第36話


 何がどうしてこうなった?

 婚活パーティーなるものに人数合わせのために参加したわたしは、少しだけ参加して目立たないように抜け出す計画を立てていた。

 参加している女性はみんなわたしより若く磨き抜かれた美しい人ばかりで、わたしは全然相手にされなかった。ホッと息をついて飲み物を手にした時、横から声をかけられた。

 相手は栗原光輝と名乗り、人の良さそうな顔をした丸顔の背は170センチくらいの男性だった。きっと他の女性に声をかけるのに出遅れたのだろう。

 そして仕方なくあぶれていたわたしに声をかける事にしたようだった。

 話してみるといつもこんな感じで出遅れてしまうとしょげていて、逃げれなくなってしまった。

 仕方なく相手にしていたけど意外にも話が合う。栗原さんも去年まで外国に転勤していたらしく日本の食事がいかに美味しいかで盛り上がったのだ。はたからみればカップルが一つ出来上がったと思われていたのかもしれない。わたしはその場の雰囲気とカクテルのせいで状況判断を狂わせていた。面倒なことになる前に抜け出す事にしてたのに、少しくらい大丈夫よねと頭の隅で考えていた。

 だが化粧室に行ってトイレから出たところに待ち伏せされていた事で引いてしまった。しかも急に馴れ馴れしく肩に手をかけてきた。

 まさかお酒に酔ったのだろうか。そう言えば結構飲んでいたような気がする。助けを求めるように周りを見渡すが、結構カップルができていて同じように肩に手をかけている人たちもいる。ここでは普通のことなのか。


「菜摘、このままどこかに抜け出そうか」


 ひぃ、なんで呼び捨てにされてるの? いくらなんでもおかしいでしょう。それとも婚活パーティーってこういうものなの?


「栗原さん、肩に手を置かないでください。困ります」


 勘違いされているようなので、丁重にお断りの言葉をかけた。これでわかってくれたら良かったのだけど、恥をかかされたと思ったのか逆ギレされてしまった


「はぁ? 俺が声をかけなきゃアンタなんて誰にも相手にされないんだぞ。黙って俺のいう事に従っていればいいんだよ」


 栗原さんは怒った口調でそれだけ言うと強引に出口に向かおうとする。人が良さそうだった男は酒を飲むと豹変する質の悪い男だった。

 冗談ではない。このままではどんな目にあわされるかわからない。


「わたしは貴方とはどこにも行きません。離してください」


 婚活パーティーなんてやっぱり来なければ良かった。さっきまでの浮かれた気分はぺしゃんこになっている。酔いも覚めてしまった。


「このっ.....」


 言うことを聞かないわたしにじれたのか手を掴み引っ張る力が強くなる。騒ぎに気付いた人たちのざわめきが聞こえる。それは栗原さんにも聞こえたようで舌打ちするとわたしに手を振り上げてきた。

 これってもしかして殴られるの?

 どうしてこんなことで殴られるの?

 とっさに目を瞑って衝撃に耐えるように身構えた。なんか足まで痛くなったような気がする。久しぶりのヒールの高いパンプスがいけなかったのかもしれないと何故かどうでも良いことを考えている。

 あれ? いつまで経っても殴られない。殴られると思ったのはわたしの勘違い?


「菜摘、大丈夫か?」


 蓮の声だ。でもそんなはずはない。蓮はわたしを助けになんて来ない。いつもユカを助ける方が先なのだから。

 それに蓮はイギリスにいるとLINEで言ってたのだから、わたしを助けになんか来られない。


「おい、大丈夫か? まさか何かされたのか?」


 揺さぶられて目を開けると蓮が心配そうにわたしを見てる。

 どうしてここに蓮がいるのだろう。蓮はイギリスにいるはずなのに.....。


「俺がわかるか?」


「れ、蓮だよね。どうしてここにいるの?」


 わたしはまだドキドキしている胸を押さえて蓮に尋ねる。わたしが婚活パーティーに出席することは彩乃しか知らない。蓮を嫌っている彩乃が話すとは思えない。まさか本当に盗聴されてないよね。


「それは...後で話す。それより何もされなかったのか?」


 なんだかまた誤魔化される気がしないでもないけど、追求するような場所でないので黙る。


「うん。蓮が来てくれたから大丈夫」


「間に合って良かったよ。飛行機が遅れなければこんな男に目をつけられることもなかったのに」


 こんな男? 苦々しい顏で蓮が栗原さんを見ている。栗原さんは知らない男の人に取り押さえられていた。酔うと女に手を上げるような男だけど、男には弱いようでガタガタと震えている。


「栗原さん、本当に結婚を望むのならもうお酒は飲まない方が良いですよ」


 余計なお世話かと思ったけど一言だけ声をかけた。


「暴力をふるわれそうになったんだ。警察に届けるか?」


 警察という言葉に栗原さんはさらに震えだした。


「無事だったしもういいよ」


 優しさからではない。今から警察署に行くのが面倒だったからだ。もう家に帰りたい。


「わかった」


 まだ会場内はざわついているけど、周りを見回すと女性の視線はみんな蓮に向いている。さっきまでとは違ったざわつきだ。

 この会場のスタッフも現れてペコペコと蓮に頭を下げている。わたしが困っているときは現れなかったのに! ここのスタッフは最低だね。

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