第26話
最近のわたしの愛読書は住宅情報誌だ。
かっこよく蓮と距離を置くつもりでいるけど、隣近所に(しかも蓮が大家)住んでいてはうまく距離がおけそうにない。そもそも合鍵問題も解決していないのだから、引越しするのは急務(?)だ。
とはいうものぼなかなか思うような物件はない。 今が四月だというのも見つからない原因になっている。
「困ったなぁ。こんなにないなんて。条件を悪くすればないこともないけど出勤するのに時間がかかりすぎる。帰りも下手をすれば終電に間に合わなくてタクシーとかになりそう」
部屋を引っ越したらもちろん車も返却する予定だ。そうすると自動的に電車通勤になるわけで(だって駐車料金がバカ高い)、会社からほど近い場所を希望している。
今日のランチは社員食堂ではなくここで住宅情報誌を眺めながらコンビニの弁当をつついている。
「半分は会社から出るにしても限度額が決まってるし、ふた部屋は欲しかったけど無理そう。ワンルームマンションで探してみよう」
ワンルームマンションなら予算内であるかもとか思いながらページをめくっていたら、突然住宅情報誌が取り上げられた。
「おいおい、これってまさか引越すつもりか?」
住宅情報情報誌を取り上げたのは高木専務だった。昼のランチから戻ってきたらしい。必死になって探していたから気付かなかった。
「そのつもりですよ。勝手に部屋に入ってくる人がいるのでゆっくり休めませんから」
「私がいうのも何だが、無駄な努力になると思うよ」
「う、それってどういう意味でしょうか?」
「ユカだって蓮の過保護ぶりに逃げ出したことはあるんだよ。でも結局受け入れている。そして初めは鬱陶しいと思っていたのに私もそれを受け入れている。ユカのそばに居るためにはそれを受け入れるしかないってわかったからね」
小姑のような蓮がいても構わないという高木さんは立派だ。蓮がユカのことをいつ諦めたのかわたしは知らない。昔の蓮はユカのことをとても大事にしていた。絶対にユカのことを好きだったはずなのに恋愛感情じゃなかったなんて信じられない。でもその恋愛感情ではない愛情にわたしは負けたということか。それはそれで悔しい。
「昔っから蓮はユカの対してはものすごく過保護だったんです。でもわたしにはそれほどでもなかったんですよ。それが日本に帰国してから異常なくらいで……どうしたのかなって戸惑ってます。人間って慣れるでしょう? こんな生活に慣れたら後が大変なんですよ。わたしは庶民ですから、身分相応に暮らしたいです」
「君たちはいつでも庶民とか身分違いとか言うけど中世じゃないんだ。私たちは同じ人間なんだよ」
うん、それはわかる。でもね、違うんだよ。確かにわたしたちは同じ人間。血を流せば赤いし、焼かれれば骨になる。でも人間には美醜があるようにわたしと蓮の間にも違いがある。悲しいけどこれは変えることができない。
「高木さんとユカは同じ世界に生きているから分からないんですよ。わたしは彼と一緒に生きて行くのは無理です。価値観が違う人といるのは疲れるんです」
「でも彼は君を手放さないと思うよ。彼は自分のものが離れて行くのを嫌うからね」
「わたしは彼のものじゃないです」
「そう思っているのは君だけじゃないかね。ユカも蓮は君を手放す気はないと言ってるよ」
どうしてユカはそんな事を言うのだろう。わたしが一番よく知っているのに。
「蓮は綺麗なものが好きなんです。ユカを始めて見たときに蓮は固まってた。天使のようなユカに一目惚れだったんです。わがままで有名だった蓮はその日からユカに振り回されてた」
「でも蓮はユカとは結ばれなかった。恋愛感情じゃなかったんだ」
そう不思議なことに二人ともそれを認めているらしい。高木さんという存在もいるし、確かに蓮も二人の関係を認めていた。
でもユカがいないからってわたしが彼のそばにいれる存在になるわけじゃない。
だって蓮は綺麗なものが好きなんだもの。わたしはもう綺麗なところはなくなった。顔も普通だし年もとって十代の肌とは違う。おまけに事故でわたしの肌には醜い傷が残っている。看護師さんが噂していたようにギョッとするような傷跡だ。
これを見たとき蓮はどんな顔になるのだろう。蓮の歪んだ顔は見たくない。彼が今もわたしとセフレになりたいのかどうかは分からないけど、もし彼に求められても今のわたしは彼に応えることはできない。
高木さんはそれ以上わたしに何も言わなかった。彼はわたしに住宅情報誌を渡すと仕事に戻った。午後の仕事の始まりだ。わたしは結局コンビニの弁当を半分しか食べれなかったし住宅情報誌で部屋を探すこともできなかった。
ため息しか出ないよ。
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