怖くて聞けなかった。

 わたしが尋ねると呆れたような顔をした。


「あの二人ならピンピンしてるわよ。あなたと違って打撲だけで済んだみたい。相田さんは頭を怪我してたけどそれも何針か縫っただけで入院もしなくて良かったみたいよ」


「良かった」


 本心からそう思った。蓮とユカが怪我してないと聞いてホッとした。そういえばあの二人って昔から運が良かった。怪我をするのはいつもわたしだけ。もっともユカが怪我をしないのは蓮がいつも彼女を庇っていたからだ。


「何を言ってるの? 菜摘は今年の大学入試はもう受けられないけど、二人はセンター試験も追試が受けれたのよ。しかも今は海外に卒業旅行に行ってるのよ。菜摘は意識不明だったっていうのに酷いわ」


 そうか。卒業旅行だから訪ねて来ないのか。彩乃は怒っているけど二ヶ月も寝てたんだから仕方ないよね。そうか二人で卒業旅行かぁ。わたしが二ヶ月も寝こけてる間に色々あったようだ。




 わたしが寝ていた二ヶ月間。わたしは時々夢を見た。

 蓮がわたしの手を握りしめて


「菜摘、ごめん」


と言ってる姿。なぜかなっちゃんではなく菜摘だった。蓮が菜摘と呼ぶのは身体を重ねてる時だけだったから不思議だった。

 ユカはただ立っているだけだった。何も言わずただ立っていた。

 看護師さんが身体を拭いてくれる夢も見た。とても気持ちよかった。そこが痒いのよもっと拭いてって言いたかったのに声が出なかった。夢だから仕方ないね。


「いつもお見舞いに来てる高校生の男の子って朝比奈先生の従兄弟でしょう?」


 わたしの意識がないからか看護師さん達のお喋りがすごい。でも色々聞けて楽しい。夢なのに本当のことみたい。彼女達はお喋りしながらもテキパキと手を動かしている。


「そうよ。そして朝比奈院長先生の息子さん。朝比奈コーポレーションの御曹子よ」


「へ~この子の彼氏なの?」


「違うわよ。幼馴染みで一緒に事故にあったから責任を感じてるみたいね。御曹子の彼女は二、三回来てた人形みたいな娘さんがいたでしょう? あの子みたいよ。ユカさんって名前だったかしら」


「どうして彼女だってわかるの?」


「事故のあった日凄かったのよ。二人とも救急車で運ばれて来たんだけど、彼の方がユカさんを抱えて早く血を止めてくれって.....わたし達からしたら5針縫うくらいの怪我は大したことないって思っちゃうんだけど、彼は必死だったわ。きっと恋人なんだなって思ったの」


「頭の怪我は血が沢山出るから慌てたのね。でも変ね。どう考えてもこの子の方が死にそうな怪我だったのにどうしてよその病院に運ばれたのかしら。結局手に負えなくてここに運ばれて来たそうだけど、初めっからこの病院に運ばれてたらこんなことになってなかったでしょうに」


「そこなのよ。御曹子が自分の彼女を助けたくて、どう考えても重病な彼女よりも自分たちだけ先に救急車に乗って、しかも自分の所、つまりこの病院を指定したの。急患を二人も受け入れたうちの病院はこの子を引く受けることができなかったの。ところが救急車で運ばれて来たのは軽症の二人。朝比奈先生が当直でまだ残っていたのよ。それを聞いてもの凄く怒ってらしたわ」


「朝比奈先生が怒るなんて余程のことね。でもこの子助かって良かったわ。もう少しで殺されるところだったのね」


「殺されるは言い過ぎよ。でもこんな傷までついてこれから意識が戻っても大変ね」


「意識戻るのかしら」


「院長先生がわざわざ執刀したのだからきっと大丈夫よ」


 蓮のお父さんが手術してくれたんだ。いつも忙しくしててあまり会ったことはないけど、蓮によく似た端正な顔立ちの男だった。そういえば小さい頃の蓮は父親のことをよく自慢してた。ブラックジャック並みの腕をした外科医だって。


「そうね。初めから院長先生が手術してたらここまで酷い傷にならなかったのに可哀想だわ。あの病院の外科医っていつも手に負えなくなるとうちに回してくるんだから。これだと若い男の人は敬遠しそう。裸にしてこの傷見たら萎えちゃうんじゃないかしら」


「もう、ダメでしょう。そんなこと言ったら。確かに酷い傷だけど、本当に愛し合ってたら傷なんて気にならないはずよ」


「わかってるわよ。ちょっと冗談を言っただけ。歳をとると内面の重要性が大事だって分かるけど若いうちは表面しか見ないって言いたかったの」


 なんだか聞いてはいけないことを聞いてしまったみたい。盗み聞きは嫌なことを聞いてしまうのよね。でもこれは夢だからいいの。

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