第30話


 目が覚めると知らない場所だった。ここはどこ?

 ベッドの上だけど知らない場所だ。でもなんか懐かしい? ハッとして起き上がる。服を着てるのを確認してホッとした。でも隣に誰かいるのは確かだ。


「ああ、蓮だ」


 どうして蓮と一緒に乗っているのか思い出した。わたしは大泣きしてそのまま眠ってしまったということだろう。泣きすぎて目が腫れている。

 いっぱい蓮に当たってしまった。


「何よ。やっぱり蓮の寝顔の方が可愛い」


 蓮はよくわたしの寝顔が可愛いっていうけど蓮の方がよっぽど可愛い。大の男を可愛いって変かも知れないけどいつもと違って寝顔は幼く見えて可愛いのだ。

 寝顔でも負けてるって.....。

 なんか泣いたら吹っ切れたような気がする。ウジウジしすぎてたよね。きっと蓮も呆れただろうなぁ。


「はぁぁーーー」


 思わず大きなため息を吐いてしまった。慌てて蓮を見るが目を覚ます事はなかった。

 蓮は一度寝たらなかなか起きない。それは今も変わっていないようだ。

 そうだ、今のうちに帰ることにしよう。しばらく蓮とは顔を合わせたくない。たぶん蓮だってわたしみたいなあとを引く女とは付き合いきれないって思ったことだろう。蓮は後腐れのない関係が好きなのだから。

 ところがベットから下りようとすると蓮の手わたしの腕を掴んでいた。起きたのかと思って蓮を見るとぐっすり寝ている。寝ているよね。

 そっと腕から蓮の手を外そうとしたけど、これがなかなか外れない。出来ることなら起こしたくないと思っているから力が入っていないせいかも。そう思ってちょっと手に力を入れてみた。


「なんで? 帰るつもりなの?」


「えっ? いつから起きてたの?」


「何言ってるの。菜摘が帰ろうとするからでしょ。ねえ、何もしないから今日は泊まって。今から帰るなんて危ないよ」


 蓮は寝ぼけているのか甘えた声でそんな事を言う。隣の部屋なのに危ないことなんてあるはずがない。この階には専用の鍵必要なのだからとても安全だ。今危ないのはコイツの方だ。


「あのね。化粧も落としたいし隣なんだから危なくないから帰るわ」


「化粧なら風呂場にクレンジングがあるし、ガウンも置いてるから風呂に入ってきたらいいよ」


 全然話が通じない。たぶんわざとだろう。でも今日は本当に帰らさせてもらう。


「わたしは帰るの。なんかいろいろ言ったから蓮だって整理したいでしょ。わたしも家であなたが言った事を考えたいの。ここでは全然落ち着かないから帰らせて」


「どうしてもか? なんか今帰らせたら逃げられるような予感しかしないんだけど...,それでも帰らせないとだめなのか?」


 蓮の言ってることは正しい。わたしは蓮から一刻も早く逃げたいと思っているから。

 蓮はしばらく考えていたが結局は手を離してくれた。


「菜摘の寝顔も可愛いけど泣き顔も可愛いってわかったから今は見逃すよ。でも俺は今度は諦めないから。前の時は俺が手をこまねいてる間にアメリカ野郎にとられたけど、今度は誰かにとられるようなヘマはしないから。それだけは覚えてて」


 蓮の言ってることは相変わらずよくわからないことばかり。でも手を離してくれて良かった。よほど強く握られていたのか手の跡が残っていた。


「わたしが出たら鍵を閉めてよ」


「この階には菜摘しか来れないんだから大丈夫だよ」


「蓮は金持ちなんだから用心しないと駄目よ」


「じゃあ、これで閉めて帰って」


 蓮はベッドのそばに置いてあった鍵の束から一つとってわたしに渡してくる。


「これって合鍵じゃない。受け取るわけにはいかないわ」


「危ないって言うから渡すんだよ。菜摘のことは信用してるから、頼むよ。じゃあおやすみ」


 蓮はそれだけ言うと布団にもぐってしまった。

 ポストに入れるという手もあるけど、このマンションのポストは一階にある。玄関にはないから鍵を入れて何かあったら大変だ。


「今度会った時に返すから」


「ああ」


 わたしは意地だけでこの暖かい場所から逃げようとしているのかも知れない。でもこれは間違ってはいないはず。

 

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