第27話 蓮side
海外出張から帰って来て一週間になる。
帰って来たら菜摘の部屋に直行する予定だったのに、未だに菜摘の声さえ聞けずにいる。
ユカからストップがかかったのだ。
「攻めてばっかりじゃダメよ。恋愛は駆け引きが大事よ」
駆け引きが大事なのはわかっている。だがそんな余裕などない。十年だ。十年も待たされた。菜摘は俺が待っていたことなど知らないだろうけど菜摘が日本に戻ってくるまでは待つと勝手に決めていた。日本に帰ってくるということは俺の元に帰ってくるということだ。
「そうだな。蓮は押せ押せで余裕が無さすぎる。そんな調子では逃げられるぞ」
聡からは菜摘が住宅情報誌を見ていたということも教えられた。確かに合鍵を使ったのはマズかった。もっと菜摘が落ち着いてからにすれば良かったなと思う。
でも菜摘の寝顔は昔と変わらず可愛いかったから後悔はしていない。
「菜摘は寝顔だけはかわいいな」
これを言うといつも拗ねた顔で「寝顔を見るなんて最低」と言われてた。
俺が再会してからどれだけ我慢をしたか菜摘はわかっていない。あの寝顔を見て何もしなかったんだから褒めて欲しいくらいだ。
「これからどうすれば良いのか。逃がすつもりはさらさら無いが、昔のことに蓋をして付き合って行くのは無理なのかもしれないな」
言葉にしてみればその通りだという気もする。
再会した時、事故の時のことやその後のことを話すべきだった。そして菜摘には謝らなければいけなかった。事故の後に謝っているが菜摘はまだ動揺していたから覚えていないかも知れない。菜摘が俺を見ても俺だとわからなかった事がショックで謝ることを忘れていた。
菜摘が帰ってからそのことに気付いたけれど今度は昔のことを蒸し返すのが怖くなった。十年ぶりに話した菜摘はもう怒っていないようだった。それなら十年前のことを思い出させるようなことは言わない方が良い。そう判断したけど、どうやらこのままでは前に進めないらしい。
病院で拒否されたと時のことを思い出す。菜摘は俺が病院のベットに近付く事すら嫌がっていた。
またあの時のように拒否られたらどうすればいいのか分からない。あの時の菜摘の目は俺のことを本当に拒否していた。あの冷めた目で見られるのはもう嫌だ。
「蓮はまたここに戻ってきたの? 菜摘さんの所に帰らなくて良いの? まさか、また振られたの? だいたい蓮は強引すぎるのよ。そんなんじゃあ、孫の顔はまだまだね」
俺の上司であり母でもある玲子さんはリビングのソファでゴロゴロしている俺を見て意地の悪い事を言う。俺だって好きでここに帰って来ているわけではないのに……。
「玲子さんだって同じだろ。父さんは今日も帰って来そうにないな」
「私は振られてないわよ。あなたと同じにして欲しくないわ」
「そういうことじゃないよ。玲子さんだって父さんに強引に迫って結婚まで漕ぎ着けたって祖父さんに聞いたってこと。俺も今度こそ間違えない。結婚を承諾してもらうまで絶対に菜摘のそばを離れない」
俺の宣言を玲子さんは呆れた目で見ていた。
「本当に大丈夫かしら。蓮はいつも勢いだけはあるけどその後がねぇ。高校生の時だって紹介する彼女がいるっていうから楽しみにしていたのに結局振られてるし」
「それは……。でも今度は大丈夫だから」
「そうだといいわね。でも今だから言うけど高校生の時に紹介される彼女ってユカさんだと思っていたのよね」
「え? ユカには恋愛感情はないよ」
「でもあの頃の貴方はユカさんと菜摘さんがいたら、いつもユカさんを気にかけてたでしょう? 社交界の集まりもユカさんと出ていたし菜摘さんを好きなようには見えなかったの」
玲子さんの言葉に衝撃を受けた。俺の初恋はユカだった。それを否定することは出来ない。
いつからその恋が友情に変わり、友情だと思っていた菜摘への思いが恋に変わっていたのか自分でもよく分からない。中学三年の時にはもう菜摘は女だと意識するようになっていた。でも友情にヒビを入れたくなくて手を出すことはしなかった。でも高校三年の時に我慢も限界にきた。三人での勉強会は俺の下心満載の計画だったのだ。
「なあ、玲子さん。それってみんなそう思っていたのかな」
「そうだと思うわよ。蓮がアメリカについて行くって言った時もあの事故の責任を感じているだけだと思っていたもの。菜摘さんが落ち着いたらユカさんと結婚すると思ってたわ」
そうか。周りからはそう見えてたのか。俺が高校生の時に社交界の集まりにユカしか連れて行かなかったのは菜摘を他の男に見せたくなかったからだ。俺より大人の男が沢山いる社交界に連れて行けるわけがない。
でもそのことで菜摘は傷ついていたのかも知れない。菜摘とはデートらしいデートもしたことがない。もしかして付き合っていると思っていたのは俺だけだったのか?
これは計画を見直さなければいけない。今、告白しても振られるのがおちだ。
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