第31話


家に帰って初めにしたのは入浴だった。

化粧の落ちかけの自分の顔を鏡で見てどれだけショックだったことか。この顔で蓮と話をしていたなんて酷すぎる。パンダにしか見えない。

風呂から出るともう朝の四時になっていた。今から寝たら寝坊しそうな気がする。これは起きていた方がいいのかな。本当は休んでしまいたいけど、そんなことをしてユカや高木さんから逃げられる気がしない。

わたしは少しだけ腫れている瞼を氷で冷やしながら蓮の言ったことを考えていた。蓮は昔から嘘を言ったことがない。

でもユカではなくわたしを選んでいたなんてやっぱり信じられない。だって蓮はいつだってユカを優先していたのに突然そんなことを言われてもどうしても疑ってしまう。

わたしはどうなのだろうか。蓮のことをまだ好きなのかよくわからない。

昔の蓮は今でも好き。これは今でも変わらない。ユカばかり優先してわたしのことなんてセフレ扱いだったのに何故って誰もが言うだろう。それでもわたしは彼が好きだった。どうしようもないほど好きだったのだ。

でも今の蓮を好きなのかと聞かれると困ってしまう。だってわたしは彼が蓮だとわからなかった。わたしの中の蓮とは違う存在なのだ。同一人物だってことは理解している。似てる所は沢山あるし(本人だからね)、正直高校生の時の蓮よりカッコよくなっている。おまけに高校生の時には言ってくれなかった「好き」も言ってくれる。少しキザだけど恋愛上手になったのだと思う。

蓮は十年の間に恋愛経験を積んでいる。わたしとは違う。十年待っていたと言ってたけど言葉通りとは思えない。

二十代の男なんだから当たり前のことなんだけど、十年待っていたような発言されると嘘付きって思ってしまう自分がいる。

こんなこと誰にも相談できない。きっと彩乃は呆れる。わたしがまた泣かされると反対するだろう。彩乃にもコンプレックスがある。彩乃は金持ちがきらいだ。平民があのお嬢様学校(お坊っちゃま学校)で過ごしていたら本当にいろんなことがあるから仕方がない。わたしだって蓮やユカ以外のブルジョアは好きではない。同級生には特権階級を振りかざしてるくせに何もできない人たちが多すぎた。


「でも日本でこんなこと話せる人ってユカか彩乃くらいなんだよね」


アメリカの友人にメールで相談することも考えたけど彼女たちの意見はあまり参考にならない。前に蓮のことを話した時もウジウジと悩んでいるわたしのことを理解できる人はいなかった。

振られてもまだ好きでいることはわかってくれたけど、好きならアタックあるのみで自分から振っておいてまだ未練タラタラなのは理解できないらしい。

そういうこともあってわたしはアメリカで恋人を作ることはなかった。どうもわたしの思う恋愛とはかけ離れていてついて行けそうになかったから初めから手を出さなかった。もちろん誘いはあった。恋愛というよりは身体から始まる恋だったので丁重にお断りした。身体から始まる恋は蓮との付き合いで懲りていた。それに外国人って大きいから怖いというか、体臭もきつい人が多いし、身体中毛がある人も……とにかくわたしには合わなかった。


「ああ、本当に朝が来てしまった」


今日はキツイ一日になりそう。眠くはないけど身体が重い。本当に参っちゃう。

なんかお腹も空いてるし朝ごはんはどこかで食べて行こうかな。蓮と朝から顔を合わしたくないから早めに出勤することにした。

結局朝ごはんを食べるところがよくわからなかったので出勤途中にこんびにでサンドイッチを買った。


パソコンの画面を眺めながらサンドイッチを食べてるわたしは仕事中毒のように見えるだろう。でも本当は住宅情報をネットで調べていた。まだ仕事の始まる時間には早いから問題ないだろう。ちなみのこのパソコンは私物で会社のものではない。

引っ越しを諦めるつもりはない。でもこうして見ているとあのマンションがどれだけ破格なのかよくわかる。わたしの出す家賃ではワンルームすら借りられそうにない。

高木さんが来る前にチェックする予定だったけど、全然ないわ。通勤に一時間以上かかる所ならあるけど……、妥協するしかないのかな。

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