第3話




「菜摘、ごめん」


 これは夢で見ていたのと同じだなと意外と冷静に蓮を見てた。そしてこれが別れの言葉なのも理解した。わたし達は別に付き合っていたわけではないけれど彼なりのケジメなんだと思う。変なところで真面目な彼。この部屋に入った時もわたしを見てホッとした声で「良かった」と呟いた。

 そんな彼にわたしは何もいえなかった。口を開けば嫌味なことばかり言いそうだった。わたしが本心から


「大学合格おめでとう」


って言っても蓮からしたら嫌味に思うかもしれないし


「卒業旅行楽しかった?」


とこれも厭みたらしいと思われそうだ。

 そして重要な事がある。わたしは蓮に近くに来て欲しくなかった。何しろ二ヶ月もお風呂に入ってないのだ。看護師さんが毎日、清拭してくれてるけど絶対に臭いと思う。思う? いや絶対に臭い!

 動く事もできないから逃げる事も出来ない。お別れの場面でもカッコよく決められないわたしはやっぱり不幸だ。運に見放されている。


「別にわたし達付き合ってたわけじゃないんだから謝らなくて良いよ。大学も別々になりそうだしもう会うこともないね」


 わたしのセリフに何故か蓮は傷ついたような顔をした。そんな顔しないでほしい。まるで蓮が振られたような顔だ。


「わたしの足、滅茶苦茶なんだってね。保険でカバー出来ないところは貴方の両親が払ってくれるって父が言ってたわ。ありがとうって言っておいてくれる?」


 蓮の両親に支払いの義務はない。保険内で治療するのが普通なのだ。うちの家はごく普通の中流家庭。蓮と一緒の学費のバカ高い私立の学校に通っていたのは、母が家から近かった幼稚園にわたしを入れるために頑張ったからで大学は学費の安い国立を目指していた。蓮とユカとは住む世界が違ったのだ。


「そんな事、当たり前だよ。それよりも俺とはもう会いたくないって事なのか?」


 バカ高い治療費をそんな事でかたずける蓮はやっぱりおぼっちゃまだ。


「その方が良いってわかってるでしょう? もう蓮とは会いたくないの」


 わたしは蓮の為を思ってキツク言った。いつものように優しい言葉を掛けていたらまたなし崩しになりそうだったから。

 蓮は何度も口を開いてわたしを見つめていたが、わたしの決心を変える事が出来ないと悟ったのか病室から出て行った。

 わたしはまだ動かすと痛む腕を上げて涙を拭いた。こんな身体で今まで通り付き合えるわけないよ。彼が綺麗だって唯一褒めてくれた肌には醜い傷がいっぱいで、自分でも正視できないほどだった。こんなポンコツになってそばに居られるわけないじゃん。


 その後わたしは動かなくなった足を治す為に渡米した。整形外科の分野では最高と言われている病院で治療を受けた。そこはリハビリ施設も充実しており、完全には治らない、無理だと思われていた足が見た目にはわからないくらいに歩けるようになった。本当に蓮の両親のおかげだ。保険では海外での治療は無理だったし、その病院にツテもないわたしは足が不自由なまま一生を過ごす事になっていただろう。

 わたしはそのままアメリカの大学に通い、アメリカにある日本企業に就職した。

 蓮とは十年間会う事もなくただ時だけが過ぎて行った。



 



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