第6話



 マンションの住所も部屋番号も聞いていた。三LDKだと聞いた時は掃除が大変だなと思った。

 ワンルームはキツイけどそんなに部屋はいらないのに。でも日本のマンションは狭いと日本で暮らしていたことのある外国人がこぼしていたから三LDKでもそんなに広くないのかもしれない。

 そんな風に全てを人任せにしていたわたしは新しく住むマンションを見て絶句した。

 わたしは自分の部屋が五階だとは聞いていたが最上階だとは知らなかった。そして最上階には二部屋しかなくて、普通のマンションではあり得ないくらいダイニングが広いなんて事もまるで知らなかったのだ。タクシーを降りた時も何かの間違いじゃないかと目の前の豪華な建物を見上げた。タクシーの運転手に再度確認したが間違いではないと言われ、マンションのエントランス(どこもかしこも大理石)の中に入るとそこにはホテルのフロントのようになっていて出迎えられ(この人誰? 管理人?)間違いなくわたしの部屋が最上階だと教えられた。そして管理人ではなくコンシェルジュだと言われた。「何でもお申し付けください」って言われたんだけど、これってやっぱり変だよね。

 変だよと思いながらも他に行く所がないのでしぶしぶとエレベーターに乗って最上階の自分の部屋に行く事にする。船便の荷物が到着するまでの服が入った大きなスーツケースをコンシェルジュが運んでくれようとしたがそれを片手で断りゴロゴロと音を立てながら何故こうなったかを考えていた。


「これって家賃を一桁間違えたのかな」


 部屋に入るとさらに疑惑は深まる。玄関も大理石でキラキラしてるし、玄関から真っ直ぐ進んだ所にある部屋は日本のこじんまりとしたダイニングとは違いとてつもなく広い。兄が見たらどれほど驚く事だろう。

 天井も高いしここって外国人向けのマンションだよ。

 とりあえず全部の部屋を見て回る事にした。何もかもが揃えられていていたせりつくせりとはこう言うことかと感心した。テレビや冷蔵庫、洗濯機にドライヤーと電化製品は一通り揃っている。そして寝室のベッドも(一人で寝るの勿体無いくらい広い)今日から使えるようにベッドメーキングも済んでいる。しかも替えのシーツまでクローゼットに置いてあった。トイレも芳香剤もトイレットペーパーも用意されている。風呂場には高級そうなシャンプーやコンディショナー.....。

 とにかく買ってきたミネラルウオーターを冷蔵庫に入れようとしてさらに驚く事になった。冷蔵庫の中にビール、水、お茶とすでに入っている。慌てて冷凍庫を開ければそこにも冷凍食品がギッシリつまっている。だが何故か調味料は醤油とソースとマヨネーズだけだった。わたしが料理をしない事も分かっているかのようだ。


「いえ、西篠菜摘様のお部屋で間違いありません。直ぐ使えるようにと言うことで用意させていただきました」


 コンシェルジュに確認したが間違いなくわたしの部屋だと言われた。そして会社にも一応電話したがそこでも間違いなくわたしの部屋で家賃も一桁違うのではないかと言うと笑って否定された。と言うことはこの部屋は事故物件なのでは.....。それなら格安なのも頷ける。


『うまい話には裏がある』


 兄の言葉がぐるぐるとわたしの頭の中で回転していた。

 

「いくら広くて綺麗で安くても事故物件は嫌だな」


「コンシェルジュに尋ねたら教えてくれるのかな」


「今なら荷物も少ないから引っ越しも楽だよね」


 ブツブツ独り言をつぶやいていたが、この時期に部屋を探すのがいかに大変か気づいて項垂れた。会社に通うのに一時間以上かかるのはゴメンだし、実家にも当然居場所はない。どうするかなぁ。

 まだ事故物件と決まったわけではないが、訳あり物件なのは間違いないと思う。

 この部屋を十万で借りれるわけがない。百万でもこれほどの部屋は見つけられないだろう。

 あのコンシェルジュは口が固そうだしどうやって調べたら良い? 


「そうだ! お隣に引っ越しの挨拶に行こう。東京のマンションは引っ越しの挨拶をしないって聞いてるけど、知らなかったふりで挨拶して、ついでにこの部屋の事も尋ねてみよう」


 事故物件だった場合部屋の価値が下がるから話さない人もいるって聞くけど、賃貸しだから話してくれるかも。よし早速挨拶に行こうかな。あれ? 挨拶って手ぶらで良かった?




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