第55話II部 9


ユカの夫である高木聡が帰国したのはわたしと蓮の結婚式の5日前のことだった。飛行場まで迎えに行ったユカはそのままホテルに行くと聞いていたのに真っ赤な目をしてマンショに帰ってきた。

どうも高木は一人ではなく金髪の秘書も連れてきていたようだ。


「きっと仕事があるのよ。そもそも話しかけないなんてユカらしくないじゃない」


「だって、すごーく仲よさそうで話しかけれなかったのよ。女の勘よ。あれは絶対に何かあるわ」


ユカはワインより日本酒好きだから一升瓶を片手に飲んでいる。もうかなり酔っているのに手は止まらない。どうしたらいいのかわからない。慰めようにもわたしは金髪の秘書を見たことがないのだから慰める言葉もありきたりなことしか言えてない。

ユカがここまで気にするなんてすごい美人なのかしら。

わたしは高木さんと一緒に働いていた時のことを思い出していた。ユカは高木さんの婚約者だとみんなが知っていた。それでも秘書課の中には横恋慕しようとする人たちがいた。

秘書課は顔で選んだの? って尋ねたくなるくらい綺麗な人しか存在してなくてユカと同じレベルの人ばかりだった。秘書の半分は高木さん目当てで、かなり過激なアプローチをしている人もいた。でもユカはまるで嫉妬しなかった。高木さんの愛情が自分にしか向いていないと自信満々だった。そのユカが戦いもせずにただ泣いている。日本に逃げ帰ってきたことも今思えばおかしなことだった。

ユカは泣き疲れて酔いつぶれたあと眠ってしまった。高木さんに電話しようかと思ったけどやめる。それよりも蓮に聞いた方が良さそうだ。

蓮にメールをするとちょうどマンンションに帰ってきたところだったようですぐに訪ねてきた。

蓮は部屋に入るとソファーに酔いつぶれているユカを心配そうな目で見る。


「蓮は知っているんでしょう? どうしてユカが金髪ってだけであれほど動揺するのか」


「知っている。ユカの両親は今でこそ仲良く海外で隠居生活をおくっているが、父親の方には長い間愛人がいた。その愛人が金髪に青い目をした女だった。ユカの母親は強い女で金髪女には負けなかったが、ユカは自分とさほど年の変わらない女性を愛人にした父親を許せなかった」


「蓮はユカを助けてあげられなかったの?」


「ユカが言ってくれればいつでも助けたさ。でも話してくれなかったから知らなかったんだ。ユカが高校生の時に俺たちじゃない他の友達と遊びまわっている時に気付くべきだったのに…。限定品の鞄に執着するようになったのもその頃からだ」


精神的なものだろうか。確かにユカの鞄に対する執着は病的なところがある。


「その愛人はどうも結婚まで考えていたようで、ユカの母親に相手にされないと今度はユカにも会いに来るようになった。ユカも相手にしなかったが向こうの方が上手で、父親と一緒の会話を録音したテープや写真を見せて動揺させた。録音テープには母親や娘より君が好きだって言ってる父親の声が入っていたそうだ」


ユカの様子が変なことに気付いた蓮が白状させたらしい。ユカは何年も一人で頑張っていたのにわたしはまるで気付かなかった。

結局は蓮が手を回して、その金髪女とユカの父親を別れさせたようだ。でもユカの心にはまだその女がいる。


「高木さんはそのこと知ってるんだよね」


「ああ、知っているよ」


「それなのにユカを悲しませるなんて許せないわ」


「聡はユカにやましいことはしてないから、そのことを責められたくないって言ってる」


「その女とはなんでもないってこと? それならどうして日本に連れてきたの?」


「え? 日本に連れてきてるのか?」


蓮もそのことは知らなかったようで驚いている。


「うん。空港で一緒のところを見ちゃったみたいでこんなだよ」


「それでこんなに酔ってるのか。聡がユカのことを裏切るとは思えないが…」


わたしも高木さんがユカを裏切るとは思えない。ユカに疑われたことで意地になってるだけだと思う。

それにしても結婚がゴールではないって誰かが言ってたけど、本当にそうだなってユカを見て思う。高木さんに愛されているユカでもこんなになっている。

わたしは大丈夫かな。マリッジブルーになりそうだ。

蓮がそっとわたしの手を握ってきた。驚いて蓮を見ると大丈夫だよって感じで微笑んでいる。

蓮にはわたしの不安なんてお見通しのようだ。蓮の温かい手に包まれていると不安が霧散していく。ユカも高木さんと離れているから心まで離れていくのかもしれない。このままでは離婚もあり得る。なんとかしないとね。

蓮を見ると蓮も頷いてくれた。わたしと蓮でユカと高木さんを仲直りさせよう。愛し合って結婚した二人だから話し合えばきっと大丈夫。……だよね。

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