第7話
高校の時のクラスメイト藤田彩乃とは今でも付き合いがある。彼女は一時期わたしが通っているアメリカの大学に短期留学してた。多分わたしの事が心配だったのだと思う。
その彼女も今は二児の母で忙しい毎日を送っているようだ。
「もう帰って来ないのかと思ってたわ」
彩乃は電話でまた同じことを言う。アメリカから電話した時も今と同じことを言ってた。
「落ち着いたら会いに行くわ。彩乃の子供にも会いたいし」
「ふふふ、騒がしくてびっくりするわよ。じっとしてないからほんと大変なのよ」
彩乃は高校生の頃から結婚しない、男の奴隷にはならないって言ってたのにわからないものだ。今では専業主婦をして、とても幸せそうだ。
彼女も私と同じ有名私立に通ってたけど、私と同じで中流階級の出身だから話しが合あったのだ。
「でも羨ましいわ。そんな高級マンションに住めるなんて、私なんて一生無理だわ」
「でも相場よりすごく安いのよ。事故物件かもって思うでしょう?」
「確かにね。でも事故物件って言っても色々あるからお隣さんに聞いて大したことないんだったらそのまま住めば?」
「そうね。お隣に聞いてみるわ。でも引っ越しの挨拶って何を持って行くものなの?」
「私がここに引っ越した時は今治のタオルを配ったわ。今治のタオルならその高級マンションの住人でも喜ぶと思うわよ」
今治のタオルは結構な出費になるけどこの部屋の話を聞くためだ。それにしても隣ってどんな人が住んでるのかな。きっとセレブな家族なんだろうな。
夕飯をコンビニの弁当で済ませると、駅前のデパートで買った今治のタオルを持ってお隣さんに挨拶に行くことにした。
ブザーを鳴らして胸をドキドキさせながら待つこと五分。何回鳴らしても応答がないからどうも留守のようだ。
この時間にいないということは子供はまだで夫婦だけで暮らしているのかも。こんな高級マンションに暮らしてる夫婦ってどんななのか興味があったけど留守なら仕方ない。
トボトボと部屋に帰る。とても残念なことに安アパートと違って、廊下で歩く音も隣の音も壁が厚いのでまるで聞こえない。これでは隣の人が帰宅してもわたしにはわからないだろう。コンシェルジュに聞いてもプライバシーがとか言って教えてくれない気がする。
「朝早く突撃するしかないか。ちょっと失礼かもしれないけど夜遅くよりはいいよね」
ところが翌朝も次の日も隣は留守だった。もしかして居留守を使われているのではと思わないでもなかったが確かめるすべはなかった。
「え? 結局まだお隣さんには出会えてないの?」
彩乃から電話があってランチを食べに言った時にその話をすると驚いていた。壁が厚いから物音も聞こえないし、お隣どころかまだ誰にも出会ってないと言うと目を丸くした。
「誰にも尋ねることができないからコンシェルジュに聞いたのよ」
「結局コンシェルジュに聞いたんだ」
彩乃が呆れた顔をするけど、他の住人に出会わないのだから仕方がない。
「このマンションは新築だから事故物件はないですよって苦笑されたわ」
「新築のマンションだったの?」
「そうなのよ。なんだかさらに不気味なのよね。他の住人に出会わないのもまだ誰も入居してないからって気がするの」
「隣の住人が訳ありで安いのかもね。だって大体最上階ってマンションの大家さんが住んでたりするでしょう?」
「そうね。住んでみて変だったら引っ越せばいいから当分は贅沢させてもらう事にするわ」
彩乃の子供は旦那が見てるから、結構長い時間話すことができた。彩乃は子育ての愚痴をわたしは実家に居場所がなくなってた話を....。話題は尽きないが時間は足りなかった。
「相田さんの結婚式は行くの?」
そろそろ帰ろうかと言った時、彩乃が聞いてきた。
「出席の返事を出したから行く予定よ」
彩乃には招待状がなかったと言っていたから、心配なのだろう。さすがにユカの結婚相手が蓮だったら欠席したけど全く知らない人だったから大丈夫。祝ってあげられる。ただ連も出席するかもしれない事が心配なだけだ。
「そうね。あれからもう十年だものね。みんな大人になったんだから大丈夫ね」
彩乃がしみじみと言うように十年も経ったのだ。蓮だって歳をとって太ってるかもしれないし、ユカだって変わっているだろう。わたしも昔とは違う。うん、蓮にあっても平常心で話せるはず。大丈夫、大丈夫。
彩乃と別れて家に帰ると下駄箱にタオルの箱が置いてるのが目に付いた。もう一度挑戦してダメだったら諦めるか。折角買ったんだし隣に挨拶しておこう。
そのまま部屋には入らないで廊下に出る。すると今までと違って人の気配がした。歩く音が聞こえる。わたしは慌ててポーチの扉を開けて追いかけた。やっぱり隣の人だった。背の高い男の人がポーチの扉を開けて入ろうとしている。
「すみません、隣に越してきたものなんですがこちらに住んでる方ですか?」
男はビクッとしたようだったが振り返った。あら、お隣さんって結構男前なのね。振り返った男の顔を見てわたしはそんなことを考えていた。
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