第5話



 十年ぶりの日本は小さかった。アメリカと比べて牛乳の大きさもアイスクリームの大きさも小さい。人間の大きさも小さい。何もかもが小さくて壊れやすそうで戸惑うことばかりだ。

 そして我が兄がローンを組んで建てたという二世帯住宅もこじんまりとしていた。庭も猫の額くらいしかない。


「こじんまりとしていて悪かったな」


 わたしの感想はダダ漏れだったようで兄は不機嫌になった。器も小さいようだ。一世一代の博打のような思いで建てた家を貶されたと思ったのだろう。

 だがこの狭い日本の首都である東京に一軒家を建てたのだから、たとえ小さくても、限りなく狭くても胸を張って良いと思う。先祖代々の財産がないのによくやったと言ってあげよう。


「家を建てたって一言くらい言ってくれればお祝い送ったのに」


「言ったから。メールもしたし電話もしただろ。いつも忙しいってろくに聞いてなかったみたいだがな」


 藪をつついて蛇が出たよ。どうやら兄は何度もわたしに説明してたようだ。特に部屋に置いていた荷物をどうするかで電話したらしい。このまま帰って来ないのならアメリカの方に送ることも考えていたと言う。捨てても良かったのにと言おうとしたが、やっぱり捨てられないものもあるかも知れないと思い直した。

 渡米した時は病院から直接運ばれたので、荷物を自分で選べなかった。たまに帰ってきた時も高校時代というか蓮の事を思い出したくなくて荷物の整理を避けていたように思う。本当に十年も何をしていたのだろうか。

 とりあえずダンボールに全部放り込んでいるらしいから少しづつ整理した方が良いだろう。荷物を整理することによって気持ちも整理できるかもしれない。ううん。整理しないといけないんだ。ユカだって結婚する。もう十年も前のこと誰も気にしていないのにわたしだけあの時のまま成長していない。


「仕事はいつからなんだ?」


「ひと月休みをくれたから来月からになるわ」


「良い会社じゃないか」


 兄が驚いた顔をした。日本の会社はあまり休みをくれないと聞くから当然の反応だろう。兄も長期の休みは新婚旅行の時だけだったとこぼしている。


「そうね。住むところも用意してくれたから助かったわ」


 予算内で会社からそう遠くないマンションを用意してくれた。まだ見ていないが、もし住みにくかったら引っ越せば良いと思っている。


「でもな菜摘。アメリカ帰りで忘れてるかも知れないが『うまい話には裏がある』ってことわざが日本にはあるんだぜ」


 兄はニヤニヤ笑って水を差すようなことを言った。まさにその通りになる事をわたしはまだ気づいていなかった。

 十年ぶりに会った両親は小さく、兄に頼るようになっていた。わたしのことはもう手が離れたと考えているようだ。

 兄嫁とは二、三回しか会ったことがないので会話がぎこちなく、実家とはいえもうわたしの家ではないのだなと思った。

 明日にはマンションの方へ移ろう。そして倉庫にあるダンボールもマンションの方へ移した方が良い。いつまでも甘えていたら申し訳ない。

 わたしは頭の中で明日の予定を立てながら久しぶりの日本のご飯を満喫した。兄の嫁さんはわたしと違ってとても料理が上手だった。

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